出会いの六日目-2
学校に向かう途中、私はスマホを取り出し、赤崎先輩にメッセージを送っておく。何も言わずにすっぽかしたら本当に赤崎先輩に怒られてしまうからだ。
後ろを付いてくる五十木さんに気付かれないようにヴァルハラに質問する。『懲罰の仮面』と言うのを五十木さんが知っていたのは向こうの世界にいた証拠なのだろうけど、その『懲罰の仮面』と言うのがどれほどメジャーな物なのか分からなかったのだ。
「ホムンクルス族なら知っていてもおかしくないが、他の種族だと冒険者とかをやっていない限り知らないだろうな」
なるほど。そこまでメジャーな仮面って訳ではない訳ね。だとすれば五十木さんがどうやってその存在を知ったのかが気になる。
五十木さんを見る限り人族のような感じがするけど、実はホムンクルス族という可能性もあるのでしょうか? でも、それならヴァルハラが五十木さんの事を知らないのはおかしくなってくる。
そんな事を考えている内に学校に向かう山道の入り口に到着した。学校が休みになっているので門が閉まっており、守衛さんは無事連絡が行っているのか待機していなかった。
ここから山道を登っていくと時間が掛かるなと思っていると、ヴァルハラが急にお姫様抱っこをしてきた。前にもされた事があるので多少慣れはしたけど、人前だと得意に恥ずかしい。
私たちはヴァルハラのおかげで大丈夫だとしても五十木さんはどうやって付いてくるのだろうと思い、首を五十木さんの方に向けると、女性が五十木さんを同じようにお姫様抱っこしていた。
「私はルスランに運んでもらうから心配いらないわ。早く行きましょう」
どうやらルスランと言う女性が五十木さんの
「行くぞ。しっかり捕まっていろ」
私が五十木さんに気を取られていたため、ヴァルハラは注意を促してくれてから山道を登り始めた。
私が歩いて登れば何十分と掛かるだろう山道をヴァルハラは物の数分で登り切ってしまった。そのヴァルハラのスピードに決して遅れることなく付いてきたルスランはやっぱり
校庭の真ん中で私を下ろしたヴァルハラが私の前に出る。誰も居ない学校は静まり返っており、私が地面を踏みつけた音でさえ学校に響き、大きな音となって耳に届いた。
ヴァルハラの前にはルスランが立っており、五十木さんを守るようにこちらを睨みつけてきている。
「五十木さん! もう一度だけ考えてもらえないかしら? 私はあなたと一緒に戦いたいと思っているの。私たちなら上手くやっていけると思うわ」
無駄だと分かっていても説得をしてしまった。五十木さんは私の方をじっと見ていたけど笑みを浮かべてきた。もしかして説得が上手く行ったのかと思ったけれどそうではなかったようだ。
「そんな事を言っても無駄だと分かってるんでしょ? その通り無駄よ。特に『懲罰の仮面』を着けている人と一緒に行動するなんて絶対に無理」
五十木さんに出会ったのが私ではなく赤崎先輩だったのなら説得は上手く行ったのでしょうか。だけど、出会ってしまったのは私だ。説得できないのは私のせいでしかない。
「そう自分を責める物ではない。どこにでも、誰とにも相性というのはある物だ。今回は相性が悪かったと諦めろ」
流石年長者。少しだけど気が楽になる。
そんな事を話している間にルスランは光の中から剣のような物を取り出した。自分の腕を肩口の辺りから引き千切ると取り出した剣を自分の肩に装着した。
「どうやら相手はアンドロイド族のようだな。アンドロイド族は自由に体を付け替える事ができるから戦うために剣に付け替えたのだろう」
好きな時に付け替えられるなんて便利な体だ。怪我をしてしまっても付け替えるだけで済んでしまうなんて羨ましい。
「お待たせしたわね。そろそろ始めましょうか」
ルスランの開始の合図にヴァルハラも拳銃を取り出して戦う態勢を取る。アンドロイド族と言う事は人族なのでヴァルハラと種族が同じだ。あれ? ヴァルハラは人間族で良いんだっけ?
