第二章

出会いの六日目-1


 私は比較的綺麗好きだと思う。整理整頓はしているし、家の掃除も頻繁にしている。だけど、朝起きて目に入った私の部屋はとても自分の部屋とは思えなかった。

 昨日メイドさんが私が居ない間に片づけをしてくれたのだが、私が掃除をして綺麗にしたとはレベルが一つ違った掃除の仕方だった。

 私は目についた所は掃除をして綺麗にするのだが、メイドさんの掃除は普段動かさない物まで動かし、少しでも溜まった埃を取り除いていたのだ。一番近いと言えば大晦日に大掃除をした後の感じだ。

 リビングに行くとヴァルハラも起きており、椅子に座ってだらけていた。


「綾那か、おはよう。それにしても落ち着かない家になったな。私はもっと汚い方が落ち着くのだが」


 失礼な。その意見には賛同できるところはあるけど、私は部屋を汚くしていた事なんてない。これからはヴァルハラの食事は一割減らしておこう。


「一つ質問なんだが、綾那は紡の事が好きなのか?」


 紅茶でむせてしまった。あまりに急なヴァルハラの質問に反応しきれなかったのだ。どうしてヴァルハラがそれを……とも思ったのだけど、昨日の赤崎先輩との会話を聞いていたのならバレてもおかしくはない。

 仕方がないので正直に白状する事にする。相手がただのおっさんならまだしも、紡のお父さんに息子さんの事が好きですと言うのはかなり恥ずかしい。


「そうか。それは困ったな」


 ヴァルハラがそんな事を言うが、仮面を着けているため本当に困っているのかどうなの分かり辛い。それにしても何か困った事があるのでしょうか。自分の息子がもてるのが困るのでしょうか。親ばかにもほどがある。


「いや、そう言う訳ではない。私が異世界でアルテアに出会っているのは知っているだろ?」


 そう言えばヴァルハラの名前が「優吾」だと分かった時、アルテアも一緒に驚いていたな。ただ、違う名前があった事に驚いていたのだと思ったのだけど、向こうの世界で知っていた人とこっちの世界で会った事に驚いていたのか。


「実は、私は小さい時のアルテアと約束をしていてな」


 小さい時からアルテアを知っているのは初耳だ。紡が小さい時に父親が死んだと言っていたので、ヴァルハラが異世界転移してすぐにアルテアに出会ったと言う事でしょうか。

 それにしても小さい時の約束なんてほとんど覚えてないでしょうから無効と言えば無効なような気がする。それで何を約束したのでしょう。


「アルテアに私の息子と結婚させてあげると」


 再び私は紅茶でむせた。人生で一日に二度も紅茶でむせる事は今後の人生でもあまりない事だと思う。いや、今はそんな事より約束の事だ。アルテアと紡が結婚の約束? そんな馬鹿な。


「アルテアが小さい時の約束だからアルテアも忘れているのかもしれないが、もし覚えていたら拙いかなと思ってな」


 拙いどころじゃない。鷹木さんは極論で言えば使徒アパスルを倒せば引き離せるが、紡の場合はそうはいかない。アルテアを倒してしまえば戦う理由がなくなってしまうしアルテアを倒さなければずっと同じ家に住んでしまうのだ。

 なんて馬鹿な約束を本人の居ない所でしたものだとヴァルハラを睨みつける。


「綾那もあるだろ? 小さいころ誰々さんと結婚するとか言うやつ。それと同じ感じでアルテアだって本気で紡と結婚するとかは思ってないと思うぞ。多分……」


 アルテアとの付き合いは短い。言ってしまえば一日もないぐらいだろう。しかし、私には分かる。アルテアは絶対に覚えていると。

 だけど、アルテアはヴァルハラが紡のお父さんだと分かった時、すぐに行動に移らなかった。かなちゃんや私が居たと言う事もあるかもしれないけど、まだ少し余裕があるのかもしれない。

