間違いの四日目-3


 お屋敷を出ると目の前にはリムジン車が横付けされていた。もしかして、これで他の使徒アパスル探しに行くんでしょうか? と思っていたら赤崎先輩は車に向かって歩き出した。

 車のドアを開け、蒼海さんが頭を下げていつでも乗り込めるような態勢を取っていた。赤崎先輩が最初に乗り込み、エルバート、メイド姉妹が続いていく。


「私たちも行くか。ここで何時までも立ち止まっていても何も始まらん」


 余りに車が豪華だったので我を忘れてしまっていたけど、ヴァルハラに続いて私も車に乗り込む。


「優唯様、道中お気を付けを。里緒菜と玲緒菜、優唯様の命令をしっかり聞くように。それと針生様もお気をつけて」


 車に乗り込んだ人物に温厚な笑顔で見送りをしてくる蒼海さんだけど、使徒アパスルの二人には何も言わないのはわざとでしょうか? それとも主人、従業員、お客と言った範疇を外れているからでしょうか?

 そんな事を考えていると車内ではメイド姉妹が紅茶の準備をしている。ここは本当に車内なのか分からなくなって来てしまう。

 ドアが閉まると車が走り出した。使徒アパスルを探すのは良いのだけど、こんな車で一体どこを探すのでしょうか。


「特に決めてないわ。ドライバーの気の向くままに走ってもらって見つかれば良いでしょう。使徒アパスルなら近くにいれば分かるでしょうし」


 意外と赤崎先輩は大雑把な性格なのかもしれない。でも、確かに使徒アパスルなら近くにいれば気付けるでしょう。しかもこちらは二人も居るので見つけた時の精度も上がるはず。

 そんな事を話していると車は静かに出発していた。動いた事さえほとんど分からないなんてこのドライバーさんもかなりの技術を持っているのでしょう。

 適当に車を走らせたところで使徒アパスルと出会う確率はどれぐらいあるのでしょう。実際、一時間ほど車が走っていたのだけど、ヴァルハラやエルバートに変わった様子はない。


「お嬢様よぉ。ちょっと学校に行ってくれないか?」


 変わった様子はあった。どうやら暇を持て余したエルバートはただ車を走らせて使徒アパスルを探すのに飽きてしまった顔をしている。


「学校? 学校に行ってどうするの? 今日は土曜だから生徒はほとんどいないわよ」


 月星高校の運動部は外部に部活用のグラウンドを借りていたりするので、今日学校にいるとすれば文化部や何かの用事で登校してきた者だけだ。


「生徒になんて興味はねぇよ。暇だからユーゴと手合わせでもしようと思ってな」


「何を馬鹿な事を言っているのです。優唯様は今、使徒アパスルを探しておられるのですよ。勝手な発言は控えなさい!」


 メイドさんの一人が激高してエルバートを睨みつけるが、エルバートはどこ吹く風と言った感じだ。


「うーん。面白そうね。私もエルバートとヴァルハラが戦っている所が見たいわ。これから他の使徒アパスルを相手にするにもどれぐらいの実力があるか知っておいた方が良いものね」


 私たちが実力を知っておかなければならない理由はほとんどないのだけど、赤崎先輩の顔はどうしても戦いを見たいと言った感じで、身を乗り出してそわそわし始めた。


「じゃあ、決定だな。おい、メイド! お前のご主人様の許しが出た。ドライバーに言って学校に向かえ」


 激高していたメイドさんは苦虫を噛み潰したような顔をし、渋々ならが運転手さんに学校に向かうようにお願いする。

 私もエルバートとヴァルハラの戦いには興味があるけど、このまま探さなくても良いのでしょうか。


「良いのよ。見つかるときは何もしなくても見つかるし、見つからない時はどんなに一生懸命探した所で見つからないんですもの」


 それは一理ありかも知れない。私も見たかった事だし、ここは赤崎先輩の案に乗る事にしましょう。

 車が進路を変え、学校に向かって走り出す。土曜日なので守衛さんが居ないため、メイドさんが降りて坂道の門を開け、坂道を登っていく。

 学校の校庭に堂々と車を乗り付け、メイドさんが車のドアを開け降りられるようにしてくれた。赤崎先輩に続いて私も車を降りるが、エルバートとヴァルハラが降りてこない。

 どうしたのかと車の中を確認すると、二人とも真剣な顔つきで……と言ってもヴァルハラは顔が見えないが……周囲を警戒しているみたいだ。


「気付いたか?」


「お前に気付けて私が気付かない道理がない。今、学校にいるな」


 どうやら二人は使徒アパスルの気配を感じたようだ。外に降りていたメイドさんが慌てて赤崎先輩を車の中に退避させる。


「運が良いと言うのか悪いと言うのか。私たちの他にも憑代ハウンターになった人が学校にいるみたいね」


 私と赤崎先輩、メイドさんが車に乗り込み、代わりにエルバートとヴァルハラが車から降りる。すると車は校庭の真ん中から校門のすぐ近くに移動し、何かあればすぐに逃げ出せる態勢だけは取って置いている。


