出会いの六日目-5


 家に帰って来た私は治療道具を持ってヴァルハラの所に行ったのだけど、ヴァルハラは何か怪しげな魔術でも行うように自分の四方に物を置いて集中していた。


「治療道具を持って来て貰って申し訳ないのだが、それは使わない。こうして回復魔法を使っていれば治るからな」


 ヴァルハラの傷だらけの体は確かに治りかけている。折角持ってきた治療道具なのだけど使わないのなら仕方がない。治療道具を片付けるついでに紅茶を淹れてヴァルハラの所に戻ってきた。

 結界のようになっている四角い所に入っても良いのか分からなかったので、ちょうど外側になる場所に紅茶を置くとヴァルハラは中から手を出して紅茶を取った。


「ヴァルハラって異世界に転生したんだよね? 向こうの世界で何をしていたの?」


 ただ座って待っているというのも暇なのでヴァルハラが異世界で何をしていたのかを聞いてみた。別に答えなくても良いぐらいの軽い気持ちだ。


「……そうだな。……私は異世界に転生した時には記憶がなかった」


 ぽつりぽつりだけどヴァルハラは語り始めた。仮面で顔は見えないけど、どこか懐かしむような感じの声でその時の事を思い出しながら話しているようだ。


「そこで助けてもらったのがアルテアだった。アルテアの家には本当にお世話になった。記憶のなくしていた私を追い出さず、確か三年ぐらい居たと思うが、異世界のいろいろな知識を教えてもらったよ」


 その三年の間に記憶を取り戻してアルテアに紡を結婚させるって約束したのでしょうか。なんて迷惑な。


「それは本当に申し訳ない。でもな、当時のアルテアは凄く可愛かったんだ。小さくて愛らしくて。こんな娘が紡のお嫁さんだったらッて思ったらついな。それにその時はこっちの世界に来るとは思ってなかったのでな」


 異世界に転生したら元の世界に戻ってきましたって、そうなると想像する方が難しいか。私だって異世界に転生したら、こっちの世界に戻って来れるんて思わないだろうしね。


「三年いても元の世界に戻る方法が分からなかった私は異世界で暮らす事を考え、エウルカ国を見て回る事にしたんだ。九つの種族が居るのは聞いていたからな。実際見てみたかったのだ」


 九つの種族ってあんまり仲が良さそうには見えないけど、どうして一つの国として纏まっているのでしょう。


「仲が良くないというのは間違っちゃいないな。だが、一つの国として纏まっているのも理由がある。エウルカ国は魔族の襲撃を受けていてな。一つの種族だけだとどうしても対抗できないから国として纏まっているんだ」


 より強大な敵の前には仲が悪くても手を組んだ良いと言う事でしょうか。そのせいでレガリア争奪戦が始まっているのならどうしようもない気がするけど。


「各種族が単独で戦うだけならまだしも、他の種族に襲われるかもしれないという状態では魔族との戦いでは集中できないからな。苦渋の選択だったのだろう」


 今の私たちの状況を国に置き換えたような感じでしょうか。手を組める人とは手を組んで相手に対して対抗する。そう考えると理解できるような気がする。


「全部の種族を周るのに二年ぐらいかかったかな。中には排他的な種族や人間族を毛嫌いしている種族も居たから全部回るのはなかなか簡単ではなかった」


 元々魔族に対するだけで手を組んだのだからそう言うのもしょうがないのでしょう。でも、全部の種族を周れたのは結構すごいんじゃないでしょうか。


「そんな中、エルフ族の所にいる時に出会ったのがシルヴィアだった」


 えっ!? そこはエルバートじゃないんだ。私はてっきり最初にエルバートに会ってずっとパーティーを組んでいたのだと思ってたんだけど違うんだ。


「エルバートと仲間になったのはもう少し後だな。私は最初はシルヴィアとパーティーを組んでいたんだ」


 名前からすると女性のような感じだけど、かなちゃんと言う人が居ながらヴァルハラも隅に置けないな。


「この世界に戻って来れると思ってなかったからな。それにシルヴィアは良く見ると奏海に似ているんだ。エルフ族の次期女王とは思えないほどシルヴィアは活発でな、良くエルバートと喧嘩をしていた」


 私からすればエルバートと喧嘩なんて自殺行為でしかないのだけど、シルヴィアさんはよほど強かったのでしょうか。


「かなり強かったな。特に魔法に関してはエウルカ国で随一と言っても良いほどの腕前だった」


 エルフ族って事は単純に考えればドラゴニュート族のエルバートよりも強いのか。なんか納得だわ。


「その頃からだったかな私たちが冒険者として活動を始めたのは」


 えっ!? シルヴィアさんてエルフ族の次期女王様なんでしょ? 冒険者なんてやっていけるの?