 鷹木さんに続いてアルテアまでとはみんなあの男のどこがそんなに良いのでしょう。


「親ばかと言われても構わないから言うが、紡は良い男になったぞ」


 そんな事私が一番よく知ってるわよ。馬鹿。釼のようなくだらない男ならこんなに悩む事もないのに無駄に私の心を掴んで離さないんだからたちが悪い。

 そっか。アルテアもか。単純にライバルが増えるだけならまだしも、強敵が増えたと言った感じだ。


「一つ聞くが、綾那は紡のどこに惚れたんだ? 良い男なのは私も分かるがどこが良いのかは分からないんだ」


 何ですか。新手の拷問ですか。実父の前で息子の良い所を話させ辱めめ、心を壊そうとする拷問ですか。


「無理に聞こうとは思わないさ。ただ気になっただけだ」


 ヴァルハラは紡の父親だ。一度死んだのかもしれないけど、その事実は変わらない。となればお父さんに覚えを良くしておいた方が後々有利に働くかもしれない。

 紡の好きな所か。何でしょう。最初はテストで私より良い点を取っていてそれで気になりだしたのは覚えている。それから友達にどんな人物なのか聞いてみたり、自転車で登校する姿を見たりしてだんだん話したいと思いだして、そして一緒にお弁当を食べたら思いの外話が上手くてお弁当が美味しくて、最後にパンツを見られて好きになった?


「綾那は変態なのか? 紡もおかしな女性に引っかかった物だ」


 違うわよ! 最後の所だけ切り取るんじゃないわよ。結局何が好きなのかなんて分からないわよ。好きだから好きとしか言いようがないもの。

 ヴァルハラだってかなちゃんと結婚したんだから分かるんじゃない? ヴァルハラはかなちゃんの何が好きなの?


「私か? 私は奏海の顔が好みだったからな。完全に一目惚れだ。それから奏海を落とすまでは大変だった」


 そうだったんだ。かなちゃん可愛いからな。若い時から人気があったような気がする。でも男の人ってそんな感じで女性を選んでいるんでしょうか?


「正確に言えば奏海の優しい所とかいろいろあるが、そう言う事を聞きたい訳ではないのだろ?」


 それはそうだけど。優しい所だとか明るい所だとかが聞きたかった訳じゃないので正直な意見は有難いんだけど、正直すぎるのも困りものだ。


「それで? 綾那はどうするんだ?」


 どうすると言われても……。私が紡の事を好きなのは変わりないし、その想いは今も私の中で燃え続けている。


「そうか。私は応援する事しかできないが上手く行くと良いな」


 ヴァルハラもそう言うのが精一杯なんでしょう。私と鷹木さんの問題なら協力してくれたかもしれないけど、アルテアまで関わっているとなるとヴァルハラも手が出せないのでしょう。

 息子の恋愛に父親が出てくるというのもおかしな話なのでヴァルハラには黙って見ていて貰いましょう。

 ヴァルハラと話をしていたらもうお昼の時間になっていた。お昼は昨日メイドさんが作ってくれていた物を温め直して食べる事にし、その後、忘れずに赤崎先輩のお屋敷に行く事にしましょう。

 今日は月曜日なのだけど、私は学校に登校していない。それはレガリア争奪戦をやっていると言うのもあるけど、昨日、学校から連絡が来て暫く休校になるから家で自習をしているようにとの事だった。

 赤崎先輩が学校を休みにするとかなんとか言っていたけれど、本当に休みにしてしまったようだ。流石、赤崎先輩と言った所だ。


 外に出ると雪は降ってないものの曇っており、頬に刺さる冷たさが痛い。それにしても最近天気の悪い日が多いような気がする。

 寒さを紛らわすためヴァルハラに寒いと文句を言いつつ赤崎先輩のお屋敷に歩いて行くと、前から月星高校の制服を着た女性が歩いてくる。

 あの人は確か紡のクラスメートの五十木いかるぎさんではないでしょうか。制服を着ているので、もしかしたら学校が休みになった事を知らないのではと思い、声を掛けようとした所、ヴァルハラに止められてしまった。


