第1話 冬、待ち合わせの約束 8

―*―*―

 電車に乗っていた。流れていく雪の景色はとても好きだ。心が洗われる気がする。車窓から見える白い景色が、後ろへ、後ろへと過ぎ去っていく。その景色は徐々に都会のものへと変わっていく。携帯音楽プレイヤーから流れる、さわやかなロックソングが心地よい。

 おととしの正月のことを思い出していた。

 あの時のみんなの願いが通じたから、相田さんは目を覚ましたのかな。そんなことを思っていた。

 病院に着く、相田さんの部屋へと向かう。会いに来て、なんてメールをもらっただけで固くなるなんて、という感じもするのだが、なんだか、ぎこちなくて。会いに行こう。部屋へと近づく。人にぶつかった。ごめんなさいと僕は謝る。相手はこちらも見ずに去っていった。でも気にしない。気にしてられない。ノックをする。はい、と返事が聞こえて僕は扉を開けた。

「あ。早いね。もうきたの」

 相田さんは少し嬉しそうに、そう言った。

「まあ、ね。ちょうどいい電車がこの時間だったから」

「そっか。でもなんかうれしいな。」

 相田さんはそこで雰囲気を変えて、言った。

「本当はおととしのこの日に言おうと思ってたんだけど」

 そう切り出した。僕は黙って聞く。

「受験の前に、言っておこうと思ってた。どうこたえられてもいいから。伝えてみたいと思ってた。気づいたら二年もたってたけど、わたしの中ではそうではないから。だから言おうと思う」

 僕は覚悟をした。

「わたしは」

――タケくんのこと、好きです。


 朱音さんを車いすに乗せて、広いところでみんなが揃うまで待っていた。

「あれって何て名前だか知ってる? あのよく待ち合わせにする白い石の名前」

「え、わかんない。タケくんは知ってるの?」

「いや、知らないけど」

「なんだ、知ってるのかと思った」

「どこにも書いてないから、穴の開いた白い石、でいいんじゃないのかな」

 そんな話をしていると、

「あ、きたきた、まりちゃんだ、うわーひさしぶりだ」

 と朱音さんが言った。僕は全然気づかなかったんだが。あれ、目、よかったっけ、朱音さん。

「まりちゃん、ちわっす!」

 元気に朱音さんが言った。あれ、こんなキャラ、だった気がするな。

「わあ、久しぶりだ、朱音、うわあ」

「え、どうしたの」

「なんかさ、久しぶりすぎてさ。泣きそうだわ」

 坂本さんは、少し目を赤くして、今にも泣きそうにそう言った。泣いている坂本さんは、あの正月の待ち合わせのときにも見なかったものだったから。それほど、感情を隠せないほど嬉しいのだろう。

「まりちゃん、泣かなくてもいいんじゃないかな。久しぶりに会っただけだし」

 坂本さんは、まだ落ち着くことができず、うまく話せていないようだった。

「こんなに、泣くことかな?」

「いや、坂本さんの気持ち、分かるよ。二年ぶりだっていうのに、ずっと寝てたっていうのに、朱音さん、ずっとこれだもん。態度がさ、冬休み中に友だちと会ってる、みたいな感じだからさ」

