第1話 冬、待ち合わせの約束 6


 ----akane----

 目を覚ますと、天井は白かった。暗いがそれが分かった。周りを見渡す。病室だった。わたしに何本もの管がついていることを知る。そうか。ここは病室か。

 事故に巻き込まれたことを思い出す。そういえば、今はいつなのだろうか。凪は大丈夫なのだろうか。そんなに日が経ってなければいいな。そう思いつつ、ナースコールのボタンを探した。


 ―*―*―

 その帰り道だった。メールが届いた。差出人は凪。さっきのことかなと思う。

 ところが想像していたものと遥かに違うものであった。内容は相田さんが目を覚ましたというものだった。

 その日の僕は、もう考えることをやめていた。電話帳に登録されている限りの同じクラスだったやつのアドレス宛にその内容のメールを送り、家に着くと携帯電話の電源を落として寝たのだった。

 相田さんのことは好きだった。だからって、凪と付き合おうと決めた日にそういうことがあっていいのか。

 起きると十時をまわっていた。今日は何もない日。携帯の電源をいれる。メールが何通も来ていた。不在着信もあった。目を通す。


 相田さんが目を覚ましたってホント?


 朱音が起きたの!?


 高三のときの友だちからの文面を読む。その事実はとても嬉しいものであったし、そして僕の中の何かを傷つけた気がした。

 切り替える。

 すごい喜ばしいことじゃないか。返信しよう。


 ――本当に! じゃああの時のメンツで初詣、行けるかな?


 ---akane---

 あわただしかった。検査も受けたし、両親とも会話した。その日に友だちに会うことはできなかった。気にかかることは一つ。二年も経っていた。そして、ちょうど二年だった。

 わたしは筋肉が弱っているだけで、頭には全く影響なく、健康らしかった。自分自身がびっくりした。意外と人間は死ねないんだな、そう思う。

 そして今日、凪が来ると母が言っていた。それまでの間、そこにおいてくれた本を手に取る。そろそろ時間かな。

 コンコン。

「どうぞ」

 わたしは、強く声を出していった。

「失礼します」

 凪が言った言葉はどこかよそよそしくて、わたしは思わず月日が経ったことを感じてしまいそう。ドアが開いて現した凪の姿は、数日前に見たような気がする凪の姿からはずいぶんと大人びていて、不思議な感じを受けた。

「朱音……朱音だ、久しぶりって言った方がいいのかな」

 わたしは笑って応えよう。

「こんにちは、凪。久しぶり」

 凪は嬉しそうにわたしを見て笑った。わたしもなんだか嬉しかった。


 ―*―*―

 その約束を果たそう。そのために僕は六人にメールを送った。相田さん、カツオ、雅人、坂本さん、寺井に斉藤さん。文面は、


 title: 来年の初詣

 本文: みんなで来年の初詣に北海道神宮に行かないかい?


 シンプル・イズ・ベスト。みんな来れるだろうか。相田さんは来てくれないとこの企画が台無しになっちゃいそうだな。まあ、病院関係だったらあきらめるしかないだろう。雅人は東京の方の大学に行ってしまったから、帰ってきてたら、というところだろうか。そもそも、帰ってきていても用事があれば厳しいだろうな。坂本さんは、あ、彼女もそういえば関東の方なんだっけ。斉藤さんは同じ大学だから、まあ、北海道にはいるだろう。寺井は一浪して同じ大学受けたけどダメで関東の方の大学に行ってるんだっけ。

 いろんなことを考えて、本当に考えたほうがいいことから、目を背けているのは、自覚していた。ただ、まだ、あまり向き合いたくなかった。

 次の日までには五人から返事が来ていた。

『おっけー、いいね』はカツオ。

『そういうの提案するのはお前らしくないけど、そういうのいいよね。でも、行きたかったんだけど、バイトなんだ。どうしてもはずせなくて、北海道に帰ることもできんすまん』と、いつものメールより長めな雅人。

『おう、いいね、行くけど……いちるも誘ってるんだよな、ちょっと会いにくい、が朱音さんのためだもんな、行こう!』と寺井。

『いいね、いいね(^^) わたしは予定空いてるからいくよー。こじ開けてでもいくよー。わたしも朱音に会えるの楽しみだなー!』はクラスで朱音とおそらく一番良かっただろう坂本さん。

『久しぶりだね! いいね、予定は開けたから、行くよ』そういえば斉藤さんのアドレスは知ってたけど、直接メールしたの初めてかもしんない。

 そんな感じで連絡をもらった。ただ相田さんからは返ってきていない。まあ、手元に携帯電話がないのかもしれない。

 だから、直接会えるかな、と思って病院に行くことにした。今日は家庭教師をする日でもあった。もう冬休みということで、午後もまだ日の出てるうちに指導することになっていた。凪には朱音の病室にお見舞いに行ってから訪問することを伝えた。

