間違いの四日目-2
朝、目が覚めて洗面所に行き、鏡で見た私の顔は酷い状態でとても誰かに魅せられるような顔じゃあなかった。お風呂に入らず寝たので髪の毛はぼさぼさで、顔には布団のしわの跡が付いていた。
この状態ではちょっと髪の毛を櫛でといだぐらいでは元に戻らないと思い、朝からお風呂に入る事にする。お風呂と言ってもシャワーを浴びるだけなのだけど。
スッキリした所でリビングに行くとヴァルハラがだらけた格好で椅子に座っていた。そう言えば昨日はヴァルハラの部屋を用意していなかったのだけど、ヴァルハラはどこで寝て居たのだろう。
「私は屋根の所で寝て居た。他の
敵を警戒するのは分かるけれど、何もそんな場所で寝なくても家の中で十分と思うのは私だけだろうか。冬の夜の屋外で寝るなんて私なら三十分も耐えられないと思う。
「寒さは多少我慢が必要だが、場所としてはそれほど悪い場所ではない。旅をしていた時は地面で寝るなんてざらだったからな」
そう言えばヴァルハラはエルバートとパーティーを組んでいたと言っていたがその時の話なのでしょうか。
「その時もそうだったし、その前もそうだった。アルテアの家を出てから私は根無し草だったからな。ベッドで寝ても落ち着かんのだよ」
慣れと言うのは恐ろしいものだ。私はベッドで寝た方が気持ちが良いし、疲れも取れるのでそんな風にはなりたくない。
そう言えばヴァルハラはエルバートと組んで何をしていたのでしょう。異世界と言えばやっぱり冒険者でしょうか。
「そんなような物だ。いろいろな国を廻ってそこにあるクエストを受けて生活をしていた。エルバートはあの性格だから時々、クエストを無視して行動をするから手を焼いたものだ」
どこか懐かしそうに話すヴァルハラの姿は少し愛おしい。本人もその時と同じ状況になる事はもうないのが分かっているのでしょう。
レガリア争奪戦に参加したと言う事は勝者はたった一人だ。ヴァルハラにしろエルバートにしろ二人が揃って異世界に戻ると言う事はない。
そんな話をしている私のスマホから音が聞こえた。この音はメッセージアプリにメッセージが入った音だ。もしかして紡が昨日の事を謝罪するメッセージが入っているのかと思ってみたが入っていたのは赤崎先輩からのメッセージだった。
「前に見た時も思ったが、今の携帯は結構大きいんだな。私が居た時は小さければ小さいほど良いって感じだったが」
ヴァルハラ――紡のお父さんが居た頃って十年ぐらい前だったかしら。確かその時は折り畳み式の携帯……今でいうガラケーが主流だったはず。
普段は近くにいるのだけど、いざと言う時、連絡を取れる手段はあった方が良い。ヴァルハラにもスマホを持ってもらった方が良いかもしれない。赤崎先輩の用事が終わったら携帯ショップに行ってみよう。
「それで? メッセージには何と?」
そうか、ヴァルハラにスマホを渡した方が良いか考えていて内容を話していなかった。内容は今日、赤崎先輩の家に来るようにと言う事だったので朝食を食べたら行こうと思う。
私は台所に行き、お味噌汁を作っている間にツナ缶を取り出してそれをご飯の上に乗せ、めんつゆを注いでいく。その上に海苔を乗せれば完成だ。朝食はこれぐらい簡単な方が良い。
朝食を食べ終わると早速家を出る。赤崎先輩の家は本町から少し離れた所にそびえたっており、行った事がなくとも調べなくとも場所は分かる。
私の家からは多少距離があるのだけど、朝食を食べたばかりなので、運動を兼ねて歩いて行く事にする。赤崎先輩の家の近くまで行くと周囲が白い壁で覆われている大きなお屋敷が見えた
話には聞いていたけれど、これほど大きな家だとは思わなかった。あまりの大きさに圧倒されかけたけど、気をしっかり持ち門の所まで歩いて行く。
門には守衛さんが立っており、壁沿いには無数のカメラが設置されていて無断で侵入しようとしてもとてもできるような感じはしなかった。
守衛さんに私の事を伝えると数分経ってやっと門の中に入れてもらえた。門からもお屋敷までは結構な距離があるのだが、丁寧に手入れされた庭を見ながら歩いていたら意外と早く着いた気がする。
