驚きの三日目-1
朝起きて居間に行くとまだ誰も来ていなかった。アルテアはまだ寝て居るのかと思って、アルテアの部屋に行くとアルテアは正座をして瞑想していた。
背筋を伸ばし、静かに目を閉じている姿は誰かが横から押したぐらいではびくともしないと思えるほど綺麗な正座姿だった。
「おはよう」と声を掛けるとアルテアは目を開けて僕の方を見るて「おはようございます」と返してきた。綺麗な瞳で吸い込まれそうになるが何とか笑顔を作る事で堪える事ができた。
アルテアを連れて居間に降りるとアルテアには寛いでもらう事にし、僕は朝食を作るため台所に向かった。
スクランブルエッグを持ってアルテアの所に戻るとアルテアはスクランブルエッグを知らないようで興味深そうにお皿の上を見ていた。
「いただきます」
僕がアルテアに手本を見せるようにして食べ始めるとアルテアは何度も僕を見ながら同じように食事をしていく。
「ただいまー。お母さんが帰ってきましたよー」
母さんが夜の仕事を終えて帰ってきた。いつもならここで僕に抱き着いてきたり、ご飯をねだってきたりするのだが、今日の母さんは大人しい。大人しいと言うより固まっている。
何かあったのかと思ったが、アルテアを紹介していないのを忘れていた。見つめ合っている母さんとアルテアだが、母さんが急にテンションを上げてきた。
「紡ちゃんがお嫁さんを連れてきた! キャァァァア! かわいぃぃぃぃぃ! お母さん初孫は女の子が良いわ。ねぇ、ねぇ、あなた名前は何て言うの?」
滅茶苦茶だ。初対面の人間に初孫の希望を出すな。アルテアだってどんな反応をして良いのか困っているじゃないか。
「ア、アルテアと言います。よ、よろしくお願いします」
初孫の所は置いておいて聞かれた名前を答えるアルテアは母さんに抱き着かれて助けてくれと言う顔で僕を見つめてくる。母さんをアルテアから強引に引き離すとアルテアが袴姿なのが目に付いた。
僕がアルテアと一緒に買い物に行くつもりだったが、これから学校に行かなければいけないので、母さんにアルテアの服を買いに行ってもらおう。今の反応を見てもあまり心配はしていないけど、これから数日間は一緒に暮らすのだこれを機会に仲良くなってもらった方が良い。
「アルテアちゃんは和装をしているぐらいだからよっぽど日本が好きなのね。良いわよ。お母さんが頑張って選んであげる」
拳を握ってガッツポーズを作る母さんはやる気だ。存分にアルテアに合う服を選んで欲しい。アルテアにも母さんに付いて行くように伝えるとそろそろ家を出る事にする。
玄関のドアを閉めて前を見ると針生が立っていた。手にはキャリーバッグが握られており、どこかに旅行にでも行くようだ。学校があるのに旅行になんて行って大丈夫なのかと思うのだが、僕に止める権利はない。針生が旅行に行きたいなら行けばいいと思う。
僕は学校があるので「楽しいで行ってらっしゃい」と言って自転車置き場に向かおうとしたら針生に怒鳴られた。
「行ってらっしゃいじゃないわよ! どうして私がこの状況の中、旅行に行かなくちゃいけないのよ! 泊まりに来たのよ! と・ま・り・に!」
針生は何を言っているのだろう。泊まりに来たってこの辺りには宿泊施設などなく針生が泊まれそうな場所などない。
「違うわよ! ホテルとかそういう所に泊まりに来た訳じゃないわよ! この家に泊まりに来たの。この家に!」
ハハハッ。針生も冗談が上手いな……って本気? 何で僕の家に?
「もちろん本気よ。同盟を組んだんですもの。一緒に居た方が何かと動きやすいでしょ」
動きやすいって何かあればスマホを使って連絡を取り合えるわけだから僕の家に泊まらなくても――と思った所で腕時計を見るとそろそろ学校に行かないと遅刻してしまう。針生の事は帰ってから……って、あれ? 針生は学校どうするつもりだ?
