第2話 アカネ 6

 今日は笑うと決めた。そんな私の合格祝いと朱音の退院祝い(おそらく後者の方がメインだと私は思っている)の日が来た。場所は札幌。今日も雪。

 家からの最寄の駅で朱音と落ち合う。

「退院おめでとう」

「ありがとう。凪も合格おめでとう」

「うん、ありがとう」

「それにしても、わたしより先に大学生になっちゃうのか。二年前にそれを言われても信じなかっただろうな」

「私もそうかな」

「びっくりだね」

「うん」

「もうすぐ電車くるし、ホームに行こう」

 ホームで待つ、空は厚い雲に覆われていて、しばらく雪もやみそうになかった。

「今日はもうすぐ四月だっていうのに、すごい雪が降ってるね」朱音が空を仰ぎながら言う。

「そうだね」

「これで降るのも最後かな」

「だといいな、雪かき面倒だもん」

「そうだね」

 少しして電車が来た。乗り込んで席に座る。ドアが閉まり、電車は加速する。雪が横に流れていくように見える。

「ずっと、謝ろうと思ってたんだよね」

「なにが」

「『たられば』を言っても仕方ないってわかってるけど、どうしても言わないと、って思ってさ。あそこで私が本を忘れなければ、あんなことにならなかったのかなってさ」

「かもしれないね」

「えっ」

「それは、そうかもしれないよね。凪があそこで本を忘れなければ、わたしは事故に会わなかったかもしれない。凪が責任を感じることもなかっただろうし、わたしは元気で、大学に通ってたかもしれない」

 朱音は一呼吸ついて、また話す。

「タケくんは凪の家庭教師をやることはなかったかもしれないし、凪がその後フラれて、落ち込むこともなかったかもしれない」

 つらいことを言ってくれる。泣かないと決意したはずなのに、涙が出てきそうになる。こらえる。

「でもさ、起きたことは仕方ない。タケくんは親切で凪の本をわたしに託してくれた。わたしは、凪のために、タケくんのために、わたしのために本を凪に届けた。その後に事故にあった。それだけ」

「でも、起きなかったらって思うと私は」

「そんなこともう考えなくてもいいじゃない、わたしはここにいるよ。起きたことに対する反省も大事だけど、わたしはいつも前を向いていたいなって思うよ。起きたことの後にできることをやればいいんじゃないのかな。だからね、もう、あのことで謝らなくていいから。まだ謝りたいならわたしは、ゆるすから。ゆるすからさ」

 思わず涙が流れていた、こらえられなかった。

「ありがとう、ゆるしてくれて」

「うん、ゆるすから。だから、前を向こう」

 電車はゆっくりと減速を始め、次の駅へ停車しようとしていた。横に流れているように強く吹き付けて降っているように見えていた雪は、縦に緩やかに、でも深々と降りつづいていた。

 退院、合格祝いが開かれた。朱音と私が主賓で、なのにもかかわらず、わたしはまだ高校生だから、朱音は退院したばかりだからとお酒は飲めず、朱音の同級生たち六人が楽しそうにお酒を飲み、会話していた。なんかずるい。

 でも、それは楽しく、そして朱音のクラスメイトだった彼らは、本当に本気で朱音のことを心配していたんだなって思えて、なんだか朱音がずるく思えた。一番つらかったのは朱音だというのに私は、なんなのだろう。

 それも終わり、先輩のアドレスくらい知っていても損ないでしょ、と言われ、みんなの連絡先を教えてもらい、わたしは、朱音と一緒に帰った。ところで彼らは二次会へと繰り越すらしい。もう主賓がいないのに元気だなあって思った。なお、タケルさんは私たちを送ろうとしてくれていたのだが、吉村さんに「朱音ちゃんたちはお酒も飲んでないし、まだ深夜でもないから大丈夫だから、お前は行くなこっち来い」と引きずられるように連れてかれていた。私たちは笑って、手を振って、そして帰った。


 入学の手続きを終え、必要そうなものをそろえると、少しだけ暇な日々を送り、あっという間に入学式となった。

 私くらいの年の人たちと共に、正門を抜ける。

 前を向いて、したたかに生きようかな。私は今から、したたかな人間だ。心の中で宣言したらなれるんじゃないかと思って。でも私にしたたかは向いてない気がするよ、やっぱり。

 それでも、それでも、私は、強くなりたいんだ。


第2話、終わり

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