「いらっしゃいませ、針生様。私は執事長をしております蒼海と申します。優唯様がお待ちですのでどうぞこちらへ」
お屋敷の入り口で出迎えてくれたのは昨日私が見たメイド姉妹ではなく、壮年の男性だった。柔和な笑顔はとても人がよさそうに思えた。紡もこんな感じで接してくれればもっと交友関係も広がるのに。
執事
「いえいえご謙遜を。優唯様の大切なお客様と伺っております。粗相があってはいけませんので不肖ながら私がお迎えに上がった次第です」
粗相だなんてとんでもない。どちらかと言えば私が粗相をしてしまって弁償とかにならないように気を付けなければいけない。
蒼海に続いてお屋敷の廊下を歩いて行く。ふかふかのカーペットは土足で大丈夫なのかと思えるほどだし、途中に飾ってある絵画や誰をモデルにしたか分からない銅像はとても高そうに見えた。
長い廊下を歩き、やっと着いた所は応接室だった。ここにも有名そうな画家の絵画や、高そうな壺なんかが置いてあり、この部屋にある物だけで私の家が建つのではと思えるほどだった。
モデルルームでも見た事のないような超が付くほど高級そうなソファーに座るように促され、緊張しながらも座ると、紅茶とお菓子が用意された。もう家と言うよりホテルのような対応だ。
緊張しながらも紅茶に口を付け、ふと隣のヴァルハラの方を見ると、ヴァルハラが浅く腰掛け足を組んで座っていた。意外と肝が据わっている。
「こんな所で緊張してどうする。何時もの通りリラックスして待っていれば良いんだ」
私は普段通りでもそんな態勢ではソファーに座らない。確かにリラックスしているようには見えるけど、逆に疲れてしまうような座り方に思える。
「それでは優唯様を読んでまいりますのでしばらくお待ちください」
ヴァルハラに何と言われようとも全く寛げない。豪華すぎる場所は私には合わないようで、紡の家の居間のこたつが懐かしい。あれぐらいが私にはちょうど良いのだ。
「お待たせしたわね。あまりリラックスしていないようだけど大丈夫かしら? もしメイドや執事に何かあったら言ってちょうだい。すぐに粛正するわ」
赤崎先輩が部屋に入るなり物騒な事を言ってきた。ここまでの待遇を受けて不満なんてないし、私の余計な一言で人一人の人生が変わってしまうなんて何も言えなくなってしまう。
私の横を通り抜けた赤崎先輩はとても高校生とは思えないような良い香りがする。多分、目も飛び出るほど良い香水を着けているのでしょう。
赤崎先輩がソファーに座ると、里緒菜さんだか玲緒菜さんだか分からないがメイド姉妹の一人が紅茶を淹れて赤崎先輩の前に差し出す。他の人は二人の区別がつくのかもしれないけど、私は区別がつかないので名札とかしてもらえると助かる。
赤崎先輩の横にはヴァルハラと同じような態勢でソファーに座るエルバートが居て、ヴァルハラをじっと睨んでいる。何か対抗しているみたいだ。
「それで、今日来てもらったのは他でもないわ。一緒に他の
心当たりがあり過ぎて困る。ここで紡の事を出して良いのでしょうか? でも、紡の事を話してしまうと何か紡を売ってしまうような感じがして嫌だな。
そうだ。確か紡は釼と同盟を組んだと言っていたはず。釼の事ならいくら話した所で罪悪感の欠片も沸かないので、私は赤崎先輩に釼の事を伝えた。
「だれ? その人? 私は知らないわ」
「優唯様、釼 鉄哉は優唯様の一つ上の月星高校の卒業生です。今は定職にも就かず、ぶらぶらしているようです」
メイドさんの片方が赤崎先輩に情報を伝える。私も卒業してからの釼の事は知らなかったのだけど、やっぱり職には就いていなかったんだ。なんだかそんなような気がしていた。
「そんな奴が居たのね。知らなかったわ。それで? その釼って人の居場所は分かるの?」
「申し訳ございません。その物の居場所は把握しておりません」
土下座でもするんじゃないだろうかと言う勢いで頭を下げるメイドさんだけど、私には名前が分からない。
「そう、すぐに探させなさい。何人使っても良いから必ず居場所を割り出すのよ」
赤崎先輩がそう言うとメイドさんは「分かりました」と言って頭を上げて部屋を出て行った。もしかして他のメイドさんを使って探すのでしょうか? あのメイド服のまま何人ものメイドさんが街で探し物をしているのを想像するとちょっと怖い。
