驚きの三日目-4


「赤崎先輩は憑代ハウンターなんですか? 私たちの事が分かった上でこの部屋に通したんですよね?」


 直球で聞いてみた。下手な腹の探り合いは私にとって不利になると思ったからだ。赤崎先輩は私の質問が面白かったのか微笑を浮かべている。


「針生さんは素直な人ね。でも、こういう事は外堀から徐々に埋めて行った方が安全よ」


 少し焦り過ぎてしまった。もっと慎重に行った方がよかったかもしれないけれど今更発言は取り消せない。


「でも、そう言うストレートな物言いは好感が持てるわ。いいえ、好きと言っても良いわね」


 赤崎先輩の周りの人間を考えると私のようにストレートに言う人間は少ないのかもしれない。学校でも赤崎先輩は特別クラスで授業を受けていたし、話しかけてくる大人はビジネスが目的なのでしょうから。

 嘘と本音、よいしょとお世辞。そんな世界で赤崎先輩は生きているのでしょう。


「針生さんの予想通り私は憑代ハウンターで、そこにいる男が使徒アパスルのエルバートよ。あなたから右に私専属のメイドの里緒菜と左に玲緒菜よ」


 赤崎先輩は私の思った通り憑代ハウンターだった。そして丁寧にもメイドさんの名前まで教えてくれた。紹介されたメイドさんは丁寧に腰を折ってお辞儀をしてくるが、エルバートは腕を組んでヴァルハラと睨み合ったままだ。

 私はメイドさんのお辞儀につられて思わず頭を下げてしまったが、そんな私の様子を見て赤崎先輩は口に手を当てて笑いを抑えているようだ。


「それで? 針生さんはわざわざこんな所まで来てどうするつもり? 今から戦う?」


 赤崎先輩が本当に信頼できるのなら同盟を組んで一緒に戦った方が良い。でも、そうじゃないなら場所を変えてと言うのも考えなければいけない。

 だけど何をすれば、何をして貰えば赤崎先輩が信頼できると判断できるのでしょう。その判断基準が私には分からない。私が悩んでいるとエルバートが会話に入ってきた。


「俺もそろそろ話して良いか? 目の前の男に聞きたい事があるんだ」


「エルバート! 優唯様がまだ会話しているのが分からないのですか! お客様も居るのに失礼です!」


 左にいる人なので玲緒菜さんと言うメイドさんだったかな。玲緒菜さんはエルバートが私――と言うより赤崎先輩の会話を遮って来たのが気に入らないようだ。エルバートを見る顔が少し怖い。

 私としてはヴァルハラたちからの会話からも得る物が有るかもしれないので話してもらって大丈夫なのだけど。


「玲緒菜、針生さんの前よ控えなさい。エルバート、針生さんも興味がありそうだから話しても大丈夫よ」


 玲緒菜さんはすぐに表情を戻して赤崎先輩の後ろに戻って行った。赤崎先輩の命令には絶対服従と言った感じで良くできたメイドさんだと思う。


「お前、ユーゴだろ? 仮面をしていても分かるぞ」


 確か優吾って紡のお父さんの名前だ。かなちゃんがそう言っていたので間違いない。エルバートはヴァルハラと知り合い……なんでしょうか。


「仮面を着けていても分かるか? 腐っても元パーティーの仲間だな」


 元パーティー? 仲間? ヴァルハラたちが居た世界の話でしょうか? そう言えばヴァルハラって転生してから何をやっていたのか聞いていない。


「わからいでか。何年パーティーを組んでいたと思うんだ。お前の魔力など忘れる訳がないだろ」


「フッ、エルバートもレガリア争奪戦に参加しているとはな。シルヴィアもこちらに来ていれば面白かったのだがな」


「いや、あいつは来ないだろ。来る理由もないしな」


 なんだか同窓会で久しぶりに旧友と出会った時のような会話だ。でも、ヴァルハラとエルバートが知り合いなのは良かった気がする。赤崎先輩だけじゃなく、エルバートも信頼できる相手なのかどうか知れるからだ。会話を聞いている限り信頼できるような気がするけど。


「あぁ、性格的には問題はあるが、信用しても大丈夫だ。それに実力は折り紙付きだしな」


 性格に問題があるのは嫌だけど、私の使徒アパスルって訳じゃないしそこは目を瞑る事にしましょう。ヴァルハラのお墨付きがあるのなら同盟の話を赤崎先輩にしても良いかもしれない。

 それに元仲間って事はヴァルハラとエルバートが組めば連携した攻撃も期待できる。それだけでも他の使徒アパスルたちより組むメリットがある。

 お互いに胸ぐらを掴んで睨み合う二人を放置し、私は椅子から立ち上がり、赤崎先輩の方に歩みを進める。後数歩と言った所でメイド姉妹が私の前にきて赤崎先輩に近寄らせないように道を塞いだ。


「これ以上はお控えください。私たちも手荒な事をしたくはありません」


 恭しく頭を下げているが、決して警戒を解いている訳ではないと思う。いくら同じ人間だと言っても暴漢を組み伏せるほどの実力があるメイドさんに私が勝てる道理はない。


「あなたたちは下がりなさい。針生さんの話を聞きましょう」


 赤崎先輩の命令にメイド姉妹がさっと下がると赤崎先輩の後ろに付く。私は机の前まで歩を進めると赤崎先輩に手を差し出す。


「赤崎先輩。良かったら同盟を組みませんか?」


 しっかりと赤崎先輩の目を見て同盟を申し込んだが、赤崎先輩はすぐには私の手を握る事はなかった。


「どうしようかしら。私が針生さんと組むメリットは? 私が針生さんを同盟相手と認められるほど信頼はどこにあるのかしら?」


 思わず黙り込んでしまった。私は私が赤崎先輩を信頼できるかどうか判断していたが、赤崎先輩が私を信頼できるかどうか考えていなかったからだ。

 私はヴァルハラの態度を見て信頼できると判断したが、赤崎先輩はエルバートの態度を見た所で自分が信用できないのなら同盟は結んでくれないのでしょう。

 それならどうするか。仮に私の住んでいる家を売ってお金に換え、同盟を組んでくれるのならそうする事もやぶさかではないのだけれど、赤崎先輩は紛れもなく赤崎財閥の人間だ。私の家を売った所で得られるお金など、はした金にも満たないはずだ。

 だとすれば私の体をかけるしかない。私の体で赤崎先輩の信用を勝ち取るしかない。私はメイドさんと戦う事で私の事を信用してもらおうと赤崎先輩に提案する。


「面白そうね。でも、大丈夫かしら? この二人は針生さんより強いと思うのだけど?」


 私の事を心配しているような笑みじゃない。明らかに楽しんでいるような笑みだ。メイド姉妹が強いのも知っている。でも、今の私には体を張って信用を得るしかないのだ。


「そう、それなら……里緒菜あなたが相手をしなさい。場所は武道場にしましょう。あそこなら暴れても問題ないでしょう」


 相手は里緒菜さんか。確か右側にいるメイドさんがそうだったはず。どちらも同じ顔に同じ体型なのでどちらでも構わないけど。


「優唯様。現在、武道場は授業で使用されています。どういたしましょうか?」


 左の里緒菜さんが赤崎先輩にそう伝える。そうか、平日だから普通に授業をやっているのか。それなら授業が終わるまで待つしかない。と思った私は甘かった。


「校長に連絡を取りなさい。今日の授業はここまでよ。先生、生徒、全員を帰宅させなさい」


 そこまでしなくても。ただ授業の内容を変えたりすれば良いと思うのだけど、赤崎先輩はそれでは満足しないのでしょう。


「まだ学校に他の使徒アパスルが居て邪魔されたら困るでしょ? それなら全員帰宅させた方が安心できるわ」


 一理あると思ってしまった。もしかして、私が学校にいる時も何度か急に帰宅させられたのは赤崎先輩が帰れと命令したのではないでしょうか。


「そうよ。私の気分で全員帰ってもらった事はあったわ。それにしてもその格好で戦うのはちょっと無理そうね。全員帰宅するまで時間があるから柔道着にでも着替えなさい」


 私服なので動きにくいと言えば動きにくいが私は柔道着など持って来ていない。と思っていると「どうぞ」と言う声が掛かり、メイドさんから柔道着が渡された。里緒菜さんはいろいろ何かやっているので、持って来てくれたのは玲緒菜さんか。分かりにくい。

 用意された理事長専用の着替えスペースで柔道着に着替え、武道場に行くと私以外の全員が揃っていた。赤崎先輩は柔道場に椅子と机を持ち込んで優雅に紅茶を嗜んている。


「やっと来たわね。学校には誰も居なくなったようだからそろそろ始めましょうか。注意点としては武器と殺す事は禁止で後は何をしても良いわ」


 嬉しくもない注意点です。私に里緒菜さんを殺す実力がないのは分かっていると思うので、里緒菜さん用の注意点と思った方が良いでしょう。


「まあ、そうなるわね。針生さんを殺すと針生さんの使徒アパスルが暴れかねないしね」


 確かに。私が殺されそうになったらヴァルハラだって黙っていないでしょう。私の代わりの憑代ハウンターを探すのは難しいと言っていたし。

 武器、殺しなしとなった所で私が勝てる未来は見えない。けど、赤崎先輩の信用を得るにはやらなければならない。

 柔道着に着替えている私だが、里緒菜さんはメイド服のままだ。それだと動きにくいと思うのだけど、ハンデをくれているのでしょうか?


「いいえ。ハンデでも侮っている訳でもありません。私たちはこの服装が標準なので一番動きやすい服装を選んでいるだけです」


 どんな時もメイド服は脱がないなんてメイドの鏡ですね。私は帯を締め直し気合を入れる。思いの外、冬の畳は冷たいのだ。


「じゃあ、始めてちょうだい」


 気合の欠片もない言い方で試合が開始された。相手はバトルメイド。守っていても勝てる気はしないので、ともかく突っ込んでいく。

 私の攻撃を軽々と躱す里緒菜さん。実力の差は今の攻防だけでも十分に分かる。多分、私は里緒菜さんの体に掠る事なくやられてしまうでしょう。

 でも、それは私が単純に攻撃をした時の話。私には『ギフト』がある。魔法を使わない里緒菜さん相手では私の『ギフト』は何の意味もないが、もし、赤崎先輩も『ギフト』を貰っているならチャンスはある。

 里緒菜さんの攻撃に腕を伸ばし、掌ぐらいの大きさの『ギフト』を発動する。里緒菜さんは私の予想通り『ギフト』を見ると触れることなくジャンプして後退した。


「それは優唯様も使っておられた『ギフト』と言う物でしょうか? それなら迂闊には近寄れませんね」


 私の魔力障壁は触った所で何も起こらないのだけど、それを知らない里緒菜さんは警戒してくれるようだ。それなら『ギフト』を囮に使いながら攻撃ができる。

 畳を足の指で掴んでダッシュで里緒菜さんに近寄る。『ギフト』を警戒している里緒菜さんは一定の距離を取りながら私の攻撃を躱していくが、私はここがチャンスだと思い執拗に追って行く。

 どこか私の中で里緒菜さんは攻撃してこないだろうと油断があったのは間違いない。拳が空を切ったタイミングを見計らって里緒菜の蹴りが私の腹部に突き刺さる。

 腹痛なんて生易しい物ではない。激痛、激腹痛だ。私は両膝を畳の上に着けると胃の中に入っていた物を吐き出した。女性としてこんな姿を何人も見ている前で晒してしまうのは恥ずかしいの一言に尽きるけど、私の意思に関係なく出て来てしまったので止められなかった。

 私の吐瀉物を避け、横から里緒菜さんが攻撃してくるのが目の端に映るが私には避ける力が残っていない。顔を傷つけられるのは嫌だななんてことを考えていた時、


「そこまでよ」


 私の頬に当たる寸前で赤崎先輩から待ての声が掛かった。そんな大きな声ではないけど、里緒菜さんは忠実に赤崎先輩の声を聴き、私の頬に擦れるか触れないかの所で拳が止まっている。

 負けた。完敗だ。結局私の攻撃は一度も里緒菜さんには当たらず、逆に私は里緒菜さんの一撃で倒されてしまった。ヴァルハラには申し訳ないけど、エルバートとは戦ってもらうしかない。

 悔しいのとお腹が痛いので私の目からは涙が零れている。


「合格よ。同盟を結びましょう。針生さん」


 やはり吐瀉物を避けて近くまで来た赤崎先輩がそんな事を言ってきた。合格? どこが? 私は負けたのだ。


「そう、針生さんは負けたわ。けど、同盟を結ぶ条件に里緒菜に勝て何て私は一度も言ってないわ。最初から針生さんが負けるのは分かっていたもの。私が見たかったのはどこまで里緒菜相手に戦えるかって所よ」


 そうだったんだ。私はてっきり里緒菜さんに勝てないと同盟は結んでくれないと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。赤崎先輩は私の方に手を伸ばして来る。


「手を握りなさい。立てるかしら?」


 正直、今立つのは厳しいけど、手を取らないのはもっと有り得ない。私が赤崎先輩の手を握って立ち上がると赤崎先輩は握手をするような形に握り直した。


「これからよろしくね。綾那。今日は一旦帰りなさい。明日から今後どうするか話をしましょう」


 今までのようにどこか見下したような感じの笑みでなく、友達に向けるような笑顔で私に笑いかける赤崎先輩はどこか生き生きしたような感じがする。


「針生様、先ほどは申し訳ありませんでした。戦いでしたので何程ご容赦を」


 里緒菜さんが私に頭を下げてくる。私も戦っていたのは分かっているのでそんな謝らないで欲しい。


「玲緒菜、あなた手が空いているでしょ? 武道場を清掃しておきなさい」


 あっ、いや、それは私が……。だって私の吐いた物を片付けてもらうなんて恥ずかしいし。


「針生様は休んでいてください。優唯様の命令は絶対ですので」


 そう言うと玲緒菜さんは掃除道具を持って来て私の吐瀉物を片付け始めた。何だろう? 戦いに負けた事よりも屈辱感が一杯な感覚は。


「じゃあ、家に戻るか。行くぞ」


 そう言うとヴァルハラは三度私をお姫様抱っこする。まだ赤崎先輩たちも居るのに恥ずかしい。もしかして皆して私の心を弄んでいるんじゃないのかとさえ思えてくる。


「馬鹿な事を。しっかり捕まってろ」


 そう言うとヴァルハラは武道場を出て再びすごいスピードで走り、私をお姫様抱っこしたまま家に向かって行った。


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