出会いの六日目-4


 僕たちが家に着くと鷹木がお出迎えをしてくれた。いきなりどうしたんだと思ったが、ちゃんと片付けの終わった部屋を見てもらいたいようだ。

 鷹木が使っている部屋の中に入って僕は度肝を抜かれた。そこにはほとんど物置のようにしか使われていなかった部屋とは違って、ソファーやベッド、全身が映る鏡などが置かれていた。

 いかにも女性らしい部屋になったのだが、一体この荷物はどうしたのだろう。


「私の家から持ってきたのもあるけど、ネットで買ったものもあるわ」


 大きな荷物は家から持って来て、小物とかはネットで買ったと言う訳か。それだったら昨日の買い物もネットで済ませば良かったんじゃないのか?


「私、服は試着してからじゃないと駄目なのよね。ネットだと返品が着ない場合があるし」


 何となく言わんとする事は分かる気がする。体型に関係ない食料品とか家電製品をネットで買うのは抵抗ないけど、服とか靴は何となく抵抗があるのだ。


「それにしても意外と早く帰って来たのね。私はもっとアルテアとデートをしてくるものだと思ったわ」


 デートじゃないし。それに魔術って言うのを練習してみたくなったから少し早く帰って来ただけだ。


「魔術? そんなもの使えるようになったの? 凄いじゃない」


 いや、まだ実際には使えるようにはなってない。今から練習して少しでも可能性を広げておきたいのだ。


「へぇー。それでも凄いじゃない。そう言う努力するところ私は好きよ」


 鷹木はこういう事を平気な顔をして言ってくるから困ってしまう。僕みたいな人間には刺激が強すぎるのだ。

 僕は自分の部屋に戻ると早速白雪さんから教えてもらった方法で魔術を使用してみる。まずは白雪さんがやっていたように炎が出るかどうかだ。

 確かイメージして、言葉を紡いで、魔力を流すんだったな。その通りやってみると意外というか、あっけないというか一度目で見事に指先から炎が出現した。


「凄いですね。もうできたのですか?」


 僕の様子を見に来たアルテアがちょうど成功した瞬間を目撃たようだ。偶々できただけなのでそんな褒められるような物ではないけど、自分で実感できたことが大きい。

 もう一度、同じように炎を出そうとしたら今度は炎は出てくれなかった。何がいけなかったのか分からないけど、何度ももやってコツを掴んで行くしかないんだろうな。

 集中をし直して再び魔術の練習をしようとした時、インターホンが鳴った。折角集中し始めたのに誰だよと思いつつ、玄関に行こうとしたらアルテアに止められた。


「私が前に出ます。今来た人物は憑代ハウンターの可能性があります」


 えっ? 直接家に来たの? それは困ると言うかなんと言うか。使徒アパスルに暴れられでもしたら住む家がなくなってしまう。

 鷹木にも憑代ハウンターが来た事を告げ、何かあったらシルヴェーヌに加勢してもらうようにお願いし、僕は一階に降りて行った。

 アルテアを盾にして申し訳ないのだが、僕はアルテアの後ろから玄関のドアを開くと、そこに立っていたのは蛯谷だった。


「何て綺麗な人だ。あなたみたいな人を俺は探していたんだ。好きです。結婚してください」


「無理です。ごめんなさい」


「おい! 釆原! お前連絡先ぐらい教えておけよ。分かんねぇだろ」


 凄いな。出会ってすぐフラれたと思ったら全く気にする事なく僕の方に話しかけてきている。どうやったらそんなメンタルを持てるんだ。


「今のは挨拶みたいなもんだよ。断られたからってそんなに落ち込むような事じゃない」


 いや、お前、「無理」って言われてるんだぞ。少しぐらいは落ち込めよ。何か普段と変わらない様子の蛯谷なんだが、アルテアは僕の前に立って動こうとしていない。やっぱり蛯谷は憑代ハウンターなんだろうか。


「あぁ、そうだ。俺も契約って奴をしたんだ。これでお前と条件は同じだ。もう一度勝負しろ!」


 勝負しろって言われてもなぁ。昨日で勝負はついている訳だし、そもそも勝負をする理由がないしな。


「おいおい。良く言うぜ。お前は憑代ハウンターとなって『ギフト』を貰ってるんだろ? その状態で俺に勝ってもそんな勝負は無効だ! 今度は同じ条件だからこれで負けたら俺も納得してやる」


 僕は『ギフト』使っていた訳じゃないんだけどな。にしても嫌らしい所を突いてくるな。これでは戦わなければ僕が逃げたと言われても仕方がないじゃないか。

 そう言えば、蛯谷が憑代ハウンターって事は当然、使徒アパスルが居るって事だよな。そうだとするならこの誘いには乗ってみても良いかもしれない。探す手間が省けると言うか、もう一緒に戦ってしまった方がいっそすっきりするような気がする。


「私は構いませんよ。レガリアを集めるためにここに居るのですから」


 アルテアは賛成か。それなら蛯谷の使徒アパスルの了解も取れれば……と思っていたら鷹木が急に下に降りてきた。


「ちょっと待ちなさいよ。それなら私も一緒に行くわよ。だってそもそもが私のせいでこんな事になったんでしょ」


「えっ!? なんで鷹木さんが釆原の家に? もしかして同棲しているの? もうそんな関係になっちゃったんだ……」


 しょんぼりする蛯谷だが、何か勘違いしているぞ。確かに鷹木は僕の家で寝泊まりしているけど、決して蛯谷が思っているような関係ではない。


「私は何時でもOKよ。部屋も片付いたし、釆原君が部屋に来るって言うならシルヴェーヌにはアルテアの部屋に行ってもらうわ」


 大丈夫です。シルヴェーヌも居ないのに僕が鷹木の部屋に行く事はないから。それにしても鷹木も来るとなると困るな。二対一の戦いは僕も望んではいないし、それで勝ったとしても蛯谷は納得しないから、また、再戦を申し込まれるかもしれない。


