驚きの三日目-5
紡の家に着くとヴァルハラは私の治療をしてくれた。外傷はないけど、腹痛で気分が悪かったのだ。ヴァルハラが私のお腹に手をかざすと不思議と痛みは引いて行った。
「治癒魔法と言う奴だ。あの程度の攻撃の痛みなら問題なく治せる」
それなら途中で私を下ろして治療してから戻ってくれば長い時間、苦しまなくて良かったのではないでしょうか?
ヴァルハラは私から顔を背けている。どうやら途中で降ろして治療すると言う考えは浮かんでなかったようだ。まあ、治療してくれた事だし不問にしましょう。
動いて汗をかいたので私は着替えを取りに部屋に行くついでに紡の部屋を覗いたけど、紡はいなかった。お昼を過ぎたのにまだ買い物をしているのでしょうか。
お風呂に入り、汗を流して居間に戻っても紡が帰って来ていない。早く報告したいのに一体、何時間買い物をしているのか。
「女性の買い物と言うのは時間が掛かるからな。それに買い物後に食事でもしてくるんだろう」
何やら経験者は語ると言った感じのヴァルハラだ。転生する前にかなちゃんに買い物で相当苦労させられたのでしょうか。
紡たちが食事をしてくるのなら私たちも食事にしようと思う。お昼を過ぎて夕方になりかけている中途半端な時間だけど、お腹が空いているので仕方がない。
ヴァルハラに何が食べたいか聞くと「オムライス」と言う答えが返って来た。ピーマンが嫌いとかオムライスを食べたいとか意外と舌がお子ちゃまなヴァルハラの要望に応えるとしましょう。
ボウルに卵を割り入れ、泡立て器でしっかりと溶きほぐし塩、胡椒を加える。卵液をザルで漉して卵液のキメを細かくし、バターを入れたフライパンに流し込む。
ゴムベラで混ぜながら、半熟状になるまで火を通し、炊飯器で調味料と一緒にベーコンとトマトケチャップ、オイスターソースで味付けした炊き込み式のケチャップライス乗せて、手前から包み込むように丸めて行く。お皿を近づけてフライパンを返し、お皿に移せば完成だ。
オムライスを居間に持って行き、二人で食べる事にする。ヴァルハラがまた一人で食事をしようとしたので今回は引き留めた。毎回、食事のたびにどこかに行かれてしまうのはそれで気分の悪いものだ。
「こんな仮面を着けた人間と一緒に食事をするのが趣味なのか?」
何と言おうと今回は一緒に食事をする。私の意思が伝わったのか、ヴァルハラは上げかけた腰を下ろし、「いただきます」をして食事を始めた。
どうやって食事をするのか見ているとヴァルハラはいたって普通にスプーンを口に運ぶと仮面の中に消えて行った。仮面には口の所に開いている所はないので手品を見ているみたいに仮面にスプーンが埋まっている。
「不思議だろ? 私も理屈は良く分からないが、食事とか飲み物とかは普通に食べたり飲んだり出来るのだ」
確かに不思議だ。ヴァルハラが一人で食事をしようとするのも分かる気がする。と言うか何故ヴァルハラはそんな仮面をしているのでしょう。食事の時ぐらい外せばいいのに。
「この仮面は『懲罰の仮面』と言って私が異世界に戻るまで外す事ができないのだ」
仮面の名前だけでヴァルハラは異世界でやんちゃをしたのだろうと想像がつく。あまり詳しい事は本人のために聞かない事にしておきましょう。それに食事の時にずっとヴァルハラを見ている訳ではないので慣れればヴァルハラの食事方法もなれるでしょう。
食事も終わり、食器を片付けても紡はまだ帰ってこない。仕方がないのでヴァルハラにエルバートの事を聞く事にする。何やらパーティーを組んでいたと言っていたみたいだけど、どういう事のなのでしょう。
「そんな面白い話でもない。私がアルテアの所から出て世界を廻っている最中に出会ってパーティーを組んだまでだ。腐れ縁って奴だな」
その話は少し興味があった。ヴァルハラが異世界で何をしていたのか。エルバートと一緒に何をしていたのか。そして種族の代表としてどうしてレガリア争奪戦に参加する事になったのか。いろいろ聞きたかったけど、ヴァルハラの方が話を変えてきた。
「そう言えば紡に何も言わずに同盟を組んだようだが大丈夫なのか?」
うーん。勝手に同盟をしちゃったのは悪かったかなって思うけど、赤崎先輩なら紡も全く知らないと言う訳じゃないだろうし、大丈夫だと思う。多分。
少し軽率だったかなと思っていた時、紡たちが帰ってきた。アルテアは朝着ていた袴姿ではなくTシャツにスキニージーンズとかなりラフな格好になっていた。いつの間に着替えたのでしょう。
「一度家に戻って来たのです。その時に着替えをしましたが似合ってないでしょうか?」
いいえ、十分似合っている。同じ女性としてもアルテアのスタイルでこっちの世界の格好をした姿は惚れてしまいそうになる。
それにしても紡たちは一度家に帰って来ていたんだ。どうやら私たちと入れ違いになっていたようで、もう少しタイミングがずれていたらこんなに待つ事はなかったのにとタイミングの悪さを恨む。
「針生たちも帰って来ていたんだ。良かった。話したい事があるんだ」
紡が話したい事? 何でしょう?