「私はホムンクルス族の代表だ。人間族の代表がアルテアと言う事になる」
そうなんだ。確かにヴァルハラも人間族だと種族に一人って言うのが崩れるからおかしいのだけど、人間であるヴァルハラがホムンクルス族の代表になるのは問題ないんだ。
「私の場合は少し特殊だからな。一度死んで転生した時点でどこの種族ってのはなくなっていてな」
向こうの世界で生まれた訳ではないので種族がないって事なのでしょうか。その辺りのルール的な物は私にはよく分からない。
私がほんの少し考えている間にヴァルハラとルスランの戦いは始まってしまっていた。
ルスランの剣の攻撃を巧みに躱し、ヴァルハラは距離を取って手から魔力の塊を放出して攻撃していく。ヴァルハラの放った魔力の塊が雪で濡れて湿っていた校庭の泥を巻き上げる。
私は服が汚れてしまうのが嫌なので何とか泥を回避しようとしているのだけど、五十木さんは泥など構わないと言った感じで戦いを見ることに集中している。
五十木さんを見ていると後ろから攻撃できるのではと思えてくるのだけど、私の『ギフトは』魔力障壁。守る事はできても攻撃するには役に立たない。しかも五十木さんがどんな『ギフト』を貰っているか分からない状態では安易に近づいてしまえば私の方が倒されてしまう可能性がある。
何かいい方法はないものかと考えるが、こういう時に紡が居ないのが腹立たしく思えてくる。紡さえ居てくれていれば何とかできそうなのに肝心な時に居ないなんて使えない男だ。
「穿て、ルスラン!」
その時、校庭に五十木さんの声が響いた。今のはもしかして
「あなたがさっき仲間に連絡するのを見ていました。それなら仲間が来てしまう前に勝負をつけようとするのは当然でしょう」
仲間? 連絡? あぁ、私が赤崎先輩に連絡した時の事を言っているのでしょう。あれは別に来て欲しいって連絡じゃなく行くのが遅れるって連絡なので赤崎先輩が来る訳ではないのだけど、そう思われてしまったのか。
距離を取って戦っていたヴァルハラだったけれど、ルスランのスピードについて行けず接近を許してしまっている。拳銃で何とか攻撃を防いでいるのだけど押されているのは間違いない。
私も
それでもヴァルハラを信じて合図があるのを待つ。何とかルスランの隙を突いてヴァルハラが距離を取るとルスランも追いかけることはせず、そのままの距離を保ったままだった。
一つ、また一つとルスランの周りに光の弾が浮き上がる。その数は十、二十、五十と徐々に増えて行っている。
「我に対峙する全ての物を滅せよ。
ルスランの周囲にあった光の弾が次々とヴァルハラの方に飛んでいく。そのスピードはヴァルハラが放出していた魔力の塊と比べても数段速いのが見ていても分かった。
一つ、二つと躱す事ができても五十の光の弾をすべて避けきるのは不可能で徐々にだがヴァルハラは被弾していく。最初は掠る程度の被弾だったけど、次のは三分の一、その次は三分の二程度被弾し、最後には真面に被弾するようになってしまった。
両腕を前でクロスにさせ、光の弾の攻撃をガードするヴァルハラだが、拳銃に当たり進行方向を変えた光の弾が私の方に向かってきた。魔力障壁を展開すれば防げるのだけど、あまりに急な事で私の魔力障壁を展開する時間がない。
あぁ、失敗しちゃった。
私はここで終わるんだ。紡と仲直りだけでもしておきたかったな。そう思って静かに目を閉じた瞬間、横から激しい衝撃が襲ってきた。
衝撃と言うにはあまりにも強い衝撃で、お腹の辺りだけ先に移動してしまって頭と足が残っている状態になってしまった。ちょうど私の真後ろから見たらくの字のような感じに見えるでしょう。
ラグビーのタックルを腰に受けたようになった私は数メートル吹っ飛んだあと、校庭の地面を滑った。少しぬかるんだ地面のせいで折角の服がドロドロになってしまったけど、何とか私の方に飛んできた光の弾を躱す事ができたみたいだ。
「テメェ! ボーっとしてんじゃねぇよ! 死にたいのか!」
腰のあたりから聞こえてきた声に顔を向けるとそこにはエルバートが私の腰に抱き着いていた。
エルバートが私の事を……好きだなんて知らなかった。でも、ごめんなさい。私には心に決めた男性が居るの。エルバートの気持ちは嬉しいけど、今まで通り友達でいてくれたら嬉しいな。
「おい! お嬢様! こいつ勝手な事言ってやがるから一度殴っても良いか?」
「止めときなさい。気が動転しているだけよ。すぐに正気に戻るわ」
えっ!? 赤崎先輩? なんでここに?