「折角、針生さんが情報をくれたのに使えない使用人で申し訳ないわね。でも、すぐに見つかると思うから待ってもらえるかしら?」
申し訳ないなんてとんでもない。メイドさんたちは良くしてくれてるし十分だと思う。しかも、これから街で釼を探すならなおさらだ。
「一人でも情報があった事は幸運だったわ。それじゃあ食事をしてから他の
えっ!? 昼食をここで摂るんですか? 道理で午前中からと早い時間だなって思ったのだけど、それが理由だったんだ。
こんな普段着で大丈夫なのかと自分の格好を見返していると、
「普段着でも大丈夫よ。公式な食事会じゃないしね。気楽な感じで料理を楽しんでくれればいいわ」
公式な食事会なんてあるんだ。赤崎先輩が立ち上がって部屋を出て行くとメイドさんの一人とエルバートが後に続いた。
「針生様もどうぞこちらへ」
メイドさんに促され、私たちも部屋を後にするのだが、本当にこのメイドさんは里緒菜さんなのか玲緒菜さんなのか区別がつかない。
ダイニングルームには長い机があり、銀の燭台や食器、グラスが並んでいる。どう考えても普段着の私は場違いな気がする。ちなみにエルバートとヴァルハラも格好としては場違いな格好だが本人たちはまったく気にした様子はない。実に羨ましい。
席に着いた私のグラスにワインが注がれた。そう言う物なのかもしれないが、私は未成年なのでアルコールは飲めない。
「大丈夫よ。ワインじゃなく葡萄ジュースよ。安心して飲んでちょうだい」
少しはしたないのだが、グラスの中の香り嗅ぐと確かにアルコールの香りはしない。一口口に含むと私が普段飲む葡萄ジュースとは明らかに違う葡萄ジュースだった。
それからオードブルが運ばれてきて、スープ、ポワソンと続いていく。フランス料理のフルコースをお昼から食べるのは初めてだ。流石赤崎先輩、普段からこんな食事をしているのでしょうか。
「いいえ、今日は針生さんをお客様として迎えているからこの料理だけど、普段は普通の家庭と変わらないものを食べているわよ」
赤崎先輩の言っている普通の家庭とはどれぐらいのレベルの家庭の事でしょうか。少なくとも私のような家庭でない事だけは確かだ。。
最後にコーヒーと小菓子が運ばれてきて昼食は終了した。こんな緊張する昼食は初めてだった。お腹は膨れているし、料理も美味しかったのだが、どうしても食べた気がしない。できれば今から焼き芋とか食べられるのならそうしたい。
「あまりお口に合わなかったかしら? エルバートはこういう料理に必ず文句をつけるのだけど」
「量が少ないんだよ。俺は味なんて大して分からんから量を持ってこいよ量を!」
私はこそまでは言わないし、口に合わなかった訳でもないけど気楽に食事がしたい。それが正直な感想だ。
「フフフッ。やっぱり針生さんは面白いわね。そう言う事はなかなか言えないものよ」
それはここで食事をする人と言うのは多少なりとも赤崎先輩に良い印象を残したいと思っているからでしょう。
食事も終わり、一息ついた所で赤崎先輩がメイドさんの一人を呼び、出かける準備をするようにと命令するとダイニングルームの外が急に慌ただしくなったような気がする。
「ちょっと失礼するわね」
と言って赤崎先輩が出て行ってしまったので、私たちはまた応接室に戻り、赤崎先輩の準備が終わるのを待つ。
紺色のパーカーに白いデザイナーパンツと言った格好で赤崎先輩が部屋に入ってきた。外に出ると言う事でドレスなんかを着て来られたらどうしようかと思ったのだけど、普通の格好で安心した。
「私だって普段からドレスを着ている訳ではないわ。こういうラフな格好の方が都合のいい時もあるしね」
確かに。持っている服がドレスばかりだとちょっと出かける時でも大変だ。でも、こういうラフな格好の赤崎先輩も似合っていて良いかもしれない。
「お褒め頂いて嬉しいわ。じゃあ、行きましょう」
赤崎先輩が部屋を出て行くので私も続いていく。
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