「
えっ!? 紡たちも? そうなると私たちは四人が同盟を組んだ事になるのでこの戦いかなり有利になるのではないでしょうか。
「針生も赤崎先輩と同盟を組んだんだ。それは凄いな。赤崎先輩何て見た事はあるけど話した事なんて僕はないのに」
私も何度か挨拶をした程度でちゃんと話したのは今回が初めてだったけど、意外と――と言っては悪いけど話しやすい人だった。
「じゃあ、赤崎先輩の
私はヴァルハラとエルバートが昔、パーティーを組んでいたのを言っても良いのかヴァルハラに確認するとヴァルハラは無言で頷いた。どうやら話しても問題ないようだ。
エルバートは見た目、体格の良い男性と言った感じで、種族としての特徴的な物は見られなかった。
「そっか。でも一緒に戦っていく訳だからエルバートの種族もそのうち分かるだろう」
そう言う事。今、相手の不信感を得てまで種族を割り出す必要はない。私の同盟相手は話したので次は紡の番だ。紡は一体、誰と同盟を組んできたのでしょうか。
「僕が同盟を組んできたのは釼って人だよ。僕より二つだったか年上の人だ」
私は「釼」と言う名前を聞いて固まってしまった。私の知っている釼と言う人物は私が高校に入学した時に告白をしてきて即座に振った相手だ。
そもそも私に告白してきた時も上から目線で告白してきて気に入らなかったのだけど、その後に聞いた悪い噂は更に私を不愉快にさせた。何やら同じような人たちと組んで怪しい薬をやっているだとか、女性を物のように扱っているだとか人間として最低の部類に入るような奴だ。
もし、紡が私の知っている釼と組んだのなら同盟を止めさせなければいけない。
「うーん。そんな人のようには見えなかったけどな。何か針生の知っている釼って人の特徴はないの?」
私の知っている釼の特徴か。下衆な人間と言うのが一番の特徴だけどそれだと伝わらない気がする。なので、私が知っている釼の身長だったり、体型、話し方なんかを伝えていく。
「針生の話を聞く感じだと同一人物の感じがするな。でも、それって針生が気に入らないってだけで本当は良い人なのかもしれないよ」
そんな訳はないのだが、それを紡に上手く伝えられない。上手く話ができない事に私は段々とイライラしてくるのを感じる。
「一度針生もフラットな状態で話してみたら? 実は良い人って分かるかもしれないよ」
どこの世界に薬だとか女性を物みたいに扱う人間が良い人と言う事があるのか小一時間ほど問い詰めたい。
紡だって釼と会ったのは今日が初めてで何も分かってないのに。なんで私だけフラットな状態で話さなければいけないのか。苛立たしい気持ちで一杯になり私は握り込んだ手から汗が出ているのが分かった。
「分かった。その入学当時の事は僕も一緒に謝ってあげるから」
その一言に私はキレた。イライラが危険水域を超え溢れだしたのだ。私はこたつを叩いて立ち上がる。もう限界。もう無理。紡の考えが変わらないなら私と紡の同盟を破棄するしかない。
「ヴァルハラ! 帰るわよ!!」
私に紡が何か話しかけてきているようだが、もう私には届かない。私は居間のドアを乱暴に閉じると紡の家から出て家に向かって歩き始めた。
「良いのか? せっかくの同盟を破棄してしまって」
良いに決まっている。こんな状態で同盟を組んでいたとしても上手く行く訳がない。一度だけ紡の家を振り向くが紡が家から出てくる様子はない。向こうがその気ならこっちだって意地がある。私は夜の帳が下りる中、自然に出て来た涙を拭って家に戻って行った。
家に着くと私はヴァルハラに食事は勝手に作って食べってと言い残し、自分の部屋に籠った。目に付いた枕や服を手当たり次第に放り投げ、ベッドに飛び込み顔を埋める。
「紡のばかぁぁぁぁ!! 紡なんてパンツに埋められて死んじゃえぇぇぇぇぇ!!」
大きな声を出して少しスッキリした。ベッドに顔を押し付けていたからヴァルハラにも聞かれなかったでしょう。
それにしても紡の馬鹿さには呆れて物も言えない。どうして釼の本質が見抜けないのでしょうか。もう良い。勝手にすればいいんだわ。男同士くんずほぐれつやってればいいのよ。
大声を出してスッキリしたおかげか急に眠気が襲ってきた。そう言えば今日は里緒菜さんと試合をしたのだった。予想以上に神経をすり減らして戦った結果、疲労感がいつもよりが大きい。
お風呂に入らずに寝るなんてあんまりした事がないけど、体を動かす気にもなれず、そのまま眠りについてしまった。
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