 僕は家を出た。電車に乗って病院の最寄駅へと向かう。車窓の白い雪景色は、一昨年はとてつもなく冷たいものに思えたが、今日は輝いて、祝福してくれているような感じに思えた。


 病室のドアにをノックした。いつものように。そして、どうぞ、と返事が聞こえた。開けるといつも殺風景だった白い部屋には凪と相田さんがいた。

「おっす、久しぶり」

 僕は、とりあえずそう言ってみた。

「久しぶり、らしいね。わたしはそんな感覚ないんだけどね」

 相田さんは微笑んでそう言った。

「永井さん、こんにちは」

「おう、こんにちは」

 僕は凪を見て、そう答えた。目をそらさぬように。悟られぬように。何を。誰に。

 今日も雪が降っているので、ここの窓からは今日も白い景色が見える。

「なら、二年前から一瞬で今に来ちゃった感じなのかな」

「うん、そんな感じ、なのかな。そうだったら凪と同い年になっちゃうけどね」

 あはは、と相田さんは笑った。

「朱音はいつまでも私のお姉さんみたいな存在だから、同い年とかちょっと違和感があるかな」

 凪はそう言った。

 少し話をした。僕がどこの大学に行ったかとか、ほかのクラスメイトの進路。凪の家庭教師をやってて、何度もここに二人でお見舞いに来ていたこと。ほかにもいろいろ。つい最近の話は除いて。

 最後に、伝えないといけないことを話す。みんなとの約束。

「そういえば、メールを送ってたんだけど、きっとみれてないんだよね」

 僕は尋ねた。

「そう、だね。起きてから一度も携帯電話はみてないかな」

 相田さんはそう言った。

「じゃあ、ここで直接、言うね。あのとき、初詣に行こうって決めてたメンバーで、来年の元日に初詣に行こうって誘ったんだ。雅人は来れないんだけど。どう、来れるかな」

 相田さんは考えて、言った。

「むりだね」

 思っていた答えと違っていたから、少しの間、相田さんが何を言ったかが理解できていなかった。

「ごめんね」

 相田さんは、そう謝った。そういえば、よく考えれば、相田さんは二年間も動けてないから。

「歩くこともままならんのです」

 悔しそうに相田さんは言った。

「でもさ、メール、返信するから。待ってて」

「わかった。みんなにお詫び入れておくわ」

 僕は苦笑いをしてそう言った。相田さんも笑ってた。

 凪は、そのあと、ほとんど黙っていた。僕はどうやって凪に会話に混ざるように振ればいいか、その方法を思いつけず、もどかしかった。

 いや、混ざってほしくなかったのかもしれない。

 

 そのまま、凪とともに凪の家へ行った。これから授業である。家へ向かう途中で、

「朱音が元気になってよかった」

 と、少しさみしそうに凪は言った。僕は

「そうだな。よかったよ」

 と答えた。それでよかったかな。

 その日の夜から僕は実家に帰っていた。

 みんなにメールをした。相田さんは動けないから無理だったということを。そして、その代わりにみんなでお見舞いに行こうと。

 集合は相田さんの病院の最寄の駅。十四時にした。

 大晦日には相田さんからメールが届いた。ほかの五人にも同時送信で

『みんな、ありがとう。明日はよろしくね!

 でも、わたしには二年も経ってるようになって思えないんだよねー』

 そのメールの直後に受信した雅人からのメールには、全員宛で

『だから、おれは、行けないの! ごめんなさい北海道にいなくてごめんなさーーーーい! 帰った時はお土産をちゃんとあげまーーーーす。だからゆるして』

 と書いてあった。笑った。

 大晦日も午後五時を回って、テレビでは年またぎの特別番組が流れ始めた頃また、メールを受信した。相田さんからだった。

『来年の元日、一時間くらい早く私のところに来てくれませんか。』


 ---akane---

 送ってしまった。約束のメール。あとにはひけないや。一昨年も同じことを思った気がする。まあ一昨年と言っても実感はないのだけど。

 それにして、まる二年も寝ていてそんな時間が経った気がしないのは、わたしの意識がなかったからだろうとは思うが、眠り始めた日と起きた日が、季節が全く同じだったから。あまり違和感がなかった。だから、わたしが二十になったというのにはとても違和感がある。成人しちゃっていました。お酒も飲める!

 そんなわけで、わたしの気持ちは変わらないわけで、タケくんに一昨年した待ち合わせの約束と同じようなメールを送った。来てくれたら、嬉しい、かもしれない。

 二年前と比べていろんなことが変わってしまっているが、私は、間違いなく、そんなに変わっていないのだから。

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