「ヴァルハラ見て。紡はやっぱり学校に行こうとしているわ。私の言ったとおりでしょ」
「あぁ、綾那の言った通りだな。もう少し頭が回ると思っていたが残念だ」
何だ? 二人して可哀そうな人を見るような眼をして。ヴァルハラは仮面を着けているから目なんて見えないけど明らかにそんな感じだ。
針生と違って僕は学校に行かないと出席日数が足りなくなってしまう可能性がある。だから行ける時には学校に行っておきたいんだ。
「ん? 紡ってそんなに学校休んでたの? 真面目に学校に行っているイメージだけど」
確かに学校には行っている。だが、それは授業に出ているのとはイコールではない。これでも僕は屋上や保健室の見回りに行ったりと忙しいのだ。
「そういう所でサボってたわけね。自業自得よ。でも、学校に行くのは今は止めときなさい。学校に他の
むっ。確かにそうかもしれない。そうかもしれないけど、学校なんかで戦いになるだろうか? そう考えている僕は針生の顔を見ると半目でジーッと見て来ている。どうやらこれは何を言っても無駄なようだ。
大人しく針生の意見を受け入れ学校に行くのは諦める事にする。が、針生が僕の家に泊まるのとは別の話だ。男女が同じ屋根の下に寝泊まりするなんて何かあったら問題になってしまう。
「あら? 私が紡の家に泊まると何かあるの? 紡は私に夜這いしてくるって言うの?」
挑発的な良い笑顔だ。僕が夜這いができないとでも? できるよ。できるけどやらないだけだ。
「なら私が家に泊まっても問題ないでしょ? 私も紡が紳士的で安心したわ」
そう言うと針生は僕を押しのけて家の中に入って行く。前回は勝手に二階に行ってしまったヴァルハラも今回は針生に続いて入って行く。
幸い家には母さんが居るんだ。母さんなら針生を説得してくれることを期待し、僕は学校に行くのを諦め家に入って行く。
いきなり針生が居間に入って行くと母さんたちが驚いてしまうので僕が先に居間に入る事にする。僕の後に続いて針生、ヴァルハラと居間の中に入って来ると母さんはアルテアにどんな服が好みなのか聞いていた。
普通の親なら学校をサボらないようにさせるか、注意をするところなのだが、残念なことに僕の母さんは普通とは少し違った。
「紡ちゃん、おかえりー。今日は学校もう終わったんだ」
そんな訳がない。そもそもまだ学校は始まってさえいない時間だ。と言う事は終わったと言うのは合っているのか? まあ良い。母さんには針生を説得してもらわなければいけないのだ。だが、そんな事も吹っ飛ぶような事を母さんは言ってきた。
「優吾さんもおかえりなさい。久しぶりね」
一瞬、パニックになった。「優吾さん」とは誰の事かと母さんの視線を追うと、そこにはヴァルハラが立っていた。
「「「優吾さん???」」」
僕と針生、アルテアの三人が同時に声を出した。事前に打ち合わせをしてもここまで同じタイミングにならないだろうと思えるほどのタイミングだった。
声を出した後は無言で顔を見合わせる。そしてまたしても同時にヴァルハラの方を見た。
「ふぅ。奏海にはかなわないな。一目見ただけで正体がバレてしまったか」
ヴァルハラはやれやれと言った感じと少し嬉しさが籠った感じで自分の正体が僕の父さんだと告白する。
「何年優吾さんの妻をやってると思ってるんですか。見ればすぐに分かりますよ」
正直母さんのことを凄いと思った。僕はヴァルハラを見て父さんだとはとても思わなかったからだ。父さんと言われてヴァルハラの声を聴くと確かに父さんの声によく似ている。似ていると言うか本人か。
「えっ!? 何? ヴァルハラは紡のお父さんなの?」
針生も驚いてヴァルハラを僕の顔を交互に見てくるが、絶対に似てないだろ。だってヴァルハラは仮面を着けているんだから。
「できれば最後まで誰にもバレずにしたかったんだがな。綾那がここに泊まると言うので一度、奏海に会ってみてバレなければそれで良し。バレてしまったら正体を明かそうと思っていたのだ」
「あら? 私が優吾さんを見て気付かないとでも? それは私を見くびり過ぎよ」
あっけらかんと言ってのける母さんだが僕は全然気付かなかった。と言うより死んでしまった父さんがこの世界にいるとは思いもよらなかったのだ。
「紡ちゃんもまだ子供ね。愛があれば相手がどんな格好をしていても分かる物よ」
そんな物だろうか。僕にはちょっと分からない領域だ。
「立ち話も何だから座ってはなそう」
そう言うとヴァルハラが母さんの隣に座った。アルテアが母さんたちの右側、針生が左側に座ると必然的に僕が母さんたちの正面に座る事になる。流石にいきなり両親の前と言うのは気恥ずかしいので僕は制服から私服に着替えて来る事にした。
