激闘の七日目-1


 昼食も取った所で僕は蛯谷と戦いに行く準備をする。僕の準備はダウンジャケットを用意するだけなので簡単な物なのだが、女性陣はそう言う訳にはいかないようだ。


「もうちょっとで準備が終わるから下で待っていて」


 鷹木の部屋から声が掛かった。母さんならここから何分も下手をすると一時間ぐらい待たされるのだが、鷹木はどれぐらいで下に降りて来てくれるだろうか。


「お待たせしました。もう出発しますか?」


 鷹木早いな。と思ったけど、居間に来たのはアルテアだった。どうやら今日は袴姿で行くようだ。


「この服装の方が慣れていますから戦いやすいのです。急遽戦う事になったのなら仕方がないのですが、戦うのが分かっている時はこの服装で行くようにしています」


 アルテアが動きやすいと思った格好で行くのが良いと思う。河川敷に行くまでは、多少目立ってしまうかもしれないが、幸い雪も降っているしそこまで注目を集める事はないだろう。

 こたつに入ってアルテアと待つ事、二十数分、やっと鷹木が上から降りてきた。


「ごめんなさい。お待たせしちゃったわね。じゃあ、行きましょうか」


 一生懸命準備してきたのだろうけど、いつもの鷹木との違いを僕は見つけられなかった。一体女性はどこで時間が掛かるのだろう。


「ちゃんと見てる? 髪の毛のセットとか違うし、服だって今日の雪と合うように白系の服装にしたのよ」


 服が白系なのは分かるんだけど、髪の毛は昨日とどう違うのか本当に分からない。いつもと同じようなサイドテールとしか思わないんだけど。


「もう良いわ。釆原君に期待した私が馬鹿なだけだったんだから。そんな事より行きましょ。河川敷までだと結構かかるでしょ?」


 今からだと本当にギリギリの時間になるな。本町を突っ切って川にまで出なければいけないし、雪が降っているのを考えれば普段よりは時間が掛かるかもしれない。

 早速家を出ると思っていたより雪は強く降っており、このまま降り続けたら積もってしまうんじゃないかという感じだった。

 河川敷に着くと蛯谷はもう到着しており、河川敷に一人佇んでいた。雪が降ってるんだから傘ぐらい差して待ってればいいのに何故差して待っていないのか。


「今から勝負するのに風邪を引くとか気にする訳ないだろ。それに傘を差さずに待っていた方が格好良いだよ!」


 格好いいかな? 女性陣を見ても反応は今一で蛯谷の心意気は僕も含め、誰にも伝わっていなかった。

 それにしても蛯谷の使徒アパスルはどこにいるんだろう。見た感じ河川敷には蛯谷しか姿は見えないんだけど。


「最初からいたら俺が目立たないだろ。それぐらい分かれよ! まあ、良い、出てこいアン!」


 蛯谷の呼びかけに河川敷の土手を挟んだ向こう側からアンが飛び出してきた。蛯谷の横に着地したアンだが表情がさえないように見える。


「今の演出はいるものだったのかい? 普通に待っていた方が格好良かった気がするんだけど」


 どうやら蛯谷の行動はアンからも支持をされなかったらしい。結局格好良いと思ったのは蛯谷だけで他の全員が理解できなかった訳だ。


「良いんだよ! 俺が戦いに入り易いようにしてただけだから他の人の意見何て関係ねぇんだよ!」


 負け惜しみか。手を合わせる前に蛯谷はすでに一敗したようだ。自ら負けに行ってくれるなんてなんて友達想いな奴なんだ。

 さてと、蛯谷いじりは良いとして、問題はアンの方だな。まずはその衣装だ。黒を基調とした露出度の高い衣装は雪が降る中で寒くはないのだろうか。一応、ロングケープを羽織っているようだけど、どう考えても防寒にはなっていない。

 そして、蛯谷との会話の時に見えた長い犬歯。僕が知っている限りの知識で近い種族を探すとヴァンパイア族と言う事になる。


「あら? 釆原君だっけ? なかなか聡いわね。行彦は私の種族に全く気付かなかったけど、あなたは分かるのね」


 たまたま当たったって言う感じだけどね。蛯谷は気付かなかったんだ。もうちょっと女性の事を見るように努力しろよ。


「偶然当たったからって良い気になるなよ。アンの種族は俺たちの戦いに関係ないんだ。それに今は分かっているから問題ないんだよ」


 戦う前に二敗目か。三本勝負だったら、もう決着しているぞ。大丈夫なのか蛯谷よ。


「大丈夫だよ! こっち見るなよ! 早く始めるぞ」


 顔を赤らめながら始めようとするが、僕としては余計な演出がなかったらとっくに始めていた所だ。やることやって恥ずかしがるぐらいなら初めからやらなくて良いのに。


 アルテアとアンが僕たちから離れて行く。お互いと言うかアルテアたちの戦いに僕たちが巻き込まれないようにだ。僕と蛯谷、アルテアとアンが対峙しているちょうど中間あたりに鷹木が移動して準備完了する。

