激闘の七日目-2
「ハァ、ハァ、ハァ」
息が荒い。極限まで集中した事もあるし攻撃するために息を止めていた事もある。息はなかなか落ち着いてはくれない。
地面に転がっている蛯谷を見る。気持ちよく伸びやがっていい気なものだ。前の時と違って本当に紙一重と言った感じだった。正直言うともう少し余裕を持って戦えると思ったのだが、本当にギリギリだった。
蛯谷の所に行き、息があるのを確認する。良かった。いくら僕の拳と言えど当たり所が悪ければ死んでしまう事がある訳だからな。ムカつくけど、面白い奴だから居なくなってしまえば寂しくなってしまう。
僕は蛯谷を木の所まで引きずっていき、木にもたれさせると着ていたダウンジャケットを上からかけた。後から放置されたから風邪ひいたとか言われても面倒だしな。
アルテアとアンが戦っている所に目を移す。アルテアたちはまだ戦っており、少しだけどアルテアの方が有利に見える。
「なかなかやりますね。正直、ヴァンパイア族がこれほど私の攻撃に耐えられるとは思いませんでした」
「あら? 嬉しい事言うわね。でも、負ける気はなくってよ」
二人は再び近づき、斬り合いを始める。雪の降る中、二人の女性が戦っている姿と言うのはどこか幻想的だ。
これって
「目覚めよ、アン!」
そんな事を考えている隙を突いて蛯谷が
慌てて蛯谷の方を振り向くが、蛯谷はやっと片目を開けていると言った感じであり、まだ、全然平気そうな感じではない。蛯谷の方に駆けよると、
「約束は……守った……ぞ。アン……」
それだけ言い残して再び目を閉じてしまった。言葉の感じからすると例え僕に負けたとしても
畜生! 少しだけど格好良いじゃないか。蛯谷の癖に。だけど、蛯谷が
槍で上手く牽制してアンがアルテアから距離を取ると、アルテアが近づいて来る前に詠唱を始めた。
「石に刻まれしその魂、我の力を得て目を覚ませ。命に従い、その力、我のために使い尽くせ。出でよ! ガーゴイル!」
詠唱が終わると、アンの足元から三体の石造の怪物が蝙蝠のような羽をはばたかせ、姿を現した。羽を広げても一メートルぐらいの大きさのガーゴイルが計三体。アンの周りを浮遊している。
四対一か。僕も加勢した方が良いのだろうか。でも、僕たちの戦いに二人は手を出してこなかった訳だからここは僕も二人の戦いを見守るのが正解なんじゃないだろうか。
二人の戦いは僕たちの戦いと違って殺し合いなので、そんな事を考えなくても良いのかもしれないが、こういう時じゃないとなかなか正々堂々と戦えることがないのだからアルテアには一人で頑張って欲しい。
アンはガーゴイルの一匹を自分の傍に残し、残りの二匹でアルテアを攻撃させる。アルテアには二匹だけで十分という判断なのだろうか。
ガーゴイルたちは宙に浮いて攻撃を仕掛ける時に急降下してくるのだが、基本的にはアルテアの頭の上での攻防になっている。
剣術と言うのは相手が前にいる事を前提に技を磨いてきたはずなので、頭の上にいる敵に向けての技と言うのはそれほどないのだろう。基本的に日本刀で攻撃を防御して振り回すと言った単純な攻撃になってしまっている。
アルテアも思うように攻撃が出来ていない事に焦りの色が顔に現れてきている。僕は何時でも
僕が加勢するのは憚られるが
その時アルテアから合図があった。どうやら現状を打開するためには
「放て! アルテア!」
その言葉の後、アルテアの魔力が漲るのが分かる。アルテアに向かって降っていた雪もアルテアの迫力に押されたように避けて降っている。
アルテアを攻撃して空中に逃げていくガーゴイルにアルテアは片手を日本刀から放し、魔力の塊いや、魔力の槍を作り出す。
「逃しません!!」
アルテアの作り出した魔力の槍がガーゴイルに襲いかかる。ガーゴイルは空中に逃げた事で油断していたのか魔法の槍が近づいて来るまで気付かず、後ろを振り向いた時にはもう遅かった。
魔法の槍はガーゴイルの心臓あたりを貫き、何か小石のような物を破壊した。それまでアルテアから攻撃を受けても自己修復していたガーゴイルだが、地面に落ちても修復するどころかボロボロと崩れて行った。
どうやらガーゴイルは核になっている部分があるようでそれを破壊されると元の姿には戻れないようだ。
「なるほど。そう言う事ですか。分かりました」
アルテアは笑みを浮かべると大きくジャンプして残り一体になったガーゴイルに迫っていく。ガーゴイルは必死に回避を試みようとするが、アルテアが逃がす訳がない。
空中に浮いた状態でアルテアの日本刀がガーゴイルを横一文字に切裂く。ちょうど心臓の辺りで体を真っ二つにされたガーゴイルは体を修復する事なく崩れながら地面に落ちて行った。
アルテアは地面に着地すると半身になりながら腕を伸ばし、片手で日本刀をアンの方に向ける。アンもそれがどういう意味なのか分かったように口角を上げる。
降っている雪をものともせずアルテアはアンに向かって突っ込んでいく。残るはアンとガーゴイルが一匹。アルテアなら何とかしてくれるはずだ。見守っている僕の拳にも力が入る。