「まあ、私には二年経ったって実感、ないから、ね」

 相田さんはそう言った。坂本さんは朱音さんに抱きついた。

「本当に、心配してたんだよ、ほんとに。もう。よかった、よかったよ」

 本当にうれしそうにそう言った。朱音さんはちょっとバツが悪そうな顔をしていた。

 ふう、と坂本さんが息を吐いて、言った。

「ところで、タケくん、来るの早すぎじゃないかな、わたしが来たのもだいぶ早い時間だとおもうんだけどなー」

他人をからかう余裕ができてきたようで、ニヤニヤされる。

 時間は十三時四十分ちょっと前を指していた。

「……なんとなくかな」

 そう返事すると、

「それ、おととしと同じセリフじゃない」

「気にするな」

「じゃあ、朱音っちはどうしてそんなに早いと思う」

「え、なんでかな、えっと」

 その話題をふられるなんて全く考えてなかったようだった。

「まあ、いいよ、なんとなく分かるし」

 とてもニヤニヤしながら坂本さんは言っていた。

「え、ちょっと、え」

 朱音さんは一人でテンパっていた。かわいらしい。

 また少しして寺井がやってきた。

「よっす、うわあ、朱音さん久しぶりだあ。もう大丈夫なの」

「うん、大丈夫だよ。元気。自分じゃ歩けないけどね。久しぶりだね」

「やっぱり歩けないよなあ。こいつ歩けること前提にして、『初詣行こうよ』ってメール送ってきたからな」

 寺井がこっちを指さしながら言ってきた。うるさい、余計なお世話。僕は寺井にしかめっ面を見せてやった。

「でもね、全然久しぶりって感じしないんだよね」

「へえそうなんだ」

「おい、寺井。俺らにも久しぶりじゃなかったんかい」

「おっと、そうだったね、久しぶり、タケに坂本さん」

「そうだね、久しぶり。寺井君は関東の大学だっけ」

「ああ、東京に住んでる」

「うわ、すごいな」

「俺とは『励まそう会』以来だな」

「おい、黙ろうか」

「ごめんなさい」

 寺井の怒ったような声に僕はすぐ、にやけながらも謝った。朱音さんが首を少し傾けて聞いてきた。

「『はげまそうかい』って」

「ああ、それはね、こいつと斉とう……」

「うるさいぞお、黙ろうな、しめるぞ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 大きな声で謝った。

「ここ病院だから静かにしような」

「ごめんなさい」

 今度は小さな声で謝ってみた。

「まあ何のことかはわかったよ、朱音にはあとで教えるよ」

 坂本さんがそう言った。

「うえ、やっぱ知ってるか」

「まあね」

 Vサインをして、坂本さんはにこやかに言った。こわい。

「そういえば、いちると一緒にくると思ってた。って、そうか。そういうことね、『はげまそうかい』って」

 今、察したように相田さんが言った。

「え、いまのもしかしてわざと言ったの……ダメージが大きいんだけど」

「あ、いちるだ」

「え」

 相田さんの声に寺井が振り向いて、ちょっとバツが悪そうな顔をした。脅かして冗談で言った風に朱音さんは言ったが、それは嘘じゃなく本当にいたからだ。

「朱音、久しぶりね。やっぱり元気になったんだ、良かった。みんなも元気?」

 明るく斉藤さんがそう言った。

「まあね、こいつ以外は」

 と坂本さんは春人を指さしながらそう言った。

「え、どうしたの」

 ちょっと心配そうに斉藤さんが聞く。

「いや、なんでもないよ、なんでも」

「そうだ、いちる。寺井と別れちゃったの?」

「そうだね、別れたよ」

「うわーーーーー」

 と言って寺井が逃げて行った。おい、ここ病院だぞと言っていたのはお前じゃなかったのか……。

「あいつに、今日来ない雅人が乗り移ってるんじゃないか」

「そんな気がするね」

 と坂本さんが言った。

 寺井を連れ戻してきて(その途中で聞いたのだが、これは、こういう展開を迎えてときのために、そうなったらこうしておけと雅人から言われていたらしい。雅人、さすがとしか言えない)、みんなでカツオを待った。

 めずらしい。カツオが指定の時間になっても来ない。あいつは遅刻するようなやつじゃないから。

「カツオ、来ないな」

 寺井が言った。

「だね」

 斉藤さんがそう言う。

「まさか、さ」

 と相田さんが言う。

「大丈夫、そんなことはないよ」

 と坂本さんが言った。

 みんな、突然あった、あの事故の報告を思い出したのだろう。

 僕は何も言えなかった。

 と、カツオの姿が見えた。そして僕は驚く。なぜか隣に見覚えのある女の子がいる、どうしてだ。

「なんか、カツオ、隣に女子を連れてないか」

 と寺井が言った。それは見ればわかる。

 そして、みんなが隣の女の子を気にしているというのに、いつものような声のトーンでカツオは話しかけてきた。

「おっす。ひさしぶりだねえ。朱音さんは元気になってよかったよ」

「うん、ありがとう」

「で、春人に茉里さんも久しぶりだね」

「おう、久しぶり……」

「久しぶり、だね……」

 みんな、隣に知らない女の子がいるからひるんでしまってる。

「でさ、みんな気になってると思うんだけどさ。隣にいる女の子は誰なの」

 そうそう、って顔を春人と坂本さんはしていた。朱音さんは凪をじっと見ていた。

「ああ、そうだったね。さっきそこで会ったんだけど、水島凪さん」

 と凪をカツオはみんなに紹介した。

「あ、水島凪です。今、高三です。受験生です。えっと、あと、朱音の親友です」

 なんで凪がここにいるのか。

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