出会いの六日目-3
朝起きて居間に行くと鷹木たちがこたつに入って寛いでいた。それ自体は大して驚く事でもないのだが、鷹木はこんなゆっくりしていて良いのだろうか。
僕なんかは学校に行く着替えとかスピード重視でやれば数分で準備はできるのだが、女性だとそうもいかないような気がする。
「釆原君寝ぼけているの? 今日から学校は休みじゃない。私は釆原君からそう聞いたわよ」
そう言えばそうだった。連絡網で連絡が回って来て学校は休みになったんだ。昨日が日曜日で普通に休みだったので勘違いをしてしまった。
こんな事なら早く起きなくてもよかったのに。失敗したなもう一度寝に戻るかな。
「早くって言ってもここからだったら学校に着くのってギリギリじゃない?」
良い指摘です鷹木さん。昨日は精神的にいろいろ来る物が有ったからな。なかなか寝付けなくて起きたらギリギリの時間になってしまったのだ。
大きな欠伸をして部屋に戻ろうとしようとしたらアルテアと目があってしまった。口には出さないが、その目は明らかに寝に行こうとする僕に不満を持っている眼だ。
ふぅ。仕方がない。二度寝は諦め、もう少ししたら
「私、今日はパスして良いかな? 部屋の片づけが終わってないから終わらせちゃいたいんだよね」
必ず二人で探さなければいけないって訳ではないのでそれは大丈夫だ。昨日も僕が帰って来た時にいろいろ片づけをやっていたようだが、まだ終わってないのか。女性と言うのは大変なんだな。
暫く寛いだ後、僕はアルテアを連れて家を出る。外は曇っており、最近太陽を見ていないような気がするが、そのうち晴れる事もあるだろう。
本町の中心は結構見たのでその周辺を今日は探索する事にする。周辺と言ってもスーパーマーケットやサッカー場などがあり、一度は見て回っておいた方が良い所はある。
「それにしても大きな町ですよね。どれぐらいの人が住んでるんですか?」
どうだろう? 本町は確かに栄えていて大きな町なのだが、市としては五十万位の人口じゃないだろうか。市の面積が狭かったらかなりの人口密度になるのだが、市としても結構広いので本町以外は僕の家の周りも含めて結構静かな所が多い。
そんな場所で他の
ただ公園でボーっとしているのも間が持たないので、僕は近くにあった自動販売機で暖かいコーヒーを買ってアルテアが座っているベンチに戻る。
平日の昼間と言う事で公園にいる人はほとんどおらず、非常にゆったりとした時間が流れて行く。
「ツムグ、実はお話したい事があるのです」
アルテアがコーヒーを見つめながらいきなりそんな事を言ってきた。別に断ってから言わなくても気軽に話しかけてくれればいいのだが、改まるって事は何かあるのだろうか。
「ヴァルハラはツムグのお父さんって事で良いんですよね?」
それは間違いないだろう。僕はともかく母さんがそう思ってるし、ヴァルハラも父さんである事を否定していない。
もしかしてアルテアは向こうの世界で父さんに何かをされたのか? 異世界転生を良い事にこっちの世界ではできないような事を思いっきりやらかしてしまったとか。
「いいえ、そう言った事は私には有りません。ただ、小さい頃の私とヴァルハラ――チャッピーはある約束をしていまして」
チャッピーって父さんの事だよな? 父さんは異世界でアルテアにそんな名前で呼ばれていたのか。自分の父親ながら心配になる。
「あっ、ヴァルハラは異世界に来た当時、記憶を失っていてチャッピーはその時、私が便宜的に付けた名前です。その後、ユーゴと言う名前を教えてもらったのですが癖が抜けなくて」
それにしてもちゃんと自分の名前を直させないのは問題があると思うのだが……。まあ、それは良いとして約束ってのは何だろう。大きくなったら父さんと結婚するとかの約束だろうか。
うーん。そうなった場合、僕はどうなるんだろう。母さんは母さんのままだよな。アルテアが父さんと結婚するとアルテアは僕の義理の母って事になるのか。同い年の義理の母か。何か複雑な気分だ。
「いえ、チャッピーとは結婚の約束をしている訳ではありません。約束をしたのはツムグの方です」
何だ。父さんと結婚の約束をした訳じゃないのか。良かった。母さんと父さんの取り合いが始まったら僕はどっちに付いて……って何!? 僕の方? 何が?