アンはガーゴイルを上手く使役し、アルテアの攻撃を躱していくが、勢いは完全にアルテアの方がある。
ガーゴイルをアルテアの日本刀を防ぐため、盾役として使ってしまったアンに反撃する力は残っていなかった。
槍でアルテアを近づけないようにするが、その槍を掻い潜り、アルテアがアンの目の前まで到達する。まさに目と鼻の先、もう少し近づけばキスをしてしまいそうになるまで近づいた二人は笑みを浮かべる。
「久しぶりに良い戦いが出来ました。ありがとうございました」
「フフフッ。なかなか強いわね。せいぜい最後まで頑張りなさい。私は先に休ませてもらうから」
アルテアの日本刀がアンの腹部を貫くとアンの口からは一筋の血が流れ、体が光始めた。どうやらアルテアは勝ったみたいだ。
僕は急いでアルテアの元に駆け寄る。アルテアが日本刀を光の中に仕舞うと、その手の中には黒く光る宝石が握られていた。どんな名前の宝石なのかは知らないけど、黒く光る宝石は雪の景色と相まって凄く綺麗に思えた。
「ありがとうございました。ツムグのおかげで無事に勝つ事ができました」
いや、僕は何もしてないから。勝つ事ができたのは単純にアルテアが強かっただけだ。
雪の降る中でアルテアと二人きりで河川敷に佇むと言うのも何か良い感じなように思えるのだが、その雰囲気をぶち壊す奴がいた。
「いやぁー。負けたなぁー。何? お前どうやって俺の動きが分かったの?」
意識を取り戻した蛯谷だ。余計な所で起きて来やがって折角の雰囲気が台無しだ。何でも良いから起きたんだったらダウンジャケットを返せよ。僕だって寒いんだよ。
「何だよ。俺が帰るまで貸しておいてくれよ。俺だって寒いんだから」
雪が降っているのが分かっていて格好つけて上着を着てこなかった蛯谷が悪いんだろ。僕は蛯谷からダウンジャケットを取り返して早速羽織った。
寒さに震える蛯谷だが知ったこっちゃない。だが、こんな時でも蛯谷は蛯谷だった。
「アルテアさん、今の戦い感動しました。僕と付き合ってください」
「本気で嫌です。ごめんなさい」
「それにしても今の戦い凄かったな。
本当に凄いな。こんな状況でもアルテアに告白するんだ。そして断られるんだ。ちょっと尊敬してしまう。
そう言えば蛯谷は
「アンからいろいろ話は聞いてたけど、実際、
それで言うと僕も同じなんだけどな。余分な事で一度、
「何だ? 余分な事って? 戦い以外で何か使う必要が出て来た事があるのか?」
あぁー。何て言おうかなぁ。何か蛯谷には言いたくないなぁ。
「私のパンツを見ました」
思わずアルテアの方を向いてしまった。いや、そうなんだけど。そうなんだけど、ちょっと待ってくれよ。なにも蛯谷に教える事はないじゃないか。
「私は何か間違った事を言ってしまったのでしょうか?」
間違ってないよ。アルテアが言った事はあってるよ。でも、違うんだよ。
「おいおい、釆原さんよぉ。大人しい顔してやる事がえげつないな。強制的に言う事を聞かせてパンツを見るなんて俺でもできないぞ。で? 何色だった?」
アルテアの鋭いパンチが蛯谷の腹部にめり込む。そのまま蹲り、必死に痛みを耐える蛯谷だが、顔は上げれないようだ。
「余計な事は聞かないように。ツムグだって答えるのに困っているではありませんか」
今のパンチは結構本気だったよな。蛯谷が未だに立ち上がれないし。これからは僕もアルテアに質問する時は十分に気を付ける事にしよう。
「ア、アルテアちゃんって意外と激しい性格なんだね……。そんな気の強い女性も嫌いじゃないかも」
ヨロヨロと立ち上がる蛯谷だが、やばいぞアルテア。蛯谷が何か目覚めてはいけない事に目覚めてしまったかもしれない。
アルテアが僕の後ろに隠れる。何かあったら全力で僕がアルテアを守ってあげよう。
「な、何もしねぇよ。それよりも鷹木さんはどこ行ったんだ? 確か審判役だったよな?」
蛯谷に言われて周囲を見渡すが、確かに鷹木の姿はない。スマホを取り出してメッセージを確認するが、メッセージも入っていないようだ。
「お前、鷹木さんとメッセージの交換やってるのかよ。元彼氏の俺もメッセージ交換できるように頼んでくれよ」
いや、元彼氏だったら蛯谷の方から頼んだ方が早いだろ。そんな事でわざわざ僕を使うなよ。
それにしても鷹木は一体どこに行ったんだろう。戦いも終わったしそろそろ帰りたいんだけど、もう少し待っていたら戻ってくるのかな?
「そのメッセージとやらで先に帰ると送っておけば良いのではないでしょうか?」
うーん。そうするか。どこに行ったのか分からないのでは待っていてもどれぐらいかかるか分からないからな。
スマホにメッセージを入れると、なぜか蛯谷が僕の家に着いてこようとしたので、アルテアにもう一度教育をお願いしようとしたら大人しく自分の家に帰って行った。一体僕の家に来て何がしたかったんだ。
蛯谷が帰った事で、雪の降る中、鷹木の事を心配しながらも僕たちは帰路に就いた。
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