激闘の七日目-3


 お昼ごろ、私たちは赤崎先輩の家に行くために家を出た。外は雪が降っており、朝起きた時に寒かったのはこのせいかと納得する。

 結局昨日は赤崎先輩の家に行けなかったので、今日こそはちゃんと赤崎先輩の家に行こうと心に決め、傘を差しながら赤崎先輩の家に向かって行く。

 差している傘に薄っすらと雪が積もってくる。あんまり積もると傘が重たくなってしまうので、何度か傘を振るって雪を落としながら歩いて行くと、遠くに見知った姿の人物を見つけた。

 紡と鷹木さんだ。アルテアともう一人女性もいるがどうやらこちらには気付いていないようだ。ヴァルハラも最初は分からなかったらしく、この距離なら向こうにもバレて居なさそう。

 こんな雪の中一体どこに行くのでしょう? もしかしてデート? そう思うと私の心の中にモヤモヤした物が湧き上がってくる。


 いけない事だし、はしたない事だと分かっていても、私はどうしても二人を付けてみたくなった。スマホを取り出し、赤崎先輩に連絡を入れる。今回はちゃんと後で行くと入れておく事にする。

 これ以上近づかないようにして後を付けていくと、どうやら河川敷に向かっているみたいだ。河川敷になんて行って何をするんだろうと思いつつ付いて行くとそこには誰か立っていた。

 ここからでは良く見えないけど、背格好からすると同じぐらいの年齢の人のようだ。


 紡がその人物と何かを話していると、もう一人女性が現れた。その女性はアルテアと対峙している所を見ると使徒アパスルなんじゃないでしょうか。

 鷹木さんが何か動いたと思ったら、紡と前にいた人物、アルテアと後から来た女性が戦い始めた。私の予想が正しければ憑代ハウンター同士、使徒アパスル同士で一対一をしているようだ。

 何故こんな決闘のような事をしているのかは知らないけど、鷹木さんは参加していないようなので近づくなら今がチャンスだ。


 ヴァルハラをその場に残して私は鷹木さんの方に歩いて行く。雪が降っているので傘を差したかったのだけど目立ってしまうのも考え物だったので、雪の中、傘も差さずに近づいていく。

 「鷹木さん」と声を掛けながら肩を叩くと、全然気付いていなかったのか鷹木さんは物凄い驚き方をした。あまりに面白い驚き方だったから動画でも取って置けば良かったと後悔する。


「えっ!? 針生さん? どうしてここに?」


 慌てふためく鷹木さんは私を見ると何とか声を出した。こんな戦いが行われている場所では落ち着いて話もできないので私は場所を変える事を提案すると、意外なほど素直に賛同してくれた。

 河川敷から少し離れた公園に移動する。鷹木さんの隣にいる女性は耳が長く尖っていて多分、使徒アパスルかと思われる。


「エルフ族の女性のようだな。すぐには何かをしてくる様子はないが注意はしておけよ」


 ヴァルハラの助言に私は頷く。いきなり襲い掛かって来ないだけでも有難い。それどころか私が憑代ハウンターで近づいて来ているのは分かっていたと思うので、近づいている最中に襲われなかったのは偶然だったのでしょうか。


「フフフッ。それはあなたの勘違いよ。私は戦いに集中してしまってあなたの接近に気付かなかったんですもの」


 エルフ族の女性は優雅に笑みを浮かべる。多分、気付いていたんだと思うのだけど、なぜか私の味方をしてくれているみたいだ。


「それで? こんな所に呼び出して何の用かしら? 私は決闘の審判で忙しいのよ」


 やっぱりあの戦いは決闘だったんだ。紡もいろいろ動いているんだなと感心する。相手の人が誰だったのか気にならない訳でもないけど、私は私の話に集中する事にする。

 鷹木さんをここに呼び出したのはあるお願いをするためだ。そう、紡の家を出てもらうお願いを。

 鷹木さんさえ紡の家から出て行ってくれたら私はそこまで紡の事を心配しなくてもよくなる気がする。だから、どうしても鷹木さんには紡の家からは出て行ってもらいたい。


「針生さんも最初、釆原君の家にいたんですよね? それで自分から出て行っておいて、私が家にいるようになったら出ていけって都合がよくありません?」


 都合の良い事を言っているのは分かっている。分かっているけど、どうしても我慢が出来ないのだ。私以外の女性と同じ屋根の下なんて。

 ヘタレな紡が鷹木さんに手を出すなんて思ってはいないけど、やっぱり紡も男の子なのだ。急に欲求が爆発して鷹木さんを襲ってしまうって言うのもないとは言い切れない。そんなのは嫌だ。それだったら私が……。