「それなら愛花音には立会人になってもらうというのはどうでしょう? 私たちが戦っている最中に他の使徒アパスルが入ってくるかもしれません。その対応も兼ねて」


 うーん。それなら大丈夫かな。戦うのはあくまで僕たちで鷹木には戦いの見届けと周囲の警戒をして貰うと言う訳か。


「えぇー。一緒に戦いたかったのに……。でもそれだと連れて行ってもらえないんでしょ? なら我慢するわ」


 どうやら鷹木もそれで納得してくれたようだ。少しむくれているが、男の戦に入って来られては困るからな。大人しく僕たちの戦いを見ておいて欲しい。


「決定したようだな。それじゃあ明日、昨日戦った河川敷で再戦する事にしよう。どうせ誰も居ないだろうからお昼ごろで良いだろう」


 確か明日も雪の予報だったな。それなら昼間でも誰も居ないか。仮に人が居れば場所を変えれば良いだけだし、蛯谷の言った条件でOKを出す。

 僕がOKを出した事で蛯谷は「畜生! 羨ましいな」と小さい声で呟きながら何度もこちらを振り返りながら帰って行った。

 蛯谷が帰って行った後、一応全員で居間に集まり、明日の事を話し合う事にした。全員分の紅茶を淹れてこたつに座ると鷹木が話し出した。


「そう言えば釆原君の『ギフト』ってどんなのなの? 蛯谷君が前は『ギフト』を使われてたから負けたみたいな事を言ってたけど」


 隠してもしょうがないので鷹木には正直に『ギフト』は貰っていない事を伝える。


「そうなの? 私は全員が貰えるものだと思ってたけど貰えない人も居るんだ。何か条件があるのかな?」


 驚いた表情で口を押える鷹木だが、僕だって貰えるものは貰いたい。条件か。何だろうな。普通に契約しただけだと思うけど何か不備があったのかな?


「何か不備があれば私にも影響が出ると思うので、そう言ったものはないと思います」


 そうだよな。だとすれば単純に貰えていないって考えた方が普通だよな。ちなみに鷹木の『ギフト』はどんなものなのだろうか?


「私の『ギフト』は隠密化よ。『ギフト』を使った状態で視界から外れると私の存在を忘れちゃって見つける事ができなくなるわ」


 良いなそれ。使い勝手がよさそうだ。だけど、蛯谷が同じ『ギフト』を貰ってない事を祈るばかりだ。そんな事ができれば蛯谷なら女性のお風呂を覗いたりしかねない。

 そう言えば針生が確か魔力障壁って言ってな。貰える『ギフト』は人によって違うんなら蛯谷が見つからずお風呂場を覗く事はできないのか。


「となると、蛯谷君の『ギフト』がどう言う物かって所よね。ハッキリ言えば針生さんの『ギフト』や私の『ギフト』のように人との戦いに影響のないものや対策の取れるものなら平気なんだけど、他のタイプの『ギフト』なら拙いかもしれないわね」


 蛯谷の『ギフト』か。想像もつかないな。って言うか性格とかそう言うのが影響しているとも思えないしな。想像なんてできないや。


「結局その人の使徒アパスルも姿を現さなかったんですよね? 私はそちらも気になります。種族によってはアルテアが不利になりますから」


 シルヴェーヌの言う通りだ。僕だけの心配じゃなくアルテアの方も心配した方が良い。結局蛯谷は一人で僕の家に来たみたいだから使徒アパスルの姿は見ていない。種族的には亜人族だと分が悪いんだっけか。

 ヴァルハラは人間族……ってあれ? 父さんは人間族で良いんだよな? そうなるとアルテアと父さんで人間族が二人になってしまう。


「私が人間族の代表なのでヴァルハラも人間族と言う事はないです。人族以外は考えにくいのでアンドロイド族かホムンクルス族の代表だと思うのですけど……」


 その種族の人が代表にならなくても良いんだ。それならドラゴニュート族の人が人間族の代表とかでも問題はないんだ。


「問題はないですけど、そう言った事例は聞いた事ないですね。ただ、ヴァルハラは元々こちらの世界の人ですから、どこの種族かって言われても微妙の所がありますね」


「そうね。お母さんもこのまま皆が話に夢中になって、お母さんの朝食がないんじゃないのかってのが一番心配だわ」


 そうだな。今日の母さんの朝食は……っていつの間にかこたつに入り、僕たちの会話に参加した母さんが朝食の心配をしてきた。

 時計を見れば確かに母さんが出勤する時間なので、朝食の心配をするのも無理はない。


「それにしても優吾さんは戻って来ないのね。紡ちゃん、早く綾那ちゃんと仲直りしたら? 今なら愛花音ちゃんも居るしシルヴェーヌちゃんも居るから孫を作りたい放題よ」


 何だよ孫を作りたい放題って。食べ放題みたいな感じで言われたって孫なんてできないからな。

 なぜか鷹木が焦ったような表情を浮かべているが、見なかった事にして母さんの朝食を作りに行く事にする。

 分かってはいた事だけど、事前に対策何て取れないよな。だとすれば自分の能力を上げるのが一番か。全員で食事を終えた後、僕は自分の部屋に戻り、魔術の練習をする。

 練習で分かった事は成功率はおよそ五割程度であると言う事と、あまりやり過ぎると魔力を使い果たして体がだるくなり、眠くなってしまうって言う事だった。僕は眠気に耐えきれず、ベッドに倒れ込むように飛び込んだ。


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