「さて、どうしましょう。取り敢えず生徒は帰らせますか。そうすれば校門を出て行く時にチェックができるし」


 言うが早いか赤崎先輩はメイドさんに命令を出し、全校生徒を帰らせるようにする。

 暫くすると校舎の方から生徒が続々と出てくる。その顔はどうして帰らなくちゃいけないのかと不満を浮かべて居たり、これからどこに遊びに行こうかと友達と相談したりといろいろだ。

 校舎から出てくる生徒がほとんどいなくなったけど、憑代ハウンターらしき人物は見つからない。もしかして見逃してしまったのかと思ったのだけど、ヴァルハラたちは動く様子がない。

 もう誰も出てこないんじゃないかと思った校舎から長身痩躯の男性と小柄な女性が出てきた。男性の方は見た事がある。紡の担任の沖之島先生だ。

 相手が姿を現したからでしょうか赤崎先輩が車から降りてエルバートの近くに行ったので、私も後についてヴァルハラの近くに行く。


「赤崎様と針生か。どうやら二人とも私と同じ状態になっているようだな。それで? 生徒を帰らせて私をどうするつもりで?」


 野太い声が校庭に響く。とても先生とは思えないような表情で私たちを睨みつけ、何時でも戦えると言って雰囲気だ。


「どうするも何も戦うに決まってるでしょ。折角、面白い戦いが見れる所だったのに邪魔されたのよ。責任は取ってもらわないとね」


 どうやら赤崎先輩の頭の中には同盟を組むと言った考えはないようだ。私としても沖之島先生にはあまり良い印象がないので戦ってしまっても問題ないと思う。


「一つお願いしたい事があります。私が勝っても負けても学校とは無関係としていただきたい」


 生死を掛けた戦いなのに不謹慎なと思わない事もないけど、実際、生活をするために働いているのならそう言う事を心配するのも分かる気がする。


「えぇ、大丈夫よ。私たちが負けるとは思わないけど、仮に私たちが負けたとしてもあなたを首になんてしないわ」


 それを聞いて沖之島先生は安心したのか大きく息を吐いて下を向いた。



「吠えよ、マリア!」



 私は一瞬、耳を疑った。まだ一度も拳を交えていないのに? いきなり強制命令権インペリウム


「二対一なのだ最初から全力で戦わなければ結果は見えているだろ」


 そう言っている間にもマリアはどんどん姿を変えていき、人の姿から狼の姿に変わって行った。けど、元が小さい少女みたいだったので変身した姿も狼なんだけど少し可愛い。


「優唯様、針生様、危険ですのでもう少しお下がりください」


 メイドさんが私たちが巻き込まれないように後ろに下げてようとするが、赤崎先輩は戦いに見入っているのかなかなか下がろうとしない。

 その気持ちも分からなくもない。だって目の前で行われている戦いはとても人間の戦いとは思えないのだ。アルテアとヴァルハラの戦いを少し見たけど、あの戦いはお互い手を抜いていたと思えるほど動きが速い。

 ヴァルハラは拳銃を持ち、後方から支援するような位置取りをしており、エルバートが鉈を振り回してマリアに迫っている。元々パーティーを組んでいたと言っていたので、この辺りの位置は暗黙の了解と言ったところでしょうか。

 メイドさんに押され、やっと私の所まで下がってきた赤崎先輩は戦いを見て興奮したのか顔が赤らんでおり、官能的な感じがする。


「あぁ、やっぱり血の噴き出る戦いって良いわよね。見ていて興奮するもの」


 私には分からない感覚だけど、本人の趣向の問題なので私が口を出す事はできない。だけど、メイドさん達は大変そうで、前に出ようとする赤崎先輩を一生懸命止めようとしている。

 マリアは流石に強制命令権インペリウムを使っただけあり、二対一の戦いなのに決して押されっぱなしと言う感じではない。

 エルバートの攻撃に対しても体格に似合わないぐらい大きなおろし金を使って攻撃を防ぎ、ヴァルハラの遠距離からの攻撃をスピードをもって回避している。

 油断をしていた訳ではないだろうが、エルバートはマリアのおろし金で肩の筋肉をそぎ落とされてしまった。肩から流れる血が腕を伝わり、地面へとポタポタと滴り落ちる。


「チッ! 油断したぜ。俺に傷を付けるなんて、ライカンスロープの癖になかなか良い腕してるじゃねぇか」


「アハハッ。それ知っているよ。やせ我慢って言うんだよね。僕には勝てないんだから早めに降参した方が良いよ」


 エルバートはその言葉が癇に障ったのか凄い形相でこちらを睨んできている。その視線の先は当然赤崎先輩だ。


「どうやら強制命令権インペリウムを使えという合図のようね。普通の戦いも良いけど、強制命令権インペリウムを使った状態も見てみたかったのよね」


 そう言うと赤崎先輩は緩んでいた顔を引き締め、集中し始める。赤崎先輩からピリピリした空気が私にも感じるほど流れ出て、緊張が最高潮に達した時、赤崎先輩は目を開いた。



「顕現せよ、エルバート!」



 エルバートの体がムクムクと大きくなっていき、体表の周りは鱗のような物で覆われて行く。一回りほど大きくなったエルバートは私の知る限り竜と言われる物の姿に変わっていた。