 雪が私の上に容赦なく降ってくる。私の今の気持ちと同じべっちょりとして重たい雪だ。


「私は出て行く気はないわよ。釆原君とは今、同盟を組んでいるんだから一緒の家に居た方が何かと便利ですもの」


 それは私が最初に使った紡の家にいるための方便だ。口実でしかない。実際は一緒に住んでみたいのだ。好きな人と一つ屋根の下で寝泊まりしてみたいのだ。

 鷹木さんもやっぱり紡の事が好きなんだ。蒼海さんは付き合ってはいないと言っていたけど、恋愛感情がないとは言っていなかった。

 私の居場所を鷹木さんに取られてしまった。私が手放した所に鷹木さんが入っただけなので鷹木さんに非はないのだけど、やっぱり我慢できない。


「私は憑代ハウンターで、隣にいるシルヴェーヌは使徒アパスルなの。針生さんなら分かるわよね? 一緒に居た方が良いって事が」


 分かる。分かり過ぎるほどわかる。それが何の意味もない事が。憑代ハウンターやら使徒アパスルはただの口実。ただ一緒にいたいだけの口実。

 私だって同じことをした。同じ穴の狢なのだ。狢同士仲良くできる事もあるかもしれないけど、今回は無理だ。


「話はそれだけ? 私、忙しいからもう行くわよ」


 鷹木さんが一歩踏み出し、この場から離れようとしている。嫌だ。嫌だ。嫌だ。このまま紡の家に鷹木さんが一緒にいるのが嫌だ。このまま鷹木さんが紡と一緒になってしまうのが嫌だ。

 何とか鷹木さんを止めないと。何か鷹木さんを止めるような事を言わないと。もう時間がない。鷹木さんが私の横を通り過ぎる。その時、私は叫んでしまった。



「私は紡が好きなの!! 誰にも渡したくない!!」



 公園に私の声が響く。私たちの他には誰も居ない公園に私の想いがこだまする。 鷹木さんを止めるのに必死だった。想いを抑える事もできず、はしたなく大声を出した私はどんな顔をしていたのでしょう。

 恥ずかしさからなのか、力を込めたからなのかは分からないけど、私の目の端には涙が溜まっていた。でも鷹木さんは止まってくれた。鬼の形相で私を睨みながら。


「何それ? 私だって釆原君の事が好きよ。だから千載一遇のチャンスを掴んだの。藁をも掴む思いで。でも、針生さんは自ら手放したんでしょ? そんな人にそんな事言われたくないわ」


 鷹木さんは来たチャンスを必死になって掴んだ。私は来たチャンスを簡単に手放した。それが今の立場の差になっているんだ。

 あの時の自分の判断が悔やまれる。でも、今更後悔した所であの時は戻ってきてくれる事はない。それなら私は今私が出来る事を全力でやるだけ。例え、それが後で紡にバレて嫌われる事になってしまったとしても、何もやらずに後悔をすることはしたくない。

 紡は誰かと勝負をしていた。だったら私だって。


「勝負をしましょう。私が勝ったら鷹木さんには紡の家から出て行ってもらうわ」


「は!? 何を言っているの? なんでそんな勝負を私がしなくちゃいけないのよ。自分が何を言っているか分かってるの?」


 確かに鷹木さんの言う通りだ。こんな自分に都合のいい勝負なんて誰も受ける訳がない。私が鷹木さんの立場であったとしても同じ反応をしたでしょう。

 だったら何か、何か鷹木さんが勝負に乗ってくれるような物を私が提示しなければこの話は流れてしまう。鷹木さんは立ち去ってしまう。私は考える。私が提示できるような物で鷹木さんが乗ってくれるような物を。


