間違いの四日目-4
家に着いた僕は針生が泊まる予定だった隣の部屋に布団を敷き、鷹木をそこで寝かせた。容体は落ち着いているようで、鷹木は静かに寝息を立てている。
だが、ここからが問題だ。依存性の強い薬を打ち込んでしまったため、鷹木が目を覚ましたら薬を欲してくるかもしれない。
「先ほどの言葉覚えていますか? 愛花音が治らなければ……」
シルヴェーヌが鋭い視線を投げかけてくる。そんなのは僕にも分かっている。だけど、今の所、根治させるような方法は僕には浮かんでない。依存症の治し方なんて僕は知らないのだ。
「ツムグ、この女性はどうして倒れてしまったのですか?」
そうか、アルテアは離れた所にいたから僕が鷹木に薬を打ち込んでしまった所は見ていなかったのか。僕はアルテアに今起こっている状況を説明する。
「なるほど。その依存症が治るかどうか分からないのですね」
そう言うとアルテアは光の中から一円玉ほどの大きさの物を取り出した。球状の物体はピンク色をしており、見た目は毒々しい。
「これは私たちの所に伝わる依存症を治す薬です。良かったら女性に飲ませてあげてください」
えっ!? そんな便利な物が有るの? もしかして異世界ってこっちの世界より科学が進んでいるんじゃないだろうか。
「どうでしょう? こたつとか言う便利な物はないですし、こちらの方が進んでいるように思えます。それにこの薬は以前、私たちの所である果物を食べると止められなくなると言った症状を直すためにいろいろな物をすりつぶして固めた物です。今の女性の症状に合うかまでは確証はありません」
確証がなくてもそう言う薬があるだけで十分だ。僕はすぐにコップに水を汲んでくると鷹木を抱き起し、アルテアから貰った薬を鷹木の口の中に流し込む。
もし、鷹木が飲んでくれないなら口移しでもと思ったが、鷹木は無事に薬を飲んでくれた。残念……だったのだろうか。飲んでくれてよかったのだろうか。兎に角、後は薬が鷹木に効くのを祈るばかりだ。
ここに居てもやる事はないので、鷹木が目を覚ますまで居間で待機していようとしたがシルヴェーヌは鷹木の傍から離れようとしなかった。
「ツムグ行きましょう。私たちは下で待っていれば良いでしょう」
アルテアに促され、僕は居間で待つ事にする。昼食がまだだったので鷹木が目を覚ます前に昼食を摂るために台所に立つ。
そんなに食欲がある訳でもないし、何時鷹木が起きて来るかもわからないのでインスタントラーメンで油そばでも作る事にするか。これならそれほど時間もかからない。
インスタントラーメンを茹でている間に、タレを作っておく。付属のスープの素と醤油、ラー油、ごま油を混ぜ、すりごまとおろしにんにくを入れてかき混ぜる。
茹で上がったラーメンの水を切り、タレと混ぜれば調理は終了。お皿に盛った麺の上に卵黄を乗せ、海苔を器の沿わせて入れれば完成だ。ラー油が意外といいアクセントになっており、食欲のあまりない時でもするすると入って行く。
僕たちが食べ始めてすぐに上から物音がした。もしかしたらと昼食を中断して鷹木を寝かせている部屋に入ると鷹木が布団から上半身を起こしていた。
「あっ、釆原君、おはよー。ってあれ? ここって何処?」
鷹木は寝て居てここに運ばれたので、いつもと違う部屋の感じに驚いているようだ。僕は鷹木の布団の隣に座り、事の顛末をすべて話した。
「ふーん。そう言う事だったんだ。何か急に痛みが走ったからどうしたんだろうって思ってたら気を失っちゃったんだよね」
本当に申し訳ない。薬を打ち込むつもり何てなかったんだけど、結果的には釼さんの言う通りの行動をしてしまったのだ。
僕が頭を下げると鷹木は何かを考え始めた。一体何を考えているのかと思って見ていると鷹木が何か思いついたように口を開いた。
「釆原君はこの始末をどう付けようとしている訳?」
えーっと。どうと言われても僕にできる事なんてないしな。頭を掻きながら考えるが出てこないものはいくら考えた所で出てこない。
「じゃあ、私の言う事を何でも聞くって言う事で良い?」
ウッ! 何でもか。かなりハードルが高そうだけど、ここで僕の方から条件を付ける事はできないな。仕方がないので覚悟を決めて頷いておく。
「私と付き合ってください」
えっ!? 付き合うって僕と? なんで? 頭の中はクエスチョンマークが一杯だけど、何でも言う事を聞くという条件なら付き合うしかないのか? でもこんな事で付き合ったとして鷹木は嬉しいのか?
