勘違いの五日目-2


 窓に止まった小鳥の声で私は目を覚ました。部屋の中は暗く、天気が悪いようであまり良い朝ではないけれど、小鳥の声が聞けたので今日は良い日になるかもしれない。

 洗面所に行って顔を洗い、リビングに行くとヴァルハラが座っていた。そう言えばヴァルハラは同じ服ばかり着ているが代えとかは持っていないのでしょうか。


「同じような服を何着か持っているだけだな。それほどオシャレに気を使う方ではないので問題はない」


 そうは言うが一緒にいる私の方が同じ服ばかり着られると気になってしまう。ちょうどと言ってはあれだけど、紡の家に服を置いて来てしまったので新しい服が欲しいと思っていた所だ。ヴァルハラの分も一緒に買ってしまおう。


「今日は午後から赤崎の所に行くはずだから午前中に買い物に行くのか?」


 その通り。午後から赤崎先輩の家に行かなくてはいけないので、用事は午前中に終わらせておきたい。

 とは言えまだお店も開店している時間ではないので時間的には余裕がある。朝食を何にしようか考えると赤崎先輩の家に行った時に重たいものが出てくるかもしれないから簡単に食べられるものが良い。

 熟考した結果、今日の朝食はグラノーラとヨーグルトにしよう。ドライフルーツも入っているしヨーグルトも美容には良い。それにこれなら簡単に食べられて胃にも優しい。


「朝食でこういう物は初めてだな。私の家では朝食はパンが多かったからな」


 少しの間しか紡の家には居なかったけど、確かに朝食にグラノーラが出てくるような感じはしなかった。かなちゃんがいるから仕方がないのかな。ふと朝食に紡がグラノーラを食べている所を想像してしまい、思わず笑いが込み上げてきた。

 食事を終えて少しゆっくりした後、出かける前にお風呂に入っておく。お風呂と言ってもシャワーを浴びるだけなので簡単な物だ。それから髪の毛を乾かしたり着て行く服を選んでいたら結構いい時間になってしまった。

 女性が出かけるのに時間が掛かるのが分かっているような感じのヴァルハラは何も言わず待っていてくれた。悪いなと思うのだけど、いろいろ準備しているとどうしても時間が掛かってしまう。


「準備も良いようだし、そろそろ出かけるか? あまり遅くなってしまうと赤崎の家に行くのが遅くなってしまう」


 少しゆっくりし過ぎたと反省をしつつ家を出る。服を買いに行くならファッションビルに行くのが一番だ。私の家からならそれほど時間もかからないだろうし。

 どうも寒いと思ったら外は雪がチラついていた。昔は雪が降るだけでテンションが上がったのだけど、今は積もらないようにと祈るばかりだ。積もると次の日、アイスバーンができるので怖くてしょうがない。

 ちょうどビルの所まで半分ぐらい来た所で見知った後ろ姿を見つけた。あの後ろ姿は間違いなく紡だ。急に会ってしまったのでなんて声を掛けようかと思っていると紡の隣にいる女性に目が行った。

 紡と腕を組むように歩くあの後ろ姿はサイドテールをしている事からも鷹木さんだと思われる。どうして鷹木さんが紡と一緒にいるのだろうと不思議に思いつつも私は見つからないように隠れてしまっていた。


「どうしたんだ? 行かないのか?」


 電柱の後ろに隠れた私の後ろからヴァルハラが声を掛けてくる。マズイ。使徒アパスルはお互いが近くにいるとその存在がバレてしまうのだ。

 紡の後ろにいるアルテアが何の反応もしていない事から今私が居る距離なら見つからないと言う事だろう。それにしてもアルテアの隣にいる緑髪の女性は一体誰なんでしょう。

 いや、そんな事はどうでも良い。今は紡だ。私はヴァルハラが見つからないように今の距離を維持しながら二人に付いて行くと私が行こうとしていたビルに入っていた。ここは女性物が多いので鷹木さんの服を選びに来たのでしょうか。


 それならば服を選ぶのに時間が掛かるはずなのでこの間に二人の関係性を考える。

 一つ目は紡がたまたま外に居たら鷹木さんに会ってしまって一緒にどこかに行こうとなった場合だ。だけど、その場合、腕を組んで歩くか? 鷹木さんは蛯谷と付き合っているって噂があるし、そもそも二人が知り合いというのは聞いていない。

 二つ目は二人が付き合っていると言う場合だ。私が紡の家にいた時にはそんな感じはしなかったけれど、実は鷹木さんと付き合っていたというのもあり得るか? いや、それなら蛯谷と鷹木さんが付き合っているなんて噂が出るはずがない。