「これ以上は近づくな。あれは憑代ハウンターだ」


 そうか使徒アパスルだけじゃなく、憑代ハウンターも近づけばヴァルハラは分かるんだった。

 でも五十木さんの近くには使徒アパスルの姿は見えない。もしかしたら使徒アパスルと離れて行動しているんでしょうか。私が足を止めた事で五十木さんも足を止めている。

 お互い見つめ合う感じになってしまっているが、何時までもこうしている訳にもいかない。


「あなた五十木さんよね? 違ったらごめんなさい。あなた憑代ハウンターでしょ?」


 腹の探り合い的な物は苦手なのでストレートに聞いてみた。聞かなくてもヴァルハラが反応している時点でそうなのだけど、どういう反応をするのかを見たいのだ。

 だけど、五十木さんは私の方をじっと見たまま動かない。待てをさせている犬にずっと見つめられているような感覚がする。

 紡に連絡して五十木さんの扱い方を聞こうかと思ったのだけど、女性の扱いが苦手そうな紡に聞いた所で有用な情報が貰えないような気がするので連絡するのは諦める。

 会話の成立しない相手とはどうやって対応すればいいのでしょう。どうしたら良いのか分からないのでとにかく相手の反応が有るまで話しかけてみる事にする。


「聞いてるのかしら? 五十木さんって紡……釆原君とクラスメートよね?」


 五十木さんの反応はない。もっと違った話題の方が反応が有るのかもしれない。


「五十木さんって制服を着ているようだけど、もしかして学校に行くつもりだったの? 今日から暫く学校はおやすみよ」


 これでも反応はない。五十木さんは本当に生きているのでしょうか。少し心配になってくる。


「五十木さんの手に持っている本ってシェークスピア?」


「そうなの! シェークスピア大好きなの!!」


 意外な所で反応が有った。もう何を話しかけて良いか分からなかったから手に持っている本の事を話題に出したのだけど正解だったようだ。

 それにしてもシェークスピアか。作者の名前と何個かの題名は知っているけど、ちゃんと読んだり見たりしたことがないので私はそれほど詳しくはない。


「シェークスピアの良い所は悲劇に描かれている登場人物たちの暗い部分が見える所が本当に面白いの。それとね……」


 五十木さんが語り始めてしまった。これは早めに止めておかないと五十木さんの話が終わるまで付き合わされそうだ。

 シェークスピアの話はまた今度ゆっくり話すと言う事で割り込むと不貞腐れたような顔をしながらも五十木さんは話を止めてくれた。


「その仮面。『懲罰の仮面』よね?」


 『懲罰の仮面』? ヴァルハラの仮面にはそんな名前があったんだ。でも、私も知らなかった事をなんで五十木さんが知っているのでしょう。


「貴様何者だ? こっちの世界の人間で仮面の事を知っている物は居ないはずだ」


 ヴァルハラの警戒心が一気に高まる。こっちの世界では知りえない情報を持っていたって事は五十木さんはもしかして異世界から来た人なのでしょうか。


「分からない。こっちの世界に来るにはレガリア争奪戦に参加をし、使徒アパスルとなって来るしかないはずだ。だが……」


 五十木さんは向こうの世界にいる人しか知りえない情報を知っている。私たち……いや、ヴァルハラたちも知らない方法でこちらの世界に来る事ができるのでしょうか。


「できるわよ。現に私は向こうの世界からこっちの世界に来たんだもの」


 ここでこんな話が聞けるとは思わなかった。向こうの世界からこちらの世界に来る事ができるなら逆もできる可能性があるんじゃないでしょうか。

 いいえ、実際、ヴァルハラは死んだあと向こうの世界に行っているのだからこちらの世界から向こうの世界に行く事はできるのでしょう。


「ねぇ、五十木さん。私達手を組まない? もっと話したい事もあるし」


 赤崎先輩には申し訳ないけど、独断で同盟の話を持ち掛けてみた。だって五十木さんの持っている情報はすごく重要な気がするから。


「お断りするわ。あなたたちみたいに平和な世界で暮らしていた人を見るとムカムカするもの」


 完全なる拒絶だった。向こうの世界で五十木さんがどんな生活をしていたのか知らないけれど、私たちのこの状況を知って平和と言うのだから大変な生活をしてきたのでしょう。

 説得をしたいけど戦うしかないかもしれない。ただ倒せばいいだけなら使徒アパスルを連れて居ない今がチャンスだ。ヴァルハラなら一瞬で倒してしまう。


「いや、無理だろうな。使徒アパスルの気配を感じる。少し離れた所で見ているのだろう」


 そんなに甘いものではなかったらしい。だとするとこんな街の真ん中で戦いが始まってしまうのは拙い。

 私は場所を変える事を提案すると意外にも五十木さんは提案に乗ってくれた。ここから一番近い場所で人が居ない所を頭の中で検索すると月星高校が思いついた。

 五十木さんに学校に移動する事を伝えると、五十木さんは私たちの後を付いて来てくれた。


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