「もちろん針生さんから連絡があったからよ。それが何か?」
いや、私は赤崎先輩に屋敷に行くのは遅れるってメッセージを送っただけで何をやっているとかどこにいるとかは全然書いていなかったのに。
「昨日の事があって遅れるってメッセージでしょ? 何かあると思うのが当然じゃない?」
流石赤崎先輩だ。私ならただ遅れるんだとしか思わなかったでしょう。
「それにしてもこういう事があるならちゃんと書きなさい。探すのが大変だったのよ。主にエルバートが」
エルバートが私を掴んだまま立ち上がると担がれるような格好になったのだけど、すぐに地面に降ろしてくれた。
「あ、ありがとうございます。そして、ごめんなさい」
あっ! この「ごめんなさい」は迷惑をかけてごめんなさいという意味で、決してエルバートのアピールに対しての「ごめんなさい」じゃあないの。
「おい! やっぱりこいつ殴って良いか? 絶対俺の事を馬鹿にしてるぞ」
馬鹿になんてしてません。助けてもらった事に感謝しているんです。それにしてもエルバートはヴァルハラの戦いに加勢しないのでしょうか。
「しねぇよ。最初から戦っていれば入って行くんだが、ユーゴが助けを求めてる訳じゃないしな。それよりもユーゴが合図を送ってるみたいだが良いのか?」
慌ててヴァルハラの方を見ると本当にこちらに合図を送っていた。かなりボロボロになっているみたいだけどルスランの攻撃を耐えきったみたいだ。良かった。生きていた。
私は合図に従い精神を集中させる。静かに目を瞑り、周りの音が聞こえなくなるまで自分の中に入り込む。一度、大きく息を吐き、目を開ける。
「支配せよ、ヴァルハラ!」
私の言葉で
今まで押されていたヴァルハラだけど、互角の戦いぐらいにまでは持ち直してきている。ヴァルハラならもっと押せると思ったのだけど、意外と押しきれていない。
「相手の攻撃の影響が残っているからな。多少魔力で防御していたとしても、あの威力は完全には防ぎきれないから動きが鈍っているんだろう」
そうなんだ。私の『ギフト』と同じような物なのでしょうか。
「ユーゴは意外と器用な奴でああいう細かい事だったり、治癒魔法だったりそう言うのを駆使して戦うのが本来の姿だからな」
流石、元仲間と言ったところでしょうか。私が知らない事も良く知っていらっしゃる。
ルスランに接近され、互角の戦いをしていたヴァルハラだけど、隙を突いて距離を取った。先ほどのルスランの時と完全に立場が逆になっている。
辺りの空気が一変し、冷たかった空気から変わった生暖かい空気が私の所まで流れてくる。ヴァルハラが二丁拳銃をルスランに向けて構えると、魔法の詠唱を始めた
「
拳銃がまばゆい光を放ち、魔力で温まった暖かい空気が拳銃に吸い込まれて行く。拳銃の光が最高潮に達した時、ヴァルハラは拳銃の引鉄を引いた。左の拳銃からは赤い魔弾が、右の拳銃からは青い魔弾が発射された
お互いの弾丸が影響をしあい二重螺旋を描きながらルスランの元に空気を切裂きながら向かって行く。ルスランに到達した弾丸は防ぐために出していた剣状の腕を破壊し、ルスランの体に大きな穴をあけた。
普通の人間ならそれだけで絶命しているのだが、ルスランはチャンスとばかりにヴァルハラの方に鬼の形相で向かって行く。
「アンドロイド族がそんな事で死なないのは私も知っている」
再び拳銃を構えたヴァルハラは引鉄を引くと音もなく魔弾が発射された。カウンターのような格好になった攻撃にルスランは反応できず、眉間を撃ち抜かれるとその場に倒れた。
「どうやら勝負あったようね。血の出ない戦いってなんか盛り上がらないわ」
赤崎先輩はヴァルハラたちの戦いがお気に召さなかったようで、つまらなさそうにヴァルハラの方に歩いて行く。私も赤崎先輩に続いてヴァルハラの所に行くとルスランの体はマリアの時と同じように光に包まれて体が崩れ始めていた。
そう言えば五十木さんは? と思い、五十木さんの方を見るとこちらを凄く怖い顔で睨んでいた。
「『
『
赤崎先輩が腕を横に伸ばしてエルバートが襲い掛からないようにしているけど、何時まで持つのか分からない。
「五十木さんでしたわね? 『
赤崎先輩の質問にも五十木さんは態度を崩す様子はない。
「フン! わざわざあなたに教える理由がないわ。聞きたいならそこにいる奴に聞きなさい」
顎をしゃくってエルバートを指す仕草をすると、エルバートは我慢ができなくなり、五十木さんに向かって地面を蹴った。
「あなたになんか殺されてあげない。ルスラン! お願い!」
半分消えかかっていたルスランが光の中から剣の腕のスペアを取り出すとその腕を五十木さんに向かって投擲した。剣の腕はエルバートを追い抜き、五十木さんに到着すると頭を貫いた。
医学とかそういう知識がない私が見ても五十木さんは即死だ。頭を貫かれながらもエルバートを見て勝ち誇ったような顔をして五十木さんは倒れ込み、二度と動く事はなかった。
「クソッ! 死に逃げかよ! 面白くもねぇ」
地面を蹴って悔しがるエルバートはどうやら自分で殺せなかった事が悔しいようだ。それにしても自分の
「玲緒菜。この子の家を探し出して調査しなさい。家族が居るようなら多少握らせても良いから家に来て貰いなさい」
こういう所で惜しげもなくお金が使えるなんて赤崎先輩らしい。玲緒菜さんがスマホでどこかと連絡を取り、赤崎先輩の指示を伝え始めた。
今頃になって私はヴァルハラが怪我をしたのを思い出し、ヴァルハラに近寄る。ヴァルハラの体からは所々血が流れており、すぐに治療をした方が良いように思えた。
「ヴァルハラがその様子だから今日の探索は中止ね。家に帰ってゆっくり治療しなさい」
お言葉に甘えさせてもらおう。私が校門に向かって歩き出そうとしたらヴァルハラにお姫様抱っこされてしまった。
「ゆっくり歩いて帰るよりこっちの方が早いからな」
何度目かのお姫様抱っこで家に向かっているのだけど、そのスピードは今までより明らかに遅い。家に帰ったら私も治療の手伝いをしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます