驚きの三日目-2


 僕が居間に戻ると母さんがアルテアたちと雑談していた。そう言えば母さんにアルテアの服を頼んだのだがどうしよう。


「それなら紡とアルテアで服を買いに行けばいいだろう。私と綾那も他の使徒アパスルを探しに行くつもりだから買い物ついでに探せばいい」


 確かに僕とアルテアが離れてしまうのは拙いと思うので、服の買い物のついでに使徒アパスルが近くにいるか探すのは良いかもしれない。


「お母さんが一緒に行って服を選んであげたかったな。残念」


 落ち込んだ表情をする母さんだがこればっかりは仕方がない。針生は片付けにまだ時間が掛かりそうなので、僕は母さんからクレジットカードを貰って先に出かける事にする。

 服を買いに行くとなるとやっぱり本町だろう。自転車で行っても良いのだが、まだ時間が早いので僕たちは歩いて本町まで向かう事にする。

 曇っているのでダウンジャケットを着ていても寒さが身に染みるのだが、アルテアは袴姿で平気なのだろうか。


「確かに寒いですが気を強く持っていれば意外と平気です」


 と言う事は普通にしていると寒いって事だな。それなら上着を買うのは必須だ。後はどんな服が好みだったりって言うのがあるがこれはアルテア自身に選んでもらおう。

 本町に着くとちょうど良い時間で、僕は沢山のテナントが入っているビルにアルテアを連れて行く。一階から五階までが女性物の服を売っているビルなのでアルテアの好みの服もあるだろう。

 アルテアに欲しい服があったら言ってくれと伝え、アルテアの後に続いて僕もビルに入って行く。

 マネキンの周りを服を見ながら回ったり、ディスプレイテーブルの上に置いてある服を見たりとしていたアルテアだが、すぐに僕の方に戻ってくる。


「私にはどんな服が良いのか分かりません。申し訳ないのですが、ツムグが選んでください」


 マジですか! 自分の服でさえ着られればいいって感じでしか選んでないのに、女性の服なんてどうやって選んで良いのか分からない。こうなると母さんを置いてきたのは失敗だったかもしれない。

 アルテアに似合いそうな服か。ロングの黒髪は後ろで縛っているがかなり長い。ナース服に薄いピンクのカーディガンなんて最高だと思うが、こんな所で趣味を爆発させられない。

 まず上着だがロングデニムシャツなんてどうだろう? 多少汚れても気にならないしアルテアならすらっとした着こなしをしそうだ。ロングデニムシャツだとインナーは白のTシャツに黒のスキニーズボンが合うだろう。

 後は、白のロングニットワンピースに黒のレギンスが良いような気がする。フェミニンな感じはアルテアにも似合うだろう。それから数枚のシャツとボトム、ステンカラーコートを見繕いオフショルダーのニットも追加しておいた。

 服はこれで良いとして後は靴か。アルテアは下駄のような物を履いているのでそれだと動きずらいだろうし、何より裸足なので寒そうだ。袴の時も履けるようにブーツを買っておく。

 女性の買い物がこれほど大変だとは思わなかった。母さんが買い物に時間が掛かるのも分かる気がする。


 買い物が終わったので使徒アパスルを探そうと思ったのだが、一気に大量に服を買ったので一度家に戻る事にする。

 家に帰ると針生とヴァルハラは出かけており、どうやら父さんが行ったように他の使徒アパスルを探しに行ったようだ。母さんは居ないと言う事はもう寝ているのだろう。

 アルテアはさっき買ったばかりのステンカラーコートにTシャツ、スキニージーンズに着替えてきた。スッキリした感じはアルテアに非常に良く似合っている。

 この場合、僕は何と言って褒めれば良いのだろう。可愛いで良いとは思うが、それでは僕が選んだ服が可愛いと言ってるように受け取られるかもしれない。


「アルテア、昨日より三倍可愛いよ」


 やっと出た言葉がこれだった。つくづく僕は女性を褒める才能がないのが分かり少しへこんでしまう。


「あ、ありがとうございます」


 アルテアもなんて返して良いのか分からないのか丁寧にお礼を言ってきた。もう良い、今の事は忘れて使徒アパスルを探しに行こう。

 僕たちは再び本町に向かうため家を出た。そう言えばまだお昼ご飯を食べていなかったので、本町に着くと裏通りにある唐揚げの美味しいお店で食事をする事にする。

 お店の前まで行くとアルテアに急に引っ張られ足を止められてしまった。何かと思い、アルテアの方を見ると何やらすごく真剣な顔をしている。


「ツムグ、このお店は危険です。中に使徒アパスルが居ます。」


 そうか。アルテアは近くに使徒アパスルが居れば分かるんだった。となるとお店に入るのは危険だな。いきなり襲ってくる事もあるし、中にいる人を巻き添えにしてしまうかもしれない。