「私が負けたら紡には今後一切、接触しなと誓うわ。私からは勿論、紡から私に話しかけて来てもすぐにその場から立ち去るわ」


 これが私が提示できる最大限の条件だ。この条件で鷹木さんが乗って来てくれないのなら私にはもう打つ手がない。眉間に皺をよせていた鷹木さんの口角が上がる。


「へぇー。今後一切接触しないんだ。それは本当なのよね? でも、ちょっと信用できないな。私そこまで針生さんと仲が良い訳じゃないもの」


 鷹木さんとちゃんと話したのは今回が初めてかもしれない。だとすれば簡単に相手の事を信用できないのも分かる気がする。

 じゃあ、私はどうすれば鷹木さんを信用させられるのか。私は頭を悩まし考えると、これしかないと思えるものが思いついた。

 ポケットから徐に取り出したスマホを鷹木さんに見せつけるように前に出す。


「スマホじゃない。それがどうしたの?」


 不思議がる鷹木さんの目の前で私は前に出したスマホを思いっきり地面に叩きつけた。画面の方から叩きつけられたスマホはガラスにひびが入る音がした。

 これでは足りないと思い、私はブーツの踵で思いっきりスマホを踏みつける。何度も、何度も踏みつける。それこそ親の仇のように。意外と頑丈なスマホは踏みつけた所がへこんでいるが原形はとどめている。

 スマホを拾い上げ、電源を入れてみると無事に(?)電源は入らなくなっていた。その状態のスマホを鷹木さんに見せつける。


「これで私は紡と連絡を取る方法はなくなったわ。これが今、私ができる最大限のことよ」


 正直、失敗したかなとも思ったのだけど、鷹木さんの信頼を得るにはこれぐらいの事をしないと無理でしょう。これで無理だったら私にはもう、土下座をするぐらいしかなくなってしまう。


「針生さんて学校の成績は良かったみたいだけど、意外と馬鹿なのね。良いわ勝負をしてあげる」


 良かった。何とか鷹木さんが勝負に乗ってくれた。でも、私が馬鹿ってどういう事なのでしょう。私は紡のように変な行動はとってないはずなんですけど。


「それで? 勝負って何をするの? 私たちが取っ組み合って喧嘩でもするの?」


 私たちが殴り合った所で泥仕合にしかならないのは目に見えている。私たちは憑代ハウンターだ。それなら使徒アパスルに戦ってもらうのが良いでしょう。


「へぇー。使徒アパスルにねぇ。でも針生さんの使徒アパスルは人族でしょ? 私のシルヴェーヌは見ての通りエルフ族だから普通に考えたら不利よね? ハンデを付けてもらいましょうか」


 確かにヴァルハラはホムンクルス族なので普通に戦えばヴァルハラの方が有利でそんな条件飲めるわけがない。でも、ハンデと言ってもどんなのが良いのでしょう。両手を使わないとか足に重りを付けるとかでしょうか。


「そうね。針生さんたちは強制命令権インペリウム禁止ってのでどうかしら?」


 意外と厳しい条件が来た。強制命令権インペリウムを使わなければ最後の所でなかなか倒す事ができない。しかも相手は強制命令権インペリウムを使う訳だから猛攻にも耐えなければならない。

 普通なら飲めるような条件じゃない。けど、私にはこの条件を飲む以外の選択肢がないのだ。恐る恐るヴァルハラの方を見るけど、ヴァルハラは仮面を着けているので表情が分からない。


「問題ない。強制命令権インペリウムを使わなければ良いのだろ? それならそれで頭を使いながら戦えば良いだけだ。何も力押しするだけが戦いではない」


 格好いい。紡もヴァルハラぐらいの年齢になったらこれぐらい格好良くなるのでしょうか。今からちょっと楽しみ。


「交渉成立ね。これで私たちが負ければ釆原君の家から出て行く。針生さんが負ければ一生釆原君とは関りを持たない。良いわね?」


 一生!? でも良いか。今、紡と関わり合いを持てなければ紡だって他に良い人を見つけてしまうかもしれない。その時になって私が現れた所で紡の迷惑にしかならない。

 今が駄目なら一生駄目だ。私の覚悟は決まった。後はこの覚悟をヴァルハラ――紡のお父さんに預ける。


「それじゃあ、さっそく始めましょう。場所はここで良いわよね? 誰も居ないし」


 結構広い公園なんだけど、雪が降っているおかげで誰も居ないから大丈夫でしょう。私は祈る思いでヴァルハラの後ろにさがった。


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