「それがシルヴィアの良い所であり、悪い所だな。気持ちの良いほどの思い切りの良さの反面、周りの事をあまり考えずに行動するからな。後少し対応が遅れていたら私はエルフ族から賞金首として懸賞金が掛けられていた所だ」


 なんだかシルヴィアさんに親近感が湧いてきた。こっちの世界にシルヴィアさん来てないかな? 会ってみたいな。


「シルヴィアはこっちの世界には来てないだろ。言ってもエルフ族の次期女王だからな。私たちなんかとは違う」


 それもそうか。こんな戻れるかどうかも分からない戦いに次期女王様が参加する訳ないか。


「冒険者としては主に魔族討伐の仕事を行っていた。奴らは気まぐれに単独で襲ってきたりもしていたから、そう言うクエストを色んな所で受けて生活をしていた時、エルバートに出会ったんだ」


 魔族ってもっと頭の良い感じかと思ったけど、単独で攻めてきたりするなんて意外と統率が取れてないみたい。それならそんなに勝つのは難しくなさそう。


「それなら苦労もしないのだがな。一人の戦闘能力は滅茶苦茶高いんだ。簡単に言うとエルバートとシルヴィアが合体したような奴が襲ってくるから簡単には勝てない」


 そんなのが一人ならまだしも徒党を組んで襲ってこられてたら確かに国が亡ぶレベルだわ。


「エルバートは冒険者として活動していた私たちの噂を聞きつけてやって来たんだ。いきなり私に勝負しろとか言ってきたけどシルヴィアがそれを許さなくてな。しょうがなく私たちに付いて来ている内に仲間になったって感じだな」


 意外と普通と言うか、もっと殴り合いがあった結果、友情が芽生えて仲間になったとかじゃないんだ。


「そう言うのは少年漫画の世界だな。実際はそんなドラマがある訳じゃない。だが、エルバートが仲間になった事で私たちは冒険者として一気に名声が上がってな。国の中でもトップレベルの冒険者となったんだ」


 あれ? 国でも有名な冒険者になったんだったらアルテアとかも知ってそうだけど、そんな感じはしなかったな。


「その時の私は「レーラズ」と名乗っていたからな。だが、シルヴィアは会った時のユーゴって呼んでいて、エルバートもつられてユーゴって呼んでいたから、パーティー内の呼び名と外の名前で変わっていたんだ」


 何て面倒臭い事を。もうユーゴで良かったじゃん。


「最初はそう思ったんだが、もっと格好いい名前の方が良いかなと思ってな。それで名前を変えていた」


 発想が小学生みたいだ。しかも付けていた名前も呼びにくいし。もしかして「ヴァルハラ」も同じような感じで付けた名前なんでしょうか。


「中々格好良いだろ。私としては結構気に入ってるのだが?」


 本人が気に入ってるなら良いとしましょう。ここで名前を変えられても混乱するだけだし。


「それからかなり冒険者として活動していたのだが、ある時、近くで魔族に襲われている者がいてな。私たちはすぐにそこに向かったのだが、着いた時には襲われていた者たちは全滅していた。辺り一帯血の海になっていた所である人物を見つけたのだ」


 そう言うのがあるから冒険者として仕事が成り立っているのでしょう。でもその人物って一体……。


「エウルカ国の当時国王をやっていた人物だ」


 えっ!? じゃあ、今のレガリア争奪戦が始まったのはこの国王が魔族にやられたから始まったって事でしょうか。


「そう言う事になるな。だが、その国王を殺したのは私たちだと言う噂が広まったのだ。見ていた村人が勘違いしたみたいでな」


 この世界だったらちゃんと捜査をして誰が殺したのか調査をするのでしょうけど、向こうの世界ではそう言うのが確立されてないのでしょうか。


「そんなのはないな。見た人が居ればその人の事を信じてしまうし、噂レベルで捕まったりする事もある」


 それを考えるとちゃんと捜査をしてくれるこの世界は恵まれているのでしょうか。


「一気に犯罪者になった私たちは『弑逆しいぎゃく死神モルス』と呼ばれて逃げる事になった。何せ国中の冒険者たちから追われる事になったからな。逃げるだけでも一苦労だった」