「そうですね。できれば私も戦いに関係ない人は巻き込みたくありません。それで? どう動きますか?」


 アルテアが気付いていると言う事は中にいる使徒アパスルも気付いているはずだ。それでもすぐに出てこないと言う事は向こうにも何か考えがあるのだろうか。

 店から少し離れ暫く様子を窺っていると一組の男女が出てきた。僕と同じぐらい、いや、少し上ぐらいの年齢の男性とワンピースのドレスで大胆にスリットが入っているのが特徴の銀髪の女性だった。

 女性が辺りを確認し、僕たちを見つけるとこちらに歩いてきた。


「お前かい? 人が食事をしているのにずっと近くに居たのは。おかげで落ち着いて食事できなかったじゃないか」


 どうやら僕たちが店の前にいた事で落ち着いて食事ができなかったみたいだ。それは申し訳ない。食事は大事だからな。


「それで? 私たちに何か用か? 今から一戦交えようと言うのか?」


 結構綺麗な感じの女性なのだが、女性の方が使徒アパスルなのだろう。すぐに戦おうとするのはどの使徒アパスルも同じなのだろうか。


「ツムグ、なんで私の方を見るんですか。私は冷静に戦う時とそうでない時は判断しています」


 どうやら僕の考えていた事が伝わってしまったようだ。むくれるアルテアは可愛い。


「まあ、待て、シェーラ。どうやらあちらさんもすぐには戦う気はないようだ。どうだ? 少しカフェにでも行って話をしないか?」


 男性の方が対話を提案してきた。むくれていたアルテアも一旦、対話をする事には賛成のようで無言で頷いている。


「そうか。じゃあ行くか。付いて来てくれ」


 そう言うと男性はシェーラと呼ばれた女性を連れて大通りの方に向かって行った。このお店の近くにはカフェはないので大通りの方にあるカフェに行くようだ。


 カフェに着くと男性とシェーラの対面に僕とアルテアが座る。平日の昼過ぎと言う事で僕たち以外には数人のお客さんがいるぐらいで席も離れているので話を聞かれる事もないだろう。


 全員がコーヒーを注文すると男性が口を開いた。


「俺の名前は釼。つるぎ 鉄哉てつやだ。こっちはお前たちも分かっていると思うが使徒アパスルのシェーラだ」


 予想通り女性の方が使徒アパスルだった。釼さんが自己紹介してきたので僕たちの方も同じように名前だけ紹介すると注文していたコーヒーが運ばれてきた。

 一口、口を付けるが、可もなく不可もない味のコーヒーだ。これで七百円は高いような気がするが注文してしまったので我慢する。

 コーヒーを置いて話を進めようとした所で衝撃的な光景が目に入った。シェーラがコーヒーの中に光の中から取り出したタバスコを大量に入れ始めたのだ。

 そんなにタバスコを入れたらコーヒーを飲んでいるのかタバスコを飲んでいるのか分からなくなってしまいそうだ。何の罰ゲームだよ。


「このタバスコと言う物を気に入ってな。どんな物にでも入れるようにしてるんだ」


 そう言ってタバスココーヒーを口に含むシェーラはとても美味しそうだ。だからと言って真似をしてみる気は一切起きないが。


「こんな所に呼んでする話と言っても単純だ。釆原だったか? どうだ? 俺と手を組まないか?」


 釼さんが同盟を申し込んできた。敵を探すのが今回の目的だが、手を組めるなら組んだ方が僕は良いと思う。それには釼さんが信用できるかと言う事になるが、第一印象だけでは決められない。

