第3話 グッドラック 4
また一週間、私は勉強した。たぶん、今までにないほど濃くこなしていったと思う。そんな週末に、沙織はわたしを誘った。
「今週は、頑張ったんでしょ。なら、遊びに行きましょう。たぶん、私たちが一緒に出掛けるのも、きっとこのタイミングが最後だからさ。あ、受験的な意味でね」
うなずいた。
その週末、日曜日。見事に晴れ渡った寒空は雲量1といったところ。要するに快晴。わたしは遊園地に来た。
「浪人中に遊園地に来るなんて、それこそ珍しい経験だって、楽しまないと」
「お、妙なところで意見が合うね。僕もそう思うよ。せっかく来たんだ、受験日までにおおっぴらに遊べる日が今日で最後だと思って思いっきり楽しもう」
「ああ、飯田と意見が合うなんて。世界の最期かしら」
「なにおう、そっちから誘ってきたくせに」
「あれ、そうだったっけ」
はっはと沙織が笑う。
「朱音も、楽しまなきゃ。楽しい気持ちは楽しもうってところから生まれてくるんだよ」
「そう、ずっと暗い顔してたら、それが自分の普段の表情になっちゃうよ。せっかくのかわいい顔が」
「ナンパでもしたいわけ、お前」
「いやいや、そういうわけじゃないって、沙織の方がかわいいよ」
「おまえ」と言って沙織はにらむ。
「はい」と答えて、「ごめんなさい」と謝る飯田。
わたしは思わず笑ってしまった。世の中に、彼らみたいないびつな関係を持った人がどれくらいいるんだろうかって思うと、滑稽に見えてきて、自分らもいびつだなって思って、でも目の前の彼らがおかしくて。
「笑えんじゃん」
「笑ったね」
「言葉を重ねるなよ」
「いやいや、偶然重なっただけだよ」
「おまえが悪い、飯田」
「わーった、ごめんごめん」
「本当に悪いって思ってるなら、二回も『ごめん』って重ねるわけないでしょ」
「はいはい」
「また、そう」
「ごめんなさいでした」
わたしはまだ笑っていた。そして三人で園内へと繰り出した。
「ジェットコースターに乗ろう」と沙織が言った。
「いいよ、乗ろう」わたしは同意した。
「おう、なんでもかかってこい」と飯田が強がった。
みんなでジェットコースターに乗る。スピードが出て、風を切る感覚が久しぶりで、爽快だった。びゅーん。
「フリーフォール乗ろう」と沙織が言った。
「い、いいよ、乗っても」わたしはしぶしぶ同意した。
「お、おう、乗ってやろうじゃないか」飯田が強がった。
上がる、上がる、上がる、そろそろ落ちる、やばい、これは。ひゅーん。
「コーヒーカップに乗ろう」と沙織が言った。
「いいよ、乗ろう」わたしは同意した。
「おう、なんでもこいや」と飯田が強がった。
ぐるぐると勢いよく沙織が回す、わたしは目がまわる、飯田は必死に回転を止めようとしていたが、沙織がにらみ、それを阻んでいた。くるくるぐるぐる。
「食事休憩にしよう」何度か絶叫マシーン(絶叫マシーンでないコーヒーカップすら、絶叫モノに変えられてしまった)に乗った後で、飯田が言った。
「そうしよう」とわたしが同意した。
「え、何言ってんの、まだ早いに決まって……わかった。食事休憩にしよう」飯田とわたしが睨んで、沙織が折れた。
遊園地内のレストランに入る。
「よく、まあ、あそこまで疲れる乗り物に乗るよね」
「朱音さん、私はそういうのが大好きなんですよ」
沙織がすがすがしいくらいに笑う。
「そうだったっけ、前、僕と来たときはそうでもなかったじゃん」
「遠慮してあげたんだよ」
「なるほどね」
「そうそう」
「じゃあ、次はお化け屋敷に行こう、いいよね朱音さん」
と飯田くんが提案した。
「わたしはかまわないよ」とわたしは同意する。お化け屋敷って最後に入ったの学校祭以来だなって思う。
「え、お化け屋敷は、やめようよ」
「あれ、怖いんですか、椎名沙織さん」
「いいやいやこわくないよこわくない、かかってきなさいよどんとこい」沙織は強がった。
日もほとんど沈み、空がほとんど黒くなって、ちょっとだけ赤みがさしている。そんなによく遊べたなってしみじみと思う。
「いや、もう疲れた、限界」と飯田が疲れた顔で言う。
「まあ、さすがの私もこたえるわ。はしゃぎすぎた」沙織がもう限界って顔をした。
「うん、すごく疲れた。でも、その分、とてもとても、すっごく楽しかった。またさ、またみんなで合格した時にさ、来れたらいいよね」
ちょっと沈黙。少しして沙織が口を開く。
「よくまあ真顔で、恥ずかしいセリフを言ってくれるものだよ」
「ほんとだ」
三人で、笑いあった。
「元気出たでしょ、あかね。疲れたけどさ」
「そうだね、頑張れそう」
「じゃあ、これから三人、合格目指して、頑張ろう!」
おう!