着替え終わり再び居間に戻るが飲み物がないのに気付いた。コーヒーでも淹れて来るかと思い、台所に行こうとした所で針生に止められてしまった。
「飲み物を用意してくれるならこれを使って。家から持ってきたの」
キャリーバッグから取り出したのは紅茶だった。こんなものまで用意してくるとは本気で僕の家に泊まるつもりなのだろうか。キャリーバッグが少し開いていたので中が少し見えたが、中にはぎっしりと衣類が入っていた。
針生の説得は母さんに頑張ってもらう事にして僕は紅茶を淹れるために台所に向かう。針生の持ってきた紅茶は良い香りがし、僕の知っている紅茶と本当に同じものかと思えるほどだった。
居間に戻ると四人は和気藹々とした感じで雑談をしていた。こうやって見ると針生とアルテアが母さんたちの子供で僕が部外者のような感じがしてしまう。首を振りながらも全員に紅茶を配り終えると僕もこたつを囲んだ。
さて、何から話すべきか。父さんの事は驚きだが、まずは母さんに針生を説得してもらおう。
「紡ちゃんは綾那ちゃんが泊まるの反対なの? お母さんは賛成よ。だって早く孫の顔を見たいじゃない」
駄目だった。針生がニンマリとした笑顔を向けてくるのが何だかムカつく。
「優吾さんもそうでしょ? 紡ちゃんと綾那ちゃんの子供と紡ちゃんとアルテアちゃんの子供は可愛いと思うわ。あぁ、そんなこと考えてたら私も子供欲しくなってきちゃった。優吾さん。もう一人どう?」
朝から何を言っているんだ僕の母親は。あっ、でも母さんは仕事終わりだから朝と言う感じじゃないのか。ってそんな事言ってる場合じゃない。
「流石に
「あら? 私が優吾さん以外を選ぶとでも? 優吾さんが駄目だとするとやっぱり紡ちゃんには頑張ってもらわないとね。初孫はどちらが早いかしら?」
それで言うとアルテアもすぐに帰ってしまうから無理だ。って針生とはそんな事にならないよ。付き合っても居ないんだもの。
「じゃあ、今から告白しちゃえば? 合意の上だったらお母さんは子供を作ってから結婚でも良いわよ」
針生も何とか言って母さんの暴走を止めてくれ。ってなんで顔を赤くしているんだ? 針生だって困るだろ。
母さんでは駄目だ。アルテア。アルテアに何とかしてもらいたい。
「私はどちらかと言うと綾那の言う事に賛成です。何かあった時にすぐに連携が取れるのは大きいと思います」
アルテアは良い意味で真面目過ぎて駄目だった。ぐぬぬ。もうこれは諦めるしかないのか。
「紡。諦めなさい。全員が賛成しているのよ。紡が反対するなら紡に家を出て行ってもらう事になっちゃうわ」
ならないよ。なぜ僕が家から出て行かなければいけなくなるんだ。でも、これ以上は説得するのは無理そうだ。僕は諦めて針生を泊まる部屋に案内する事にする。
二階にはあと二部屋空いているので、そのうちの一部屋を使ってもらう事にしよう。女性に重い物を持たせるのは男性として拙いと思い、針生のキャリーバッグを持ち上げると、紅茶を出した時に開いていたキャリーバッグは中身をぶちまけてしまった。
慌てて荷物を仕舞おうとした僕の目に飛び込んできたのは赤を基調とした黒い花の柄が付いた扇情的な下着だった。優等生な感じの針生がこんな下着をと思い、針生を見ると顔を真っ赤にして目に涙を溜めていた。
「パーーーーーン!!」
と気持ちの良い音で頬をビンタされた。
「何やってるのよ! そんなに私の下着が見たいの? 下から覗いただけじゃ満足できないの?」
言い方! 言い方! そんな言い方をされると僕の人格が疑われてしまう。
「紡ちゃん、学校でそんなことしてるの? 小学生じゃないんだからそろそろ落ち着いた方が良いとお母さんは思うわよ」
違う! 僕は女性の下着を覗くために学校に行っている訳ではない。アルテアもちょっと引いたような顔で僕を見ないでくれ。
クソッ! 針生の奴、良い顔して笑ってるじゃないか。皆の冷たい視線が耐えられず、僕は部屋を紹介するため針生に付いてくるようにお願いする。
ちなみにキャリーバッグを運ぼうと手を伸ばしたら針生に拒否されたので、僕は手ぶらだ。
「なかなか良い部屋ね。簡単に片づけたら下に行くわ」
そんなに大きく無い部屋だが、数日寝泊まりするには十分だろう。僕が出てくまでキャリーバッグを触ろうとしない針生を置いて僕は居間に戻っていく。
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