 ちなみに僕の第一印象は横柄な態度が所々見られるが、それほど悪い人ではないと言った感じだ。もう少し話してみて大丈夫そうなら手を組んでも良いかもしれない。


「まあ、いきなり言われて「はい」と答える訳はないわな。俺の方から誘ったんだ、良い情報を釆原に教えてやろう。シェーラはドワーフ族の代表だ」


 えっ!? そんな事軽々しく教えて良いのか? 戦う時に種族の相性があるみたいだからどこの種族なのかの情報は結構重要なはずだ。


「俺もこの戦いにおいて手を組める相手は必要だと感じてるんだ。だが、俺の知ってる奴で憑代ハウンターはいないから釆原に提案したわけだ。手を組むなら信用できないと拙いだろ? だから、誘った俺が手札を一枚切ったのさ」


 確かに人の信用を得るためには何かしなければならない。釼さんは種族を教えて来る事で信用しろと言っているのだ。

 だが、あくまでこれは釼さんが言っている事であってシェーラが本当にドワーフ族の代表なのかの確証はとれていない。


「シェーラはドワーフ族で間違いないと思います。先ほどスリットから覗く太腿の辺りにドワーフの証である紋章が見えました」


 何だと? アルテアはそんな所を見ていたのか。どうしてもっと早く教えてくれないんだ。教えてくれれば他の所は見ずに太腿……いや、ドワーフの証を注視したのに。

 しかし、アルテアが確実に見ていたのなら釼さんの情報に間違いはないのだろう。僕の知っているドワーフとは随分と印象が違うが。


「そうなのですか? 私の世界ではドワーフ族ってあんな感じですよ」


 僕のイメージだと小さいおっさんが洞窟で穴掘りをしているのがドワーフだ。あんなにスタイルの良い女性ではない。

 でも、そうなるとアルテアは人族、シェーラがドワーフ族なので戦った時にはアルテアの方が有利になると言う事だ。これは結構重要な事で、もし裏切られた場合でもアルテアが勝てる可能性があると言う事だ。

 ここまで情報を出してもらったのなら僕は信用しても良いと思う。後はアルテアがどう思っているかだ。


「私も提案に乗っても良いと思います。いざと言う時は私が対応しますし」


 アルテアも賛成のようだ。後は針生に賛成してもらえればいいのだが、事後承認と言う感じで良いだろう。


「そうか。手を組んでくれるか。少し心配したが良かったぜ。これからよろしくな」


 差し出してくる釼さんの手を握り同盟が成立した。使徒アパスルを探し始めてからすぐに仲間が増えるなんて予想もしていなかったが、上手く行く時と言うのはこんな感じなのだろう。

 それからいろいろ話をしてみると釼さんは月星高校の卒業生らしい。年齢も十九と言う事なので僕の二つ上になる。どうやら勉強があまりできなかったので今は大学へは行かずフリーターをしていると聞いて少し親近感がわいた。僕も一年ちょっと経ったら同じような感じになっているかもしれないからだ。

 釼さんとは連絡先だけ交換して別れる事にした。詳しい作戦なんかは釼さんが考えておくので後日説明すると言う事だった。


 順番が逆になった感もあるがカフェを出た僕たちは昼食をとるためにもう一度裏通りに行き、唐揚げの美味しいお店に入った。

 凄く中途半端な時間になってしまったので店の中にはお客さんがおらず、貸し切りのような状態で唐揚げ定食を注文した。


「これは美味しいですね。私の元居た世界ではこんな美味しいお肉は食べた事がありません」


 思いの外、アルテアには唐揚げが好評だった。ここまで喜んで食べてくれるなら今日とは言わないが、どこかのタイミングで夕食に出しても良いかもしれない。

 お腹も一杯になった所で使徒アパスル探しを再開する。アルテアに本町を説明しながら当てもなく探したのだが、そうそう上手く見つかる事はなかった。

 冬の日の入りは早いので探しているとあっという間に景色が暗くなり、いつの間にか街灯も点灯していた。一つ成果もあった事だし、今日の所はこれぐらいにして探索を切り上げる事にするか。


「そうですね。一人使徒アパスルと同盟を組めたのです。十分な成果と言って良いでしょう」


 アルテアからもお褒めの言葉をいただき、僕たちは夜道を歩いて家に戻って行った。


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