 三つめは私が紡の家を出てから二人が付き合い始めた場合だ。どちらから声を掛けたのかは分からないが一番有り得るような気がする。考えられるとすれば鷹木さんが蛯谷と別れて紡が優しくしたら付き合う事になってしまった。そんな感じでしょうか。

 どれが一番有り得るかというとやはり三番目だろう。私がどんな気持ちで紡の家を出て行ったのかアイツは分かっているんでしょうか。なんだか考えているとイライラしてくる。


 暫くするとビルの中から紡たちが出て来た。鷹木さんの手には店舗のマークが入った袋を持っている事からも鷹木さんの服を買ってきたのだろう。

 二人はそのまま二軒隣のお店に入って行った。そのお店は下着専門店で女性物の下着しか売っていないはずだ。一体二人がどんな会話をしているのか気になった私はヴァルハラを置いて二人に近寄っていく。

 私もアルテアに近づきすぎるとバレてしまうため、声が聞こえるギリギリの所を見極めてだ。お店の中から聞こえてきたのは、


「彼女へのプレゼントですか? 良いですね。どんな色が好みなんでしょう」


 店員さんの質問だった。付き合っていなければ紡の性格からしても訂正するはずだが、紡は彼女と言うのを訂正する事もなく、


「やっぱり色は白が良いですね」


 何て言っている。これは間違いない。二人は付き合っているのだ。彼女でもない女性に下着を送るなんて私からすれば考えられない。

 私には手を出してこなかったくせに下着を鷹木さんにプレゼントして何をする気だあの野郎。今すぐ怒鳴り込みたい所だけど、私は紡の彼女と言う訳ではない。鷹木さんと紡が付き合っているとするなら割って入った私は一体何様なのと言う事になってしまう。

 そう考えると怒りが収まり、段々気分が下がってきた。隊長が悪くなってきたような気がする。今日は駄目だ。もう何もする気も起きない。家に帰ろう。帰って寝てしまおう。

 「はぁ~」と何度も溜息を吐きながら家に向かって歩いて行く。どこの道を通ったのか覚えてないのだけど、無事に家に着くと言う事はちゃんと体が覚えているのでしょう。


「おい! 綾那!」


 家のドアを開ける前にヴァルハラからの声が聞こえてきた。後ろを向くのも億劫なのだけど、何か用事かもしれないので振り向く。


「どうした綾那。何度も声を掛けているのに反応しないなんて。何があったんだ?」


 あぁ、帰っている最中、ヴァルハラは声を掛けて来てくれたんだ。全然気が付かなかった。何があったかだって? 何にもなかった。何もなくなった。私の人生は空っぽだ。

 そう言えばヴァルハラは紡のお父さんだったはず。お父さんがちゃんと教育しないからあんなふしだらな息子に育つんだ。って実際は紡のお父さんはずっと前に死んでしまっているので教育なんてできないでしょう。

 なんだか頭の中がぐちゃぐちゃだ。誰も悪くないはずなのに誰かに悪者になってもらわないと気持ちが落ち着かない。


 ――私は最低だ。


 家の中に入り、自分の部屋の鍵を閉める。カーテンを全部閉めて部屋の中を暗くし、着ていた服を全部脱いでそのままベッドに倒れ込む。枕に顔を押し付け、何も考えないように寝る事にする。


 コンコン!


 ドアを叩く音がする。どうせヴァルハラだろうと思い、特に反応はしない。だって今は誰とも話したくないのだから。


 ガンガン!!


 それでもしつこくドアが叩かれる。早く諦めてくれないかなって思っていると急にドアが開いて人が私の部屋に入ってきた。拙い。私は今、全裸の状態だ。こんな状態を見せる訳にはいかない。瞬時に反応して布団を体に巻き付ける。

 ヴァルハラがいきなり入ってくるなんて――って思ったのだけど、部屋に入ってきた人物を見て驚いた。赤崎先輩だ。赤崎先輩が何故私の家に? パニック状態の私に笑顔で赤崎先輩が近づいて来る。

 髪の毛を掴み、引っ張り上げられる事で私は体に巻いていた布団を落としてしまったけどそんな事を気にする隙もなく、赤崎先輩が顔を近づけてくる。


「私を待たすばかりだけじゃなく、迎えに来させるなんて良い度胸ね。今まで私に対してこんな態度を取った人はいないわよ」


 笑顔から凄惨な笑みに変わり、私を見つめてくる。どうやら寝ている間に赤崎先輩の家に行く時間が過ぎてしまっていたようだ。でも、赤崎先輩の顔を見たら私の中から感情が混みあがってくるのが分かる。


