勘違いの五日目-1


 翌日、起きた僕が居間に降りると僕以外の全員揃っていた。鷹木はすでに家になじんでおり、女性三人で談笑している。

 学校でクラスの女性陣が楽しそうに話している中に入って行くようで非常に入って行きずらい。


「あっ。釆原君やっと起きたんだ。おはよー」


 鷹木の挨拶を皮切りに他の人も次々と挨拶をしてくるので全員に挨拶を返す。


「もうこんな時間なのね。お母さん話過ぎちゃった。でも、愛花音ちゃんは良い子ね。本当にお母さんの娘になって欲しいわ」


「もう、かなちゃんなんて事言うんですか。私は大丈夫だけど、釆原君の気持ちってのもあるんですよ」


 そうか、昨日は母さんは休みだったから僕が寝てしまった後もずっと話をしていたのか。鷹木も変な時間に寝てしまったから寝れなかったのかな。


「かなちゃんと話してたら止まらなくなっちゃって。皆で話してたらこんな時間になっちゃった。学校も休みになった事だしね」


 仲が良いと言うのは少なくとも数日はこの家で過ごすのだから良い事だ。僕が朝ご飯を作りに台所に行こうとしたら鷹木に止められた。


「朝食は私が作るわ。かなちゃんに私の料理の腕を見せるって約束したから」


 そう言って鷹木が立ち上がると僕をこたつに引っ張っていき、台所に行ってしまった。鷹木は一体どんな料理を作るんだろう。少し興味がある。


「愛花音の料理は美味しいですよ。初めて食べた時の衝撃が今も残っているぐらいです」


 元アイドルって事もあるけど、鷹木を見てそこまで料理が得意と言う感じには見えないのだけど、シルヴェーヌがそこまで言うなら期待度が上がってしまう。そしてアルテアはワクワクが止まらないと言った感じだ。

 暫く母さんたちと雑談をしていると鷹木がお盆に料理を乗せて運んできた。僕たちの前に出されたのはカレーライスだった。こんな短時間で作ったのかと思ったのだが、


「かなちゃんと話している間にルーを入れる前まで作っておいたのよ。そこまで作ってあれば完成まですぐだしね」


 なるほど。それなら温め直してルーを入れればすぐに提供できる。カレーライスは野菜がゴロゴロ入っており、スパイスの香りに食欲がわいてくる。

 全員で「いただきます」をするとスプーンですくって一口食べるとその美味しさに驚いた。ルーは家に置いてあった市販の物を使ったのだろうが、それに加えガラムマサラとか別途香辛料を入れているようだ。

 市販のルーだけでも十分野菜や肉が煮込まれて美味しいのだが、追加で入れた香辛料が本当に良いスパイスになっている。


「あり物で作ったからそこまで自信はないんだけど、どうかしら?」


 ここまでのカレーを作れるなら合格点を遥かに超えていると言って良いだろう。その証拠に母さんとアルテアは黙々とカレーを食べている。

 シルヴェーヌはその二人の様子を見ながら優雅にカレーを食べている所を見ると種族の違いがこういう所にもあるのかと思える。

 カレーライスを食べ終えた母さんは満足したのかお腹をポンポンとしている。そう言う姿は他の人がいる時には止めて欲しいのだが、美味しい物を食べて満足をすると必ずやるので癖になっているのだろう。


「今日の買い物は本町の方に行こうと思うんだけど、大丈夫よね?」


 そうか、今日は服を買いに行く約束をしていたな。本町以外、服を買えるような所はないのでどうしても本町に行く事になってしまう。お店が開店するぐらいの時間に家を出る予定だと伝えると女性陣がお風呂の準備を始めた。


「結局、かなちゃんが来てからずっと話してたからお風呂に入ってないからちょっと待ってね」


 僕なんかと違い、女性のお風呂は時間が掛かる物だ。それが三人分って事になると家を出るのはお昼前になってしまうと思いながらも何も言えない僕が居る。

 全員が準備を終えると予想通りお昼前になっていた。家で昼食を食べても良いのだが、服を買いに出かけるので本町で昼食を摂ろうと言う事になった。

 外に出ると雪がチラついており、今日は朝から寒かったのはこのせいだったのかと思う。寒いからなのだろうか鷹木は僕の腕に絡みつき、なかなか離れてくれない。


「折角のデートなんだから腕ぐらい組ませてよ。それに寒いからちょうど良いじゃない」


 いや、デートじゃないし。服を買いに行くだけだし。それにしてもアルテアにしろシルヴェーヌにしろこの状況を止めてくれても良いのだが、二人で何か異世界の話をしていて止めてくれる様子はない。

 結局本町に着くまでずっと鷹木は僕の腕に絡みついて歩いていた。最初入ったビルはアルテアの服を買った時にも入ったビルで一昨日にも来たばかりなので置いてある服はこの前見た物ばかりだ。


「釆原君には一着選ばせてあげるわ。私に似合う服を選んでね」


 そんな無茶ぶりを。アルテアの服を選ぶときだって苦労したのにまた苦労をしなければならないのか。そうだ! 今回はアルテアに選んで貰えば良いんじゃないか。と思ったのだが、アルテアはシルヴェーヌと一緒に服を選び始めている。

 鷹木も一人で服を選び始めているので、もしかして、僕は一人で女性ものの服を選ばなければいけないのではないか? 店員さんの視線がちょっと痛い。まだお客様かもと言う認識があるのだろうけど、変な人かもしれないという警戒感が目に出ている。

 クソッ! だったら完全な僕の趣味で服を選んでやる。後で後悔したって遅いんだからな。まずはジャンルだ。ジャンルを決めよう。何が良い? チャイナドレス? ナース服? メイド服? どれも良いけどピンとこないな。

 何が良いか考えながら歩いていると一着の服に目が行った。それは普通のワンピースドレスでスカートが少し短いぐらいと言った感じで肩口が出たりフリルが付いているぐらいのいたって普通な服だ。

 だが、この服を鷹木が来た時の事を考える。この服は鷹木には明らかに小さいのだ。そうなるとどうなるか。ピチピチのワンピースを着た鷹木が出来上がる。まだ、それだけではそれほど大した事はない。

 鷹木がその服を着て何か物を落としたとしよう。そうすれば自然とスカートの中からパンツが見えるじゃないか。最高だ。チラリズムとは見えないようにしているのが、ふとした時に見えてしまうというのが良いのだ。


「へぇー。釆原君ってそう言うのが良いんだ。あからさまに胸が見えるとかの服を選ばない所が本気だって言うのが見えてちょっと怖いわよね」


 なっ! その声に後ろを振り向くと冷めた目で僕を見つめる鷹木の姿があった。鷹木の手にはもう購入した服が入っている袋が握られている。どうやら僕が選んでいる間に鷹木の買い物は終わっていたようだ。

 だがこれは違う。僕の趣味――いや、たまたま目に付いたから手に取っただけで決して買おうとしていた訳ではない。

 鷹木は何も言わず僕の手からワンピースを取り上げるとレジの所まで行ってしまった。どうやらあのワンピースを購入するようだ。本当に良いんだろうか。自分で選んでおいてちょっと心配になる。

 レジから鷹木が戻ってくるのと同時にアルテアとシルヴェーヌも戻ってきた。今日は結構早く買い物が終わったので満足だ。


「じゃあ、次の店に行くわよ」


 えっ? 買い物って終わったんじゃないの? 皆手に荷物持ってるじゃないか。


「これは一部よ。それにまだ下着を買って無いもの」


 それじゃあ、ここで他の服とか下着を選べばいいじゃないか。どうしてわざわざ違う店に行く必要があるのか。


「釆原君。頭大丈夫? ここで気に入ったのがもうないから違う店に行くんじゃない。人として普通な行動よ」


 そうなの? 同じ店で全部そろえる僕はおかしいの?


「一着だけ買いに来たならこのお店だけで大丈夫だけど、何着も買うんだからいろんなお店に行くのが普通よ」


 そう言うと鷹木はビルを出て次の店に向かって行く。次のお店は今のビルの二軒隣だ。それならさっきのビルで良いじゃんって言うと怒られるのだろう。

 鷹木に続いてお店に入った僕は目を疑った。そのお店には綺麗にディスプレイされたブラジャーやパンツが並んでいたからだ。ここは無理! と言う訳でお店の外で待っていようとしたら後から来たシルヴェーヌに強引に中に連れ込まれてしまった。

 普通の女性なら力ずくで振り切るのだが、シルヴェーヌやアルテアが相手では何をどう頑張っての逆らう事ができない。


「愛花音。逃げようとしていたので連れて来ました。良かったでしょうか?」


「ナイスよシルヴェーヌ。流石私の使徒アパスルだわ」


 お互いサムズアップして良い笑顔を浮かべている。この主従。意外とできるかもしれない。どう見ても逃げられそうにないので項垂れながら鷹木の後ろに付いて行く。なるべく早く終わってくれるのを祈るばかりだ。