「それは冗談として、私と同盟を組まない? 私も誰かと一緒の方が良いと思っていたの」
何だ冗談かよ。こういうタイミングでの冗談は止めて欲しい。正直心臓が止まるかと思った。同盟なら僕の方も問題ない。釼さんとは一緒にできないし、針生とは別れちゃったからな。
「良かった。同盟成立ね。でもさっき言ったのは本気よ。今の釆原君の態度で答えは分かったけど、必ずもう一度返事をもらうから」
嘘? 本気だったの? 鷹木は確かに元アイドルで可愛いとは思うけど……って、えっ!? 僕が返事をしなくちゃいけないの?
「それじゃあ私はこのままここで寝泊まりさせてもらうわ。一々家に帰っていたら大変だし」
ちょっ、ちょっ、ちょっ。ここに泊まるの? だってここには僕が住んでいる訳で女性が男性の家に寝泊まりするなんて危なくないか?
「大丈夫でしょ? 釆原君一人って訳じゃないし、いざとなったらシルヴェーヌが何とかしてくれるもの。それにそこのアルテアって名前だっけ? 彼女もいるし平気でしょ」
シルヴェーヌが手を出したら私が許さないと言った表情でこちらを向いている。あまりの迫力にアルテアの方を見るとアルテアも頷いている。
いつの間にかこの家には僕の味方は居なくなっていた。それなら母さんならと一瞬だけ思ったが、母さんは間違いなく鷹木が泊まるのを許すだろう。母さんが鷹木を見て断る所が想像できない。
僕は諦めて家に泊まるのを許可すると鷹木は満面の笑みを浮かべた。
「隣の部屋って釆原君の部屋? それなら寝ぼけて部屋を間違えて布団に入っちゃうって言うのもあるかもしれないんだけど」
そんな漫画的な展開は絶対にありえない。ホテルみたいに同じような部屋が並んでいればまだしも、僕の家の作りで間違えて入って来るならそれは意図的だ。それに残念だけど隣の部屋は針生が使う予定だった部屋で、僕の部屋は階段を挟んだ反対側だ。
「なんで釆原君の家に針生さんの部屋があるの? もしかして付き合ってるの?」
急に鷹木の顔が険しくなったような気がするが気のせいだろう。それに仮に付き合ってるとしても僕の家に針生の部屋があるのはおかしいだろ。
針生とは同盟を結んでいたんだけど、行き違いがあって服とかそのままに出て行ってしまった。だから針生の部屋が残っているだけだ。
そう言えば針生は服を取りに来る気はないのだろうか? 結構たくさんの服だからないと着る物に困りそうだけど。
「へぇー。最初は針生さんと同盟を組んでいたんだ。そうだ。服で思い出したんだけど、明日、服買いに行くの付き合ってよ」
昨日、アルテアの服を買いに行くのに付き合ったので正直言って行きたくない。すぐに終わるならまだしも絶対に時間かかるし。
「えっ!? 釆原君って女性に毎日同じパンツを履いて欲しい人なの? 私も数日は我慢できるけど、ずっと同じパンツだと流石に気になっちゃう」
言ってねぇ! 決して僕は毎日同じパンツを履けなんて事は言ってない。アルテアさん、驚いた表情をしないで。シルヴェーヌさん、汚い物を見るような眼で見つめないで。
はぁ、これも言う事を聞くって事の一つとして納得するか。こんな事なら明日、
「ちょっと! 何を不謹慎な事言ってるのよ。こんな所を襲われたら私たちの家が壊れちゃうじゃない」
私たちではなく僕の家なんですけど……。でも確かにそうだ。今襲われるといろいろと拙い。特に僕はシルヴェーヌの事を何も知らない。
「愛花音も無事に治ったようですし、あの話はなかった事にしましょう。私はシルヴェーヌ。エルフ族の代表としてこちらの世界に来ました」
えっと……。種族とか言っちゃって大丈夫なんだろうか? こういうのって最後の方まで分からないようにしておくのが正解だと思うのだけど。
「釆原さんが敵なら教えないですが、愛花音と同盟を組んだのです。それなのに私が種族を隠しておくって言うのもおかしいでしょ?」
確かにそうかもしれない。しかもシルヴェーヌは見た目、まんま僕の知っているエルフだしな。特に尖った耳を見ればエルフじゃなくてもエルフだって思えるほどだ。
そう言えば、針生と同盟を組んでいた時には特に気にしなかったのだけど、ヴァルハラ――父さんはどこの種族なのだろう。てっきり父さんだから陣族と思っていたのだけど、アルテアが人族なので父さんも人族って事は有り得ない。
「そうです。同じ種族の代表が二人と言う事は有り得ません。私もヴァルハラに聞いておけば良かったのですが失念しておりました」
アルテアが頭を下げるがそんな事をする必要はまるでない。今の所、父さんの種族が分からなくても問題ないしな。
そうだ。鷹木が僕の家に泊まるって事はシルヴェーヌも泊って行くって事で良いんだよな?