 鷹木が開始の合図をすれば戦いが開始される。大粒の雪がたまに僕の目に飛び込んでくるが、そんな事を気にする事なく蛯谷を見つめる。

 蛯谷は憑代ハウンターとなった事でどんな『ギフト』を貰ったのだろうか。針生みたいに僕たちにはほとんど影響のないような物なら良いのだが、手に負えないような『ギフト』を貰っていたら苦戦は必至だ。

 鷹木から声が掛かるまでの時間が長い。実際はそんなに長い時間ではないと思うけど、緊張感のせいで時が止まっている感じがする。


「開ひぃ!!」


 えっ!? 噛んだの? 思わず鷹木の方を見ると顔を真っ赤にして明後日の方を向いている。これは本人も分かっているな。こんな大事な所で噛まないでくれよ鷹木さん。

 鷹木の方を向いてしまった僕だが、他の三人は鷹木が噛んだもの構わず動き出した。アルテアは日本刀を、アンは槍を取り出して間合いの取り合いをしている。

 蛯谷は僕の方に向かって来ており、その姿に変わった様子はない。もしかして近づかないと発動できないような『ギフト』なのだろうか。

 蛯谷の放った右拳が迫りくる。やはりその右拳に何か能力的な物が付加されているとは思えない。僕は楽々と右拳を回避すると蛯谷はバランスを崩して僕の横を通り抜けてしまった。

 なんだ? 『ギフト』を使って僕を圧倒してくるんだと思っていたけどそう言う訳じゃなさそうだな。それからも蛯谷は前回と同じようなパンチや蹴りを放ってきたが、その全てを僕は回避して見せた。


「ふぅ。やっぱり普通に攻撃してるだけじゃ当たんないか。お前『ギフト』使っているだろ? じゃなきゃこんだけ当たらないのはおかしいぞ」


 自分の攻撃のしょぼさを僕せいにしないでくれ。当たらないのは単純に蛯谷の攻撃が遅くて動きも読みやすいからだけだ。


「まあ、良い。アンと契約してから一生懸命練習した成果を見せてやる」


 練習してたんだ。根は真面目で良い奴なんだよな。そう言うのが表に出てくると絶対モテると思うんだが。


「うるせぇ! 能ある鷹は爪を隠すっていうだろ? 俺はそのタイプなんだ」


 意味が分からんし、自分で能があるって言っちゃってるのがな。つくづく残念な奴だ。

 そう思った僕はいつの間にか幾重にも重なった重たい雲を地面から見つめていた。絶え間なく降り注ぐ雪が僕の頬に着くとそこから急に痛みを感じた。雪が当たったぐらいで痛みは感じるはずはないので、何かと思ったけど、今の状況を考えれば倒されたという結論に行きつく。

 上半身を起こして蛯谷の方を見ると、してやったと言う感じでガッツポーズを取っている。やはり僕は蛯谷に殴られて倒れてしまったのだ。それが何時? と言われても分からないのだが。

 勝ち誇ったような顔をする蛯谷にムカつきながら立ち上がると、今度は目を離さないように集中して蛯谷の方を見る。すると蛯谷は僕の視界から消えた。もしかして鷹木のような『ギフト』なのかとも思ったが、僕は蛯谷が居る事を忘れてはいない。

 首を振って蛯谷の姿を探すが、後ろから蹴られるような感覚があり、バランスを崩して前のめりに倒れてしまった。まただ。また攻撃されたのが分からなかった。


「どうだ釆原! これがアンと契約した時に貰った『ギフト』の高速化だ。俺の姿が見えなかっただろ」


 なるほど。そう言う事か。蛯谷が貰った『ギフト』は高速化って言うのか。それをわざわざ言ってくるのは馬鹿な証拠だけど、分かった所で対策が取れないってのもあるんだよな。

 僕が立ち上がると蛯谷が再び高速で動き始めた。たまに目端に蛯谷の姿が見える事があるが、焦点をそちらに合わせるとすでに蛯谷の姿はなくなっている。

 一発一発の威力は蛯谷の腕力次第なのでガードさえしていれば倒れるほどのパンチは貰わないのだが、どこから来るか分からない恐怖が僕の心をどんどん削っていく。

 このまま広い所で戦っているのは不利だなと思った僕は近くにあった木の所に行き、背を預けるようにして立つ。


「木で背中を守って少しでも守る範囲を狭くしたのか。それで俺のスピードを殺したつもりだろうが、そんなんじゃ止まらないぜ」


 その言葉通り、顔の前でガードを作る僕の正面を避けて、比較的空いている左右から蛯谷は攻撃をしてくる。だがこれは狙い通りだ。僕がガードをガッチリ固めながら両手から炎が出るイメージをする。

