第1話 冬、待ち合わせの約束 4


―*―*―

 凪は頑張っていた。正月が開けたらすぐ来るセンター試験への対策勉強だ。正直、僕が教えられることというのはほとんどないのだが。小問ごとに時間を測って採点、間違ったところへの対策。これを繰り返すしかない、と思っている。あと、基本事項のチェックを繰り返す。まあ、あくまで僕の勉強法だったものを彼女に押し付けている、と言えばそうなるだろう。

「よし、今回のこの分野は満点だったな、すばらしい」

「よかった。採点の間はドキドキしちゃうよ」

 落ち着きがなさそうに凪が言う。

「ばかいえ、本番のセンターの採点の時の緊張は俺も心臓がバクバクいってたぞ」

「やっぱり」

「まあね。でも俺は本番の試験中は、もうやることやったしなんでも来い、どんと来いって感じだったんだけどね」

 勉強は必ず身につくものではない、そしてそれは勉強だけではなくほかの様々なことについても通じていえる。そんなもので人によっては人生のほとんどすべてが決まってしまう人だっている、らしい。そんなことを思いながらした受験勉強はどんどんと嫌なものになった。それこそ何が正解かなんて誰にもわからない。

 凪は僕が進学した大学の判定を上げていって、受験前最後の模試ではついにB判定をとった。僕が彼女の家庭教師になったころはその北海道の国立大学は厳しい、というより実際にE判定をとっていたのに、よく大きく成績を伸ばしたものだ。彼女はバスケを中高とやっていたから、それをやめた分、勉強に回したら伸びたということなのだろう。まあ、やればできる子でいままでやらなかっただけなのかもしれない。

「なんか、いまなら受かる気がするんですよね」

 彼女は笑って言った。

「それは、なにかのフラグかな」

「なにいってるのさ、そんなに落ちて欲しいんですか」

 からかうように、でも楽しげに彼女は言う。追いつめられていない感じがいいと思う。

 突然彼女は言った。

「二十四日はなにか用事とかありますか」

 彼女はこちらを見ていない。僕は、答える。

「それは、なかなか辛辣な言葉、だな。僕には、彼女はいませんからね」

 そう言いつつ、去年のクリスマスを思い出す。


**☆**

 去年のクリスマスイブの日は、相田さんと最後に会話した日だった。そんなことを思い出して僕は待ち合わせの場所へと電車で移動していた。

 寒いのは嫌だが、この雪景色のこの景色はとても好きだ。なんか幻想的な気がしてならない。そういえば大学で知り合った友だちに、冬を舞台とした恋愛アドベンチャーなゲームをすごく押されていたなと思い出す。しまいには借りたが、なかなかよかった。こういったものに偏見を持っていたんだなあと実感させられた。

 流れていく雪景色が見られるなら、あまりにも寒すぎることを許してしまいたくなる。そう思っていた。

 目的の駅に着いてみて、その待ち合わせの場所、やはり白い石の前なのだが、人がたくさんいた。カップルがとても目につく。やっぱりクリスマスイブはすごいなと思いつつ僕も待つことにする。自分が遅れるのが嫌いだったから、十五分も前に着いてしまった。でもやはり早すぎたなと思う。

 持ってきた本を開いた。先ほどの友達に名作だと言われ、勧められたライトノベルを読む。お前はこういうの好きそうだもんな、と八冊渡されたそれはついに三巻目に入った。物語の中でのヒロインはとても厄介な病気にかかっていて、その女の子がいる病院に入院することになった主人公が女の子とふれあい過ごす日々を書いたものだ。この巻では男の子は女の子を自分の通っている学校へと連れ出していた。楽しそうに。

 ふと顔を上げると、待ち合わせの相手が歩いてこちらに向かっていることに気付いた、僕は手を振って呼ぶ。

「おい、凪。こっちだぞ」


 三日前のこと、家庭教師として凪の家で勉強を教えていて、時間が来たので授業を終わりにしようとしたときだった。

――凪をクリスマスイブに一緒に遊びに行こうと誘おう

 その突然の思い付きのようなものに僕は疑問を持つこともなく、拒否をすることもなく、尋ねていた。

「クリスマスイブ、予定がなければ遊びに行かないかい」

 聞いてから思うことはたくさんあった。例えば、凪に彼氏や好きな人がいないかどうかを聞いていない、僕はそもそも彼女のