驚きの三日目-3


 私が荷物の片づけを終えて居間に戻ると、ヴァルハラしかいなかった。かなちゃんはお風呂に行っているらしい。最初、「奏海さん」と呼んでいたのだが、「かなちゃん」と呼んでと言われたのでそう呼ぶことにしている。かなちゃんは夜のお仕事をしているので普通の人と生活リズムがずれているらしい。

 かなちゃんは良いとして問題は紡だ。ちなみに紡も勝手に下の名前で呼び始めたのだけど本人は気付いているのでしょうか? 気付いていて何も言ってこない? まあ、何か機会があれば聞いてみましょう。

 それよりも私が気に入らないのは私が荷物の片づけをしている間に出かけてしまった事だ。片付けで思い出したが、キャリーバッグの中身をわざとではないと言え、ぶちまけられ、勝負下着を見られたのは私が死ぬ間際に人生最大の汚点は何かと考えた時、必ず最初に出てくるほど失態だった。

 ヴァルハラにどこに行ったのか聞くとアルテアの服を買いに本町の方に行ったらしい。私は月星高校に私たち以外に憑代ハウンターが居ないか調査しようと思っていたので、途中まで一緒に行けたのにと悔しくなる。


「私たちは学校に行くのか? 私服で行くと怪しまれるのではないか?」


 昼間は山道の入り口に守衛さんが居るので、普通に学校に行ってしまうと守衛さんに止められてしまうし、守衛さんから先生に連絡が行ってしまう。なので、私は山道の入り口から少し離れた所で見張っていようと思う。

 ヴァルハラが使徒アパスルを認識できる範囲と言うのはどれぐらいなのでしょうか? それによってどこで網を張るのか変わって来てしまうのだけれど。


「実際試したわけではないので確実な事は言えないが集中すれば百メートルぐらいは行けるな。通常の状態だと三十メートルぐらいなのかもしれない」


 ずっと集中している訳にはいかないので入り口から三十メートル……、ブレ幅を考えて二十メートルぐらい離れた位置で通った人をチェックした方が良いかもしれない。


 もう登校の時間は終わっているので狙いは下校時間と言う事になるが遅刻してくる人や早退する人も居るので今から行って少しでも見逃すのを回避しておきたい。


「良し。ならそろそろ行くか。それで? 学校まではどうやって行くつもりだ?」


 どうやってって言われてもここから学校までは歩くと一時間以上かかるんじゃないかしら? だとすればタクシーを呼んで乗って行くのが一番速いと思われる。


「まあ、そうなるだろうな。だが、それだとタクシーを呼ぶ時間もかかるしお金も勿体ない。私が連れて行ってやろう」


 流石、紡のお父さんだ。そういう所の感覚は以前、この世界に住んでいたからでしょう。でも、タクシー以外でどうやって学校に行くのでしょうか。

 ヴァルハラが立ち上がり、庭に出たので私も続いて庭に出る。相変わらずこの時期の風は冷たく、頬に刺さる感じがするが、その時、私の体が宙に浮いた。

 何かと思って見回すとヴァルハラが私の後ろに付き、抱きかかえたのだ。所謂、お姫様抱っこと言われるものだ。私の初お姫様だっこが紡のお父さんだなんてこんな事があって良いのでしょうか。

 顔を見ないようにしてもヴァルハラの手や体から温もりは感じるので、どうしても恥ずかしくなってしまう。しかも、この状態で行くと言う事は他の人にも見られてしまうと言う事になってしまう。

 それを考えると、もう、恥ずかしさに耐えきれなくなり、降ろしてもらおうと声を掛けようとしたんだけど、遅かったみたいだ。


「じゃあ、行くぞ。しっかり捕まっていろよ」


 ヴァルハラが走り出すと恥ずかしさなど一気に消し飛んでしまった。物凄いスピードで走り出したヴァルハラはしっかり捕まっていないと本当に振り落とされてしまいそうで恥ずかしさなど考えず、力強く抱き着いてしまった。

 移動中、風圧に耐えながらも目を開けると、タクシーなど比較にならないほど街の風景が流れて行っている。これなら誰かに見られてとしても私だと言う事はバレないと思った。

 物の数分で山道の入り口が見える所に着いてしまった。タクシーではこれほどの早さでは着かなかったでしょうし、私の知る中でこれほど早く着く方法は思いつかない。

 紡のお父さんって事は元はと言えば私たちと同じ人間のはずなのに、どうしてこれほどまでの速さで移動する事ができるのでしょう。


「実を言うと私にもよくわからんのだ。異世界に転生した時、能力が付加されたのか、元々あった能力が開花したのか分からないが、こっちの世界で生きていた時とは別物と思えるほどの身体能力が付いていたのだ」


 こっちの世界から自分の意思で異世界に行けるようになれば凄いのにと思ったのだけど自分の意思では異世界に行けないんでしょうね。


「多分無理だろうな。私も今の状態で自力で異世界に行けと言われても行く方法は思いつかない。唯一思いつくのはレガリアをすべて集めた時だけだ」


 そうだと思ったわ。誰でも簡単に異世界に行けて尚且つ身体能力が向上するなら喜んでいくでしょう。この世界が今、そうなっていないって事はそう言う事なんでしょう。

 場所を少しだけ移動し、守衛さんから死角になるような場所で人の出入りを待つ。この時期、外で何もせずに立っているだけだとかなり寒い。私はコートを着ているのでまだ大丈夫だけど、明らかに薄着のヴァルハラは見ている私が寒くなってくる。


 確か学校の近くには安売りのデパートみたいな所があったはず。ヴァルハラには見張って置いて貰って私は急いで安売りのお店に行く。

 食料品、生活雑貨、電化製品といろいろな物を安売りしているので、男性物の上着も売っているはず。お店の三階に上がり、男性物が売っているフロアに着く。色は黒を選んでおけば間違いないでしょう。身長は紡より少し高いぐらいだからLサイズかな。

 なるべくシンプルなデザインのコートを購入するとヴァルハラの所に急いで戻る。ヴァルハラにプレゼントする分には何とも思わないけど、紡のお父さんと思うと少し違った感じがする。


「悪いな。代金は家に帰ったら奏海に貰ってくれ。生憎と私はこちらの世界のお金はもう持ってないのでな」


 ヴァルハラは早速買ってきたコートを羽織る。後ろから見る姿は流石親子と言う感じで紡とそっくりで何か面白くなる。

 遅刻した生徒が守衛さんに許可をもらってタクシーで二人通ったのを見たけど、ヴァルハラは何の反応を示さなかった。どうやらあの二人は違っていたようだ。

 暫く待つと守衛さんの動きが急に慌ただしくなる。入り口に現れたのはどう見ても高そうな車だった。リムジン仕様になっている車はスモークが張られていて中は見えないけど、学校の中でもかなり上の方の資産家が乗っているように思える。

 私には一生かかっても買う事ができない車にヴァルハラが反応した。


「あの車の中だな。あの車の中に使徒アパスルが居る」


 月星高校は貧富の差が激しい。私や紡のような庶民から赤崎先輩のような日本で有数のお嬢様までいる。今の車は間違いなく後者側の人間でしょう。

 私はお金持ちグループの人たちとはあまり話した事がない。そもそも話もあまり合わないし、向こうのグループの人たちも私たちに積極的に話そうとしないので挨拶とかする程度だ。

 車は入り口を抜けると山道を登って行っていき、再び守衛さんによって入り口が封鎖された。ヴァルハラが相手を見つけたと言う事は相手もこちらに気付いたはずだ。


「多分、気付いているだろうな。それでもこちらに来ることなく学校に行ったと言う事は私たちを誘っているか、私たちのこと以上に何かあると言う事だろう」


 もしかしてあの車の中の人物以外にも学校に憑代ハウンターが居るのかもしれないけど、そんなに何人も学校に憑代ハウンターが居るのか疑問だ。

 ここで考えていても分からない。相手の誘いかもしれないけど私は学校に行ってみる事にする。それには山道を登っていかなければならないが、まずはその入り口にいる守衛さんをどうやって抜けるか考えているとヴァルハラが急に私を抱きかかえた。

 「キャッ!」と漏れてしまった声をその場においてヴァルハラは私をお姫様抱っこしながら木々を飛び越えて行く。これなら守衛さんが居ようが関係ない。ヴァルハラは軽々山を登り終え、学校の屋上に着くと私を下ろした。


「やはり学校にいるな。ここからでもいるのが分かる」


 ヴァルハラは出入り口に向かって歩いて行くと、光の中から拳銃を取り出し、ドアの鍵を壊してしまった。

 これで屋上のドアを修理されてしまったら紡が勝手に屋上に来る事ができなくなってしまう。折角二人で誰にも邪魔されず会話をする場所を見つけたのだけど、今回ばかりは仕方がないと思う。


「この感じだと二階だな。行くぞ。遅れずについて来い」


 少しボーっとしてしまった私を置いてヴァルハラは学校の中に入って行く。私も遅れずについて行くと二階のある部屋の前でヴァルハラが止まった。


「ここだ。この部屋の中にいる。どうする?」


 「どうする?」と言うのは中に入るかって言う事だと思うのだけど、同時に戦いになるかもしれないけど良いのか? と言うのも含んでいると思う。

 私たちが居るのは理事長室の前だ。と言う事は中にいるのは理事長と言う事になるでしょう。理事長は確か赤崎先輩の祖父のはずなので結構高齢な方のはずだ。

 そんな人も憑代ハウンターになるんだと思いつつもここまで来たのだ。これで相手を見ずに帰るなんて有り得ない。私は「行くわ」と意思を表明するとヴァルハラは左手に拳銃を握り、右手で部屋のドアを開けた。

 重厚そうなドアだったけどヴァルハラはさして重さを感じることなく開けてしまった。相手を警戒して壁に隠れながらドアを開けたのだが、相手からの攻撃はなく、開けたドアが自然に閉まろうとしている。


「どうしたの? 入って来なさい。いきなり攻撃なんてしたりしないわ」


 部屋の中から聞こえてきた声は女性の声だった。理事長の声を私は聞いた事がないのだけど、とても理事長の声とは思えないほど若々しい高い声だ。

 ヴァルハラが意を決して部屋の入り口に姿を晒す。声の通り相手からの攻撃はない。私も部屋の中に入ろうとしたのだけど、ヴァルハラは入り口から動こうとしていない。

 自然に閉まってきたドアに押されてヴァルハラが部屋の中に入る。明らかに自分の意思で部屋の中に入ったのではなく、ドアに押されてしょうがなくと言った感じがした。

 ドアが完全に閉まってしまう前に再度ドアを開き、私も部屋の中に入る。部屋の中には大柄な男性が一人、後ろにメイドの姿をした瓜二つな顔の女性が二人、そして理事長の椅子に座っている女性が一人だった。

 私は椅子に座っている女性を見た事がある。理事長の孫で先代の生徒会長の赤崎先輩だ。


「あなたは確か針生さんだったかしら? こうやってちゃんと話すのは初めてね」


 流石の風格だ。部屋の雰囲気も相まってとても女子高生が出せるような空気ではない。気圧されないように気をしっかり持って赤崎先輩と向き合う。


「普通の生徒が理事長室に勝手に入ったら退学になってもおかしくないのだけど、どうやら針生さんは普通の生徒って訳ではないようね」


 私の事が分かっていて言っているのでしょう。すぐに出て行けと言わないのがその証拠。周囲を警戒しているとメイドの一人がドアを閉めて鍵を掛ける。これで簡単にはこの部屋から脱出できない。

 もう一人のメイドがキャスター付きのいかにも高そうな椅子を私の所に持って来る。


「座ってはどうかしら? お客様を立ち話でもてなすなんて赤崎家の恥になるような事はしたくないのだけど」


 ヴァルハラの方を見ると無言で頷いてくるので座っても大丈夫なのでしょう。でも、ヴァルハラ自身は椅子に座る事なく目の前の男と対峙している。ここに居る人間で考えるとあの男が使徒アパスルなのでしょう。

 椅子はこの世界にこんな椅子があるんだと思えるほどフカフカでとても座り心地が良い。こんな状況でなく座ってしまったらこのまま寝てしまってもおかしくないと思えるほどだ。

 私が椅子に座るとメイドが机を用意し、紅茶を淹れてくれる。すごくいい香りでフォートナム・アンド・メイソンを使っているのではないでしょうか。こんな高級な紅茶を普通の高校生に出すなんて赤崎家の財力が伺える。


「さて、準備も良いようだし。針生さんがこんな所まで来た理由を聞きましょうか」


 なんて答えようかしら。私たちの事はバレているとしてどこまで正直に話すかが問題だ。話過ぎても相手に情報を与えるだけになってしまうかもしれないし話さな過ぎても情報を得られないかもしれない。

 しばしの沈黙の後、私は思い切って口を開いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る