 蛯谷が攻撃してくるタイミングを見計らい、両腕を広げ、



「出でよ! 炎!」



 見事に両掌の上に炎が出現した。どちらから蛯谷が攻撃してくるか分からなかったので左右両方で炎を出したが、蛯谷は僕の左から攻撃をしようとしていたようだ。

 いきなり目の前に炎が現れたせいで蛯谷はその場に腰を付いてしまった。チャンスだと思い、僕が倒れている蛯谷に攻撃をしようとしたが、蛯谷の姿はすでにそこにはなかった。


「何だよ! 今の! 炎なんて卑怯だぞ。正々堂々と拳で勝負しろよ!」


 姿は見えないけど、蛯谷の声が聞こえてくる。卑怯って何だよ。蛯谷の『ギフト』は卑怯じゃないのかよ。

 攻撃ができなかったので、僕は再び木の所まで戻り、背中を木に守らせる。まあ、何と言われようと魔術ぐらい使わないと勝てる気がしないから使わしてもらうけどな。

 白い息を三度ほど吐き出した後、僕は再び魔力を行使する。だが、今度は左手の方の炎が出なかった。やばい。これで左からの攻撃だったら蛯谷を止められない。そう思った僕の鳩尾に蛯谷の拳が突き刺さった。


「残念。正面でした。いくら俺でも何度も同じ手に引っかかるかよ」


 お腹を押さえて両膝を地面に付ける。雪のせいで地面の温度も下がっており、冷たいのだが、それよりもお腹の痛さが響いて来て冷たさなど感じられないぐらいだ。

 クソッ! 蛯谷の癖に頭を使って来やがった。テストでも蛯谷に負けると異常にムカつくんだよな。木に体を預けながら立ち上がるが、足が震えてしまっている。

 僕に今できるのは魔術を使う事だけだ。何度蛯谷に攻撃されようとも魔術を使って隙を作り、蛯谷を攻撃するしか勝ち目はない。

 何度か魔術を行使してみたが、魔術自体の成功率が五割程度と言うのもあり思った通りに蛯谷の動きが止められず、何度か攻撃を受けて体中から痛みを脳に伝えてくる。

 自分で吐く白い息さえ不快に思える。痛む両腕を上げ、ガードする態勢を取る。やっぱり僕にはこれをやるしかないんだ。


「そろそろ観念しろよ。殴るこっちの拳だって痛いんだからな」


 余裕のある蛯谷の声が苛つく。だが、そんな声には耳を貸さず、僕は魔術を失敗しないように集中力を高めていく。

 アルテアとアンも戦っているはずの河川敷だが集中した僕の耳には何も聞こえてこない。良い感じで集中できている。もっと集中するんだ。真っ暗な世界で聞こえるのは僕の心音だけ。そこまで集中力を高めると、僕は思いっきり大きく目を開く。

 ここで魔術を……と思った僕だったが、


 蛯谷の動きがしまった。


 僕の目に映ったのは右から攻撃してくる蛯谷の姿だった。今まで速すぎて視界にとらえる事の出来なかった蛯谷の姿が見えた。

 どうして蛯谷の姿が見えるんだ? そう思った僕だったが今は考えるのは後だ。見えた通り、右に向かって拳を突き出すと、僕の拳に痛みが走った。本当に右から突っ込んできた蛯谷の頬に僕の拳が当たったのだ。


「偶然か? 俺の姿が見える訳ないし、偶然に決まってるよな」


 尻餅をついた蛯谷が口を拭いながら立ち上がる。どうやら今の一撃で口の中を切ったようだ。


 僕も偶然だと思う。けど、もしこれが再現できるのなら……と思った時に僕の頭の中に閃いた。もしかして僕は『ギフト』を貰ってないんじゃなく本当は貰っていたのかもしれないと。

 それを確認する為にも僕は再びガードを固め、集中力を高め始める。頭の中を空っぽにして心を静かに落ち着ける。座禅を組んでいるかのように力を入れず集中力を高めた後、目を開いた。

 蛯谷は左右に移動しながら正面から攻撃してくるのが見えた。間違いないこれは僕の『ギフト』だ。なら見えた物を信じれば良いだけだ。


「蛯谷ィィィィィィ!!」


 大きく左足を踏み出し、思いっきり地面を踏みつける。右手を耳の辺りまで引いて、十分にタメを作ってから腰を捻り右手を伸ばす。「ボゥ!」と言う音が聞こえるほど勢いよく伸ばした右手は降り落ちる雪にぶつかりながら前に向かって行く。

 何もなかったと思われた場所に右手が到達すると感触があった。僕の右手が当たった事でスピードを失った蛯谷の姿が見える。蛯谷の顎には見事僕の右手が食い込んでおり、僕はそのまま右手を押し込む。


「ウォォォォォォ!!」


 撃ち抜いた右手の勢いに押され、蛯谷が地面を滑っていく。倒れた蛯谷は動く様子がなく、どうやら僕は勝つ事ができたようだ。

 蛯谷の癖に梃子摺らせやがってと思ったが、『ギフト』を使った状態の蛯谷だ。苦戦するのも当然だ。かなり集中したせいで息が切れてしまい、白い息が僕に纏わり付いてくる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る