プロローグ
私は家に帰ると急いでキャリーケースに荷物を詰め始める。随分と前に友達と旅行に行く時に買ったもので五泊分ぐらいの衣類が入る大きさだ。
「なぜ綾那は荷物を詰めているんだ? せっかく同盟が組めたと言うのに旅行にでも行くつもりか?」
ヴァルハラがおかしなことを聞いてきた。勇気を振り絞って同盟が組めたのに旅行なんていく訳がない。旅行をするぐらいなら初めから同盟なんてしないし、そもそもヴァルハラとも契約はしなかったかもしれない。
だけど、今、私は機嫌が良いのだ。私の行動を不思議に思っているヴァルハラに優しく説明してあげよう。
「いいえ、違うわ。旅行に行く訳ではないわ。紡の家に行くのよ。こんな状態になっちゃったら学校に行く訳にもいかないし、情報交換をしようとしたら近くに居た方が良いでしょ」
半分本当で半分嘘だ。学校に登校するのは無理だなって考えていたのは本当だが、情報交換をしようとすればスマホで情報交換はできる。だが、こんなチャンスは滅多にない。ここで紡に近づいておかなければ友達で終わってしまう。
「だが、君たちは何やら連絡を取る機械を持っていなかったか?」
思わず肩がビクッとしてしまった。出かける前に見られたスマホの事をヴァルハラは覚えていたようだ。なんて目聡い奴だ。
「ヴァルハラ、良い? 情報は生ものよ。鮮度が命なの。確かにスマホで情報交換はできるわ。だけど、遠くに居たらその後の行動に繋がらないじゃない。情報の鮮度を最大限に活かすためにも近くにいる方が良いのよ」
上手い事、誤魔化せた……と思う。これでもヴァルハラが何か言ってくるようなら
「あまり賛成はできないが、君がそう言うならそう言う事にしておこう。それで? 何時出掛けるんだ? 今からと言う訳ではないだろ?」
ん? 正直言うと今からでも行こうかと思っていたんだけど、時計を見ると十一時を回った所だ。今から荷物を詰めてだと紡の家に着くのは十二時を回ってしまう。
むむむ。紡の事だからそんな時間になっても家に入れてくれるでしょうけど、常識のない女性に思われるのは私の望む所ではない。最初から悪い印象を与えてしまうのは避けたい所だ。
そうなると紡の家に行くのは明日の方が良いと思う。どうせ紡の事だから何も考えずに学校に行こうとするでしょうからその前に家に着くように出るようにしよう。
少し余裕が出て来た所で夕食を取ってない事を思い出した。こんな時間に食事をするのは太ってしまうかもしれないけど、紡の家に行った時に遠慮なしに食事をするのも恥ずかしい。
荷物の整理もそこそこに夕食を作るために立ち上がる。そう言えばヴァルハラは食事をする時、仮面を取るのでしょうか?
「私は一人で食事をするから気にしなくても良い。こんな仮面を着けた人物が近くにいては折角の料理も美味く感じなくなるかもしれんしな」
確かにそれはあるかもしれない。ヴァルハラには申し訳ないけど不気味な仮面の人物と対面で食事をすると言うのもちょっと考え物だ。そこまで一緒に食事がしたいと言う訳でもないので、ヴァルハラの分は作っておいてどこか好きな所で食べてもらう事にしましょう。
私は台所に行くと牛肉薄切りを細切りにして、ごま油・塩こしょう・片栗粉でもみこんで下味をつけておく。その間にピーマンと皮をむいたじゃがいもも同じように細切りにし、フライパンにごま油を垂らす。
にんにくと生姜の香りが香ばしくなってきたら、お肉を入れ、炒め始める。あまり火が入り過ぎない内にじゃがいもを入れ、しんなりしてきたらピーマンも入れて一緒に炒める。最後にオイスターソース等で作った合わせ調味料を回し入れ、軽く炒めれば完成だ。
味見をしてみるとオイスターソースがしっかり効いており、かなり上手に行ったと思う。
ヴァルハラにも感想を聞きたかったけど、ヴァルハラはチンジャオロースを持ってどこかにってしまった。本当に一人で食事をするみたいだ。こうなってしまうと少し寂しいような気がする。
私の両親は二年前に不慮の事故で亡くなっており、それからはずっと一人で食事をしている。もちろん友達と一緒に食事をする事もあるけれど、基本的には食事をする時は一人だ。
幸い住む所はあるし中学も卒業する時だったので一人で生きていく事を決めたのだけど、こういう時ぐらい一緒に食事をすればよかったと後悔する。
「ご馳走様。なかなか良い味だった。見かけによらず良いお嫁さんになれるだろう」
見かけによらずとは失礼な。でもヴァルハラがお世辞を言ってきたのは驚いた。お世辞と分かっていても「いいお嫁さん」とか言われると悪い気はしない。自然と顔がニヤケてしまったのだけど、ヴァルハラが置いたお皿を見たら一気に真顔になってしまった。
ヴァルハラが戻してきたお皿の上にはピーマンが端っこに避けてあり、小学生が給食で嫌いな食べ物を避けた時のようになっていた。どうやらヴァルハラは本当にピーマンが嫌いみたいで食べられなかったようだ。
私がヴァルハラの顔をじっと見つめると、
「外の警戒に行ってくる」
逃げて行ってしまった。仮面で表情は分からないけど、耳が赤くなっていたので本人も恥ずかしかったのでしょう。あんな仮面をしているけれど、意外とお茶目な所もあるみたいだ。
捨ててしまうのは農家さんに申し訳ないので残り少なくなった私のチンジャオロースにヴァルハラの残したピーマンを入れると九割方ピーマンになってしまった。
それでも美味しく頂き、「ご馳走様」と言うと食器を片付ける。二人分の食器を片付けるのは久しぶりだけど、一人分とそんなに手間は変わらない。
部屋に戻ると荷物の整理を再開する。洋服は私の気に入っている物から順に詰めていき、それほど悩む事はなかったのだけど、問題は下着だ。
流石に何度も着けたりした下着を持って行く気にはなれないけれど、まだそれほど着けた事のない下着の中でどれを持って行くのかで悩んでしまう。
そうそう、上下セットになっていない下着も持って行くのは諦めましょう。わざわざ見せる訳ではないのでそこまで気を使わなくても大丈夫だと思うのだけど、一緒の家に居るとなると思いもよらない所で見られてしまうかもしれない。
薄いピンク、ネイビー、パステルグリーン。この辺りは持って行くとして、白はワンセット持って行った方が良いでしょう。後もうワンセットだけど、赤か黒かで悩んでしまう。
勝負下着と言う訳ではないけど、残りのワンセットは攻めた感じの下着は持って行っておきたい。何があるか分からないから。
何度も自分の体に当てて見え方を確認したけど、どうしても決められない。その時、前に赤のベースに黒の花の柄が付いている下着を持っていたのを思い出した。
自分で買ったのだが、あまりにも扇情的だったため使わずに保管しておいたものだ。どこにしまったのかも覚えてなかったので探すのに苦労したが、何とか見つけ出せた。うん、最後のワンセットはこれにしよう。
これで紡の家に泊まりに行く準備はできた。時計を見ると十二時をとうに過ぎており、急いでお風呂に入ってベッドに潜り込む。
紡が家を出るのは八時ぐらいだろうか。そこに間に合うように家を出なければならないし、いろいろ準備もしなければならないので数時間しか睡眠がとれない。でも、実際家に行く事を考えるとどうしても寝付けない。結局私は二時間ほどの睡眠で紡の家に行く事になった。
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