 鷹木がお店の中をぶらぶら見て回っていると若い女性の店員さんが一人こちらの方にやって来た。


「いらっしゃいませ。彼氏さんとお買い物ですか? どんなものをお探しでしょう?」


「店員さんお上手ね。良いわ。店員さん、彼と一緒に私に似合いそうなの探してくれる?」


 鷹木にそう言われた店員は満面の笑みで僕の方にやって来た。鷹木にそう言われてしまえば僕を不審者ではなく、お客様として迎えてくれる店員さんの営業スマイルが輝いている。


「彼女へのプレゼントですか? 良いですね。どんな色が好みなんでしょう」


 彼女じゃないし。かと言って同居する為の下着を買いに来ましたと言うのもなんかおかしい気がする。おかしいというか別の誤解を生みそうだ。

 色か。色ならやっぱり白じゃないだろうか。赤や黒では刺激的すぎるし、普段使う用の下着なのだから白が良い。


「白ですね。じゃあ、これなんてどうでしょう?」


 僕に見せてきたのはブラジャーのカップの上の紐の所とショーツに小さい赤いリボンが付いている下着だった。何か私がプレゼントよと言う感じの下着だが、なぜそれをチョイスする。


「こういうの着けて迫られたら嬉しいじゃないですか。もちろん、彼氏さんもちゃんと息子さんには着けるんですよ」


 この店員、僕を揶揄っているのか? 下ネタが激しいぞ。


「後は……。これなんてどうでしょう?」


 今度持って来てくれたのは普通の物だった。ちょっとフリフリが多い気がするけど、これぐらいなら許容範囲だろう。どうせ僕が見る訳じゃないし。

 僕がその下着にOKを出すと店員さんは鷹木の所に行き、試着をして貰うようにお願いしている。二人が試着室に行ってしまうとお店のど真ん中に僕一人という状況になってしまった。流石にこれはきついので僕の試着室の前に移動する。

 試着室の中から鷹木の声がすると店員さんが顔だけを突っ込んで確認する。良かった。カーテンを開けて見せて来るんじゃないかと心配したけど、そう言った事はないようだ。


「えっ? えぇ……分かりました」


 何か不穏な感じだが、鷹木が試着した下着を持って店員さんが僕の所に戻ってきた。


「良かったですね。どうやら気に入ってくれたようです。ではこれ」


 店員さんは相変わらず良い笑顔で下着を僕に差し出す。えっ!? これってさっき鷹木が試着した奴だよね? これ僕が持つの? 籠とかないの?


「籠は今切らしておりまして。申し訳ありません」


 籠を切らす店ってどんなんだよ! って言っても仕方がないので店員さんから下着を受け取る。うわっ、鷹木の体温がまだ下着に残っており、生々しい感じがする。鷹木の奴は僕に一体何をさせたいんだ。

 鷹木が試着室から出てくると僕にウィンクをして次の下着を選びに店員さんと行ってしまった。僕の手の中にある鷹木の温もりの残った下着を置いて。


「釆原君! お会計するからそれを持って来て」


 やっと買い物が終わったようだ。僕が下着をレジに持って行くと鷹木はスマホで支払いをするみたいだが、エラーが出ているようだ。


「入金分が足りなくなっちゃった。代わりにカードで支払うわ」


 鷹木が取り出したカードは黒光りしていた。所謂ブラックカードと言う奴だ。まあ、アイドルをしていた訳だから収入もあったと思うが流石と言った感じだ。

 鷹木の支払いが終わると続いてシルヴェーヌも会計を始めた。シルヴェーヌも持っていたスマホをかざしている。鷹木もシルヴェーヌにスマホを持たせているようだ。


「連絡とるときにスマホがあると便利だからね。釆原君もアルテアに持たせてみたら?」


 確かにスマホがあれば連絡の取りやすさとかは格段に上がる。一考の余地はあるなと考えているとアルテアも持っていた物をレジに置いた。アルテアは一昨日買い物したはずなのにどうしたんだろう。


「私も……その……下着を……」


 そうか服は買ってあげたけど、下着は買ってなかったな。それは申し訳ない。今日ここに来なければアルテアはずっと同じ下着を着けていたって事か。


「いいえ、一応かなちゃんにはタイミングを見て買って来てほしいとは伝えていたんです」


 気の回らない男ですみません。僕がアルテアの分のお金を払おうとした所、


「私が出しておくわ。家に泊めてもらうんだもの、これぐらいはやっておかないとね」


 格好いい。鷹木の方が僕なんかよりよっぽどできる男のように見える。それにしてもアルテアはどんな下着を選んだんだと思ったが、僕が見る前に梱包されてしまった。残念。

 鷹木は買い物に満足したようで、ようやく買い物は終了となった。いろいろ店を廻ってお腹が空いてきたのでどこかで食事をしようと言う事になった。


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