三人の声が遠くまで響いた気がした。
師走ってなんで師走っていうのかというと、一年の最後はあっという間に、駆けるように過ぎ去っていくから、というのは、わたしが沙織に言った冗談で、
「ほんとなのそれ」
と沙織は言って信じてしまった。次の日に沙織と会うと、
「違うじゃん、師走は、師匠が走り回るほど忙しいから師走って言うんじゃん」
と言ってきた。
「昨日のは昨日ので冗談だけど、その説も俗説、というか、誰かが言った冗談だよ」
と教えてあげると、
「そうだったのか」
と落ち込まれた。朱音に嘘をつかれて信じてしまうなんて、私もそこまで落ちぶれてしまったのかと言っていたから軽くこずいてやった。そんな十二月。
やはり受験とは孤独な戦いだということを思い知らされるような。ただただ次へ次へと問題を解いていく。新しいことを学ぶわけではないから研鑽を積んでいるわけでもなく。そして日は沈み昇りを繰り返し、受験へ備えていく。街ではどんどんクリスマスソングが流れ始めた。
そして事故のあった日、そしてわたしが起きた日。十二月二十四日。世間はクリスマスイブ。彼氏ができていたはずなのに、わたしは勉強しているのはなぜだろう。まあ受験するからですが。
この日は家族でパーティーを行うことになった。わたしにとって特別な日ということで。といってもいつもよりおいしいものを食べるだけなのだけれど。
凪も呼んだ。寂しいやつめ。大学で彼氏作りゃいいのに……と言えた義理ではないな。わたしがとったようなものなのだから。
タケくんも、誘いたかったが(というより、親が呼んだらって言ってきた)、やめておいた。あいつも呼んだらあの時の同級生で仲良かったのみんな呼ぶことになるから、いいよ。そもそも、タケくん最近忙しそうだし。と嘘をついた。
それはそれは大変おいしい晩餐で、晩餐ってこんな食事に使う言葉だなって。少し物足りなく、引っかかりながらも、そう思った。
あるメールが届いた、二十九日。もう三つ寝るとお正月。お正月には合格祈願に行って、餅を食べて、受験勉強しよう。早く来い来いお正月。いや、早く来なくてもいいか。という気分の中、メールが来た。
『元日の十一時、札幌駅の白い石の前で待ってる。来なくてもいいけど、来てくれると僕が嬉しい。』
こういうのって、わたしはずるいと思うな。行かないといけないみたいじゃない。
怒っていることをアピールしたくて、早く返した方がいいと思うけども、わたしは返信を先送りにした。
ちょっと、勉強が手につかなくなりそうになったけど、でも、気を引き締める。大晦日は紅白の気に入ってるアーティストだけ聞いて、それ以外は、夕食を食べた後、百八の鐘が鳴り終わるまで勉強していた。
集中できるわけがなかった。でも、今日は、今日くらいはいいかなって思えた。頑張った、と胸を張れるひと月以上の間。鐘が響かなくなって、メールを送る。
『わかった、今日、十一時に、札幌駅の白い石の前に、行きます』
なかなか送信完了の文字が出ずに、なんだかもやもやしてしまう。幾人もの人がこのときにメールを送っているのだろう。そう考えると、なんだか、ちょっと腹が立つ。
送信完了の文字が出て、ホッとする。家族に会いに自室を出る。
「あけましておめでとう」
とわたしは言った。
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