「ですから結婚の約束をしたのはツムグの方です。私が小さいころチャッピーと約束をしたのです。大きくなったら息子さんと結婚すると」
顔が真っ赤になっているアルテアはコーヒーが熱い訳ではないだろう。それにしても何をしてくれとんじゃ僕の父親は。そんなもの勝手に約束するなよ。
「そうですよね。私にツムグなんて勿体ない。ツムグにはもっと良い人が居ますものね」
いや、そう言う訳じゃない。アルテアは可愛いし、綺麗だし、優しいし。逆に僕の方がアルテアなんて勿体ない。あまりに急な事で僕も頭の中がグチャグチャになっているだけだ。
「いえ、私はチャッピーが異世界人なのだと分かった時に覚悟はしました。この恋は実らぬ恋だと。でも、どうしても伝えたくて……。ツムグの事を好きな人が居たと覚えてもらっておいて欲しくて……」
えっと……。この場合、どうすればいいの? 確かにアルテアは元の世界に戻ってしまうので恋が実る事はないのだけど、アルテアの想いを知った僕はこれからどうしていけばいいんだ?
「すみません。雰囲気に流されて話過ぎました。忘れてください。覚えておいては欲しいのですが忘れてください。そろそろ
どこかスッキリした感じでベンチから立ち上がるアルテアだけど、僕の方は全くスッキリしない。テストで満点を取ったけど、採点間違いで五十点になった気分だ。五十点なら僕には十分なのだが……。
モヤモヤした気分で僕もベンチから立ち上がったが、急にアルテアが僕の前に出て僕を守るようにする。
「何か来ます。
こんな所で
「あぁー。そんな警戒しないでくれよ。俺は危害を加えるつもりはないんだ。ただ、飯を奢って欲しくてな」
何だ? ただの物乞いか。悪いけどどこかに行ってほしい。僕が慈善事業の団体に入っているなら喜んで飯ぐらい奢るのだが生憎と僕はそう言う団体には入っていない。
変な風に絡まれるぐらいなら僕たちの方がここから離れてしまいたいのだけど、アルテアは決して警戒を解いていない。
「あなたは何者ですか?
鋭い視線を受けながらもおっさんは飄々とした感じで全く動じていない。
「何者と言われてもな。俺はただの小汚いおっさんなだけだし飯を奢って欲しいだけなんだけど」
小汚いおっさんなのは分かっているのか。だけど、普通のおっさんは見ず知らずの人に食事を奢ってくれなんて言わないぞ。
頭を掻きながらおっさんが胸のポケットから煙草の箱を取り出した。煙草が吸えるならその金でご飯を買えば良いのにと思ったけど、どうやら買ったものではないらしい。おっさんが取り出した煙草はすでに半分以上吸われていたのだ。
おっさんがライターを探すがどうやら見つからないようだ。タバコを吸うのを諦めるかと思ったが、おっさんは人差し指の先から炎を作り出して煙草に火を付けた。
何だ今のは? 魔法? でもアルテアとかが使っているのは随分と違うような気がする。
「あっ? あぁ。今のは魔術だよ。こういう時、魔術が使えると便利だなって自分でも思うよ」
おっさんは紫煙を吐くと一度吸っただけで火を消して再び箱の中に戻した。どうやら一度吸っては消して何度も吸っているようだ。ってそんな事はどうでも良い。魔術? 魔術だって? そんな物が有るんだ。
「魔術はあるよ。使えるかどうかはその人次第だけど。そうだ! 君、魔術に興味があるのか? それなら食事を奢ってくれたら魔術の事を教えようじゃないか」
飯から食事に変わっているのはたまたまなのか、金づるを見つけたと思ったからなのか。だけど、魔術に興味があるのは事実だ。魔術が使えるようになれば僕もアルテアと一緒に戦えるようになるかもしれない。
アルテアに近くに
僕は意を決しておっさんを食事に連れていく事にした。流石に小汚いおっさんを家に連れて行くのは嫌だったので、近くにあるファミレスで食事をしながら話を聞く事にした。
「うぉっ! ここにあるのどれでも頼んで良いのか?」