 ただでさえ大人と子供ほどの体格の差があったが、エルバートが一回り大きくなったせいで、大人と幼児と言う感じになっている。


「同じ亜人族として格の違いを見せてやる。なるべく苦しくないように殺してやるから安心しろ」


「アハハッ。体が大きくなったら強くなるってどんな考え? まずは僕のスピードに付いて来れないと攻撃なんて当てれないよ」


 そんな会話を見ていた私は決して目を離していなかった。目を離していなかったが、「ガキッ!」と音がするまでエルバートが動いた事に気付かなかった。

 エルバートは開いていた距離を一瞬にして詰め、マリアに向かって鉈を振り下ろしていたのだ。おろし金で防いだマリアだったけれど、おろし金の方が耐えられず、くの字に曲がってしまっている。


「攻撃が当てられ……なんだっけ? 早く自慢のスピードで逃げてみろよ」


 エルバートの強さは圧倒的だった。必死にスピードで振り切ろうとするマリアに難なくついて行き、鉈によって攻撃を加えて行く。

 大人が子供をせっかんしているみたいに見えるけど、そんな生易しい物ではなく、マリアの体にはどんどん傷が付いて行き、全身血だらけの状態になって行った。


「これよ、これ! こういう戦いが見たかったの。良いわ。良い、良い」


 赤崎先輩が再び興奮し始めた。メイドさんが赤崎先輩との間に入り、私から見えないようにしているが、隙間から見える赤崎先輩の表情は顔が赤らんでおり、とても私の知る赤崎先輩と同じ人物とは思えなかった。

 できるだけ見ないように、戦いだけを見ようとしているのだけど、どうしても気になって横目で見てしまう。赤崎先輩から洩れる吐息が空気に冷やされ、白くなって消えていく。


「俺を本気にさせただけでも誇りに思って死んで行け」


 エルバートがマリアの首を刎ね飛ばすと体中の血が一気に噴き出し、マリアの首からは間欠泉のように数メートルの高さまで血が噴出する。

 だけど、そんな状態も長くは続かず、マリアの体は光で覆われ、この世界から消えようとしている。


「まだ。まだよ! 早いわ。もう少し、もう少し我慢しなさい」


 すでに首を刎ね飛ばされてしまっているマリアは赤崎先輩の必死に願いも虚しく光の中に消えて行った。少し物足りないと言った感じの赤崎先輩だけど、その表情は十分満足しているように私には見えた。


「結局私の出番はなしか。相変わらず勝手な奴だな」


「久しぶりに本気を出したら止められなくなってな。今度はお前の分も残しておいてやるから怒るなよ」


 そんな話をする二人は元パーティーを組んでいたというだけあり友達のようだ。


「それにしても校舎がボロボロになってしまってるわね。どうせ使徒アパスル探しで針生さんも学校を休まなくてはいけなくなるから学校自体を休みにしましょう」


 そう言う赤崎先輩はどこかすっきりしているようだ。一応戦いの決着の付くところまで見れたのだから十分なのでしょう。

 ってそれよりも学校自体を休みにする? 私としては登校する気がなかったので嬉しいけど、そんなことして大丈夫なのでしょうか。


「大丈夫よ。学校の修理って事で休みにすれば何の問題もないわ。レガリア争奪戦が終われば再開させるし」


 赤崎先輩はメイドさんに命令をしてどうやら校長先生に連絡を取ってもらっているようだ。

 流石に最初は渋っていた校長先生だったけど、赤崎先輩の命令と言うのをメイドさんが伝えるとどうやら了承したようだった。


「さて、一人使徒アパスルを倒せた事だし今日はこれで帰りましょうか。一日に何度も戦闘って言うのも辛いだろうし」


 確かに赤崎先輩の言う通り、今日の所は一旦帰った方が良いかもしれない。連戦するよりは間を開けた方が体調も良くなるだろうし。

 その時、残っていた沖之島先生がこちらに向かって歩いてきた。使徒アパスルを失ってしまったと言うのに沖之島先生は薄気味悪い笑みを浮かべている。


「赤崎雅、お見事です。それで……先ほど話したように……」


 沖之島先生はどうやら自分の職の事を心配しているようだ。その気持ちは分からなくもないけど、今はタイミングが悪いような気がする。


「何? あなたまだいたの? 折角面白い戦いが見られて気持ちよく帰ろうとしているのに無粋な人ね」


 沖之島先生はメイドさん二人に両脇を抱えられ、どこかに連れて行かれてしまう。「助けて」とか「約束だけは」とか言っているようだけど、赤崎先輩はその声を全く聞こうとしていない。


「全く。これだから空気の読めない人は嫌いよ。そうだわ。針生さん、明日は午後からで良いから。また私の家に来てちょうだい」


 内心、肩の凝る食事をしなくて良いと思うとホッとした。私は去っていく車に手を振るとヴァルハラと一緒に家に帰って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る