「わぁぁぁ。紡が……、紡が……」


 思わず泣きだしてしまった。赤崎先輩が驚いて掴んでいた髪の毛を放してくれたので私は赤崎先輩の胸に顔を埋めて更に泣き続ける。

 もう感情が抑えられない。だって私は何も悪くないんだもの。それなのに……。それなのに紡は私が紡の家を出て行ったのを良い事に他の女の子と一緒に買い物に行ったりして……。

 紡の家に行った時に告白していればよかった。意地を張らず自分に素直になっておけばよかった。すべて私が悪いんだ。私が悪いんだけど、私は悪くない。

 一体どれぐらい泣き続けたのか覚えていない。けれど、赤崎先輩は部屋から他の人を出して私を優しく包み込んでくれている。一人っ子の私だけどお姉ちゃんが居るみたいな感覚を覚えた。


「少しは落ち着いたようね。どういう事か聞かせてもらう前にまずは服を着なさい」


 赤崎先輩から体を離した私は急に恥ずかしくなった。全裸で女性に抱き着いて泣くなんて、なんてはしたない事をしてしまったのでしょう。慌てて脱ぎ散らかした服を着ると、


「里緒菜! 入って良いわよ。紅茶を持ってきなさい」


 その言葉に反応し、すぐに里緒菜さんが部屋の中に入ってきた。見た目は里緒菜さんなのか玲緒菜さんなのか分からないけど、里緒菜さんと言われて入ってきたので里緒菜さんなのでしょう。

 淹れられた紅茶は暖かく、ちょうど飲むのにはちょうど良い温度になっていた。一体どこでこれほどタイミングよく良い温度になるように調整したのでしょう。


「優唯様には最高の物を最高の状態でお出しできるよう注意を払っております」


 心構えは分かったのだけど、どうやって待っていたのかは分からないままだ。そこまで追求するつもりもないから良いのだけど。


「それで? 何があったの? 私にわかるように説明しなさい」


 もう一人のメイドさん、玲緒菜さんが運んできた椅子に座り、腕を組む赤崎先輩が私の説明を求めてくる。あれほどの姿を見せてしまったのだ。今更隠す事はないので見た事を正直に話す。


「はぁ、そんな事であんなに取り乱していたの?」


 面目ない。あまりにショックだったから自分でも抑えられなかったです。それにしても嘆息する赤崎先輩と言うのも珍しい気がする。


「まあ、羨ましくはあるけどね。私に寄ってくる男なんて皆、財産目当てとしか思えないから私はそう言う感情になった事がないしね」


 えっ? と言う事は赤崎先輩はまだ……。


「余分な事を考えてると同盟を破棄するわよ」


 鋭い視線に私は考えるのを止めた。って言うかまだ同盟を組んでいてくれるんだ。


「まあ、面白い物も見れたしね。ただし、今回だけよ。次、私との約束を破ったら相応の対応を取らせてもらうわ」


 それだけでも有難いです。紡とはもう元に戻れないし、ここで赤崎先輩に同盟を破棄されたら一人で戦う事になっていたかもしれない。


「今日は家で休んでいなさい。メイドを二、三人呼ぶから何かあったらそのメイドに何でも命令しなさい」


 そう言い残し、赤崎先輩とメイド姉妹は私の部屋を出て行った。良く見ると私の部屋のドアに掛かっていた鍵は物理的に壊されており、どうやら赤崎先輩たちは無理やり私の部屋に入ってきたようだ。

 本来なら怒る所なのだろうけど、そこまでして私の部屋に入って来てくれたのは嬉しい。


 赤崎先輩の言葉に甘えてもう少し気持ちを落ち着ける事にする。泣いた事でかなり気持ちは落ち着いたのだけど、完全に紡の事を忘れるのにはもう少し時間が掛かるような気がする。

 私はもう一度ベッドに飛び込む。部屋の鍵が壊されているので今度は服を着たままだ。それにしても紡と鷹木さんか……。紡には鷹木さんは勿体ないような気がするな。鷹木さんとはそんなに話した事はないけど、元アイドルって事で可愛いし。どうしてあんな男が良いんでしょう。

 紡の事を考えるとまた泣いてしまいそうなので、今はちょっとだけ、ちょっとだけ休む事にする。


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