ファミレスに入った僕たちがメニューを見ているとおっさん――白雪さんと言うらしい――が無茶な事を言ってきた。良い訳あるか。高いと五千円近くの料理があるんだぞ。僕が全員分を出さなければいけない事を考えると一人千円ぐらいだな。
僕の値段制限に白雪さんはあれでもない、これでもないとメニューを何度も捲っている。僕の隣でアルテアも一生懸命探しているのは見ない事にしよう。
料理が運ばれてきた所で僕は白雪さんから魔術について話を聞く事にする。
「魔術を使うこと自体はそれほど難しい事じゃない。結果をイメージし、言霊を紡ぎ、魔力を注入する。それだけだ」
それだけ言うと白雪さんは料理に集中し始めた。おい! 流石にこれだけって事はないだろう。ちゃん使えるようになる教え方をしてくれ。
「釆原君は魔術とか魔力って信じる方?」
僕はちらっと隣で食事をしているアルテアを見る。少し前だったら信じてなかったかもしれないけど、今は間違いなく信じる。何なら魔法だって信じている。
「上等。本来魔術なんて誰でも使えるものだ。ただ、固定概念的に魔術なんて存在しないと思っているため使えないだけだ。後は練習あるのみ。何度も失敗してコツを掴むんだ」
そんな物か。だけど、イメージして、言葉を紡いで、魔力を注入するだけで出来るなら本当に誰でもできるんじゃないかと思えてくる。
「出来る物が出来ないと人間、不安になってくるからな。一度失敗してやっぱできないって思うんじゃなく、ここをこうすればできるはずって思ってやっていれば必ずできるようになる」
スポーツでも信じて練習するって大事だって聞いたけど、それと同じような物なのだろうか。
「それはそうとどうして魔術なんて使いたいんだ? 便利な事もあるけど、普通に生活していたらそんなに使いどころはないぞ」
普通の生活をしていればね。今はどう考えても普通の状態じゃないから覚えたいんだよな。僕は白雪さんなら多少話しても大丈夫だろう思い今起こっている事を話した。
「へぇー。面白いことやってるな。そのレガリアって言うのを見せてもらっても良いかな?」
僕がアルテアにお願いすると、アルテアは光の中から白い宝石のような石を取り出した。
「それが魔法か。凄いな。魔術とは比べ物にならないぐらい使い勝手がよさそうだ」
始めて見たであろう魔法に白雪さんは驚いているようだ。魔術ではああいう事はできないのだろうか?
「魔術だと無理だな。何もない所から物を取り出すなんて聞いた事もない。それにしてもそれがレガリアか。触っても大丈夫なのか?」
アルテアに伺いを立てるとアルテアは僕にレガリアを渡してきた。そのまま渡してくれれば良いのに何故一度、僕に渡してきたのか。まあ良いや、僕は渡されたレガリアを白鳥さんに渡した。
「ふーん。これがねぇー。それにしても凄い魔力だな。世界中でもこれほどの魔力を持ったものはなかなかないぞ」
そんなに凄い物なんだ。僕も一度触っただけかな。だけど、綺麗な宝石と言うぐらいで特に何も感じなかったけど。
「これだけの魔力があればかなり大掛かりな魔術だって簡単に使えるはずだ。ありがとう。ちょっと俺には刺激が強すぎた」
白鳥さんは僕にレガリアを返してきた。だから、アルテアに直接返してくれよ。一々僕が中継する意味が分からない。
「ふぅ。飯も食ったしそろそろ行くか。ご馳走さん」
白鳥さんは僕たちと一緒にお店を出ていく訳でもなく一人で店を出て行ってしまった。一応魔術の事を教えてもらったから良いんだけど変わった人だ。
「それで、ツムグは魔術を使えるようになったのですか?」
それは家に帰ってから試してみないと分からない。流石にファミレスの中で魔術の練習をする訳にもいかないし。と言う訳で僕たちはファミレスを出ると家に向かって行った。
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