「えぇ、愛花音がここに泊まるなら私もお邪魔させてもらいます。必要な物はふかふかの布団と枕、それに美味しい料理を所望します」
シルヴェーヌは意外と面倒臭い人――エルフなのかもしれない。布団は用意するけど、押し入れに入っていたふかふかでない布団だし、料理も作るけど、口に合うかどうかは分からない。
不満そうに頬を膨らませるシルヴェーヌだが、僕にもできる事とできない事がある。
「シルヴェーヌ無理を言っちゃ駄目よ。私をこんな煎餅布団に寝かせて何も思わないのかとか、起きたんだから食事がしたいのが分からないの? 何て言うもんじゃないわ」
なんだこの毒舌コンビ。僕はこのコンビと同盟を結んでよかったのだろうか。でも拒否権なかったんだよな。鷹木からの視線が痛いので僕は立ち上がり台所に行く事にする。
鷹木が病み上がりと言う事で優しい感じの料理を考える。うどんを茹でている間、とり挽き肉とうどんのつゆ、醤油を鍋に入れかき混ぜ火にかける。最後に大根おろしと水溶き片栗粉を入れてとろみをつければ完成だ。
器にうどんを入れ、うどんが半分隠れるぐらいつゆを入れる。そして作った餡を上からかける。アルテアはさっき食べたばかりなので二人分の料理を作って上に持って行くと、自分の分の料理がなかった事にアルテアは涙目になってしまった。
アルテアさんはさっき食べたばっかりじゃないかと思いつつも、晩御飯はアルテアの分は大盛にしてあげると約束するとやっと機嫌を直してくれた。
なんだかアルテアまで面倒臭い感じになっているのは鷹木たちに影響された訳ではないと思いたい。
「釆原君凄いわね。自分で料理作れるんだ。しかも意外と美味しいし」
うどんを茹でただけなので、これぐらいなら誰でも作れるだろう。取り立てて自慢をするような物でもない。
シルヴェーヌの表情は変わっていないが、いつの間には器の中は空になっており、どうやら口にあってくれたようで安心だ。これで口にあわなかったら何を言われていたか……。
今日の所はこのまま鷹木にはゆっくりしてもらって母さんが帰ってきたら紹介するとしよう。
それにしても針生が出て行ったと思ったら鷹木と一緒に暮らす事になるとは。本当に人生と言うのは何が起こるか予想もつかないな。
この後、起きてきた母さんに鷹木とシルヴェーヌを紹介したらすぐにでも孫の顔を見たいと何時もの通りの反応を見せていた。
鷹木はそんな母さんの反応にも笑顔で応じている。流石元アイドルと言うだけはある。こういう所の対応はお手の物と言った感じだ。
夕食は約束通りアルテアの分を大盛にすると喜んで食べてくれた。鷹木とシルヴェーヌはさっき食べたばかりと言う事で夕食はいらないと言う事だった。
母さんを送り出した後、家の電話が鳴った。どうやら連絡網での連絡のようで、明日から学校が休みになると言う事だった。
あまりにも急な休校の連絡に、理由を聞いてみたが、学校の修理で休校としか聞かされてないらしく、それ以上の事は分からなかった。
でもこれはラッキーだったかもしれない。僕も鷹木も戦いをしている間は学校にはいけないので欠席と言う事になるはずだったのだが、学校が休みなら欠席にはならない。
連絡の内容を鷹木にも伝え、少し早いけど、僕は寝る事にした。いろいろあって予想以上に体が疲れていたのだ。
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