 確か五十木さんが『弑逆しいぎゃく死神モルス』と言っていたような気がするけど、そう呼ばれてから会ったって事なのでしょうか。


「三人バラバラに逃げていたからな。シルヴィアとエルバートは私と別れてそれぞれの種族の所に戻って行ったから、もしかしたらその時に会ってるのかもしれんな。だが、私は合った記憶がない」


 出身地に帰ったとしても国王殺しなら引き渡せって言われるでしょうね。濡れ衣も良いとこだけど。


「シルヴィアは種族を挙げて守るだろうな。エルバートは厳しくなってきたからレガリア争奪戦に参加したんじゃないかな。レガリア争奪戦に参加すれば無罪放免になるから」


 異世界に行ってしまえば追う事も殺す事もできないって事か。座して死を待つより一縷の望みに掛けるって訳ね。それだとしたらヴァルハラはどうして人間族じゃなくホムンクルス族の代表になったのでしょう。


「人間族はレガリア争奪戦にはアルテアが参加するだろうと思ってたからな。それなら種族の中で一番排他的なホムンクルス族の所に逃げれば何とかなると思ったんだ」


 そっか。代表は一人だから人間族の所にはいけなかったんだ。それに犯罪者のレッテルを張られているから行ける所も限られていたんだ。


「ホムンクルス族はレガリア争奪戦に全く興味のない種族でな。ホムンクルス族にいる間、『懲罰の仮面』を条件に滞在を許されて、レガリア争奪戦に参加させてもらえることになったんだ」


 そうだったんだ。『懲罰の仮面』って言うからどんな事をしたんだと思っていたんだけど、そんな理由からだったんだ。


「私が向こうの世界でやっていたのはそんな所かな。最後は犯罪者のレッテルを張られてしまったが、私的には非常に面白い生活を送らせてもらった。そもそも私は一度死んでいるのでな。こんな経験ができるなんて思ってもみなかったのだ」


 私も死んだら異世界に行けるのでしょうか。でも、そんなに早くは死にたくないので、おばあちゃんになってからだと異世界生活はきついだろうな。


「人生何が起こるか分からんからな。もしかしたら生きて居る内に異世界に行ける方法でも分かるかもしれんぞ。さて、治療もそろそろ良いだろ。大分長いこと話してしまったしな」


 時計を見ると十時を過ぎていた。夕方ごろから話し始めたと思うので、随分と長い時間話していたみたいだ。ヴァルハラの傷は完全に癒えており、ちゃんと治療は完了している。


「最後に一つだけ言っておかなければいけない事がある」


 何でしょう。お腹も空いてきたので食事の用意でもしようとしていた私はもう一度腰を下ろした。


「私はこのレガリア争奪戦に勝つ気はない。勝ってしまったとしても異世界に戻ってしまえば犯罪者に戻ってしまうからな」


 衝撃的な発言だ。それでは私が一生懸命戦った所で無駄になってしまうのではないでしょうか。


「最終的にはそうなってしまうな。最後に残ったのがアルテアやエルバートなら私は負けようと思っている。しかし、他の者には負けようとは思っていない」


 そっか。でも、確かに最後がアルテアとかだったら納得できるかな。

 今度こそ話が終わったようなので、私は台所に行き、冷蔵庫を覗くと、まだメイドさんが作ってくれた肉料理が残っていた。いくら冬とは言えそんな長い時間冷蔵庫に入れておくのは拙いので晩御飯も肉料理と言う事になる。


「また、肉料理か流石に何度も続くと飽きて来るな」


 文句はメイドさんに言って欲しい。確かに肉料理を食べたいと言ったのだけど、ここまで大量に作ってくれるとは思わなかったのだから。

 渋々と言った感じで肉料理を口に運ぶヴァルハラだけど、仮面で表情が見えないのがちょうど良かった。美味しくなさそうに食べられると私の方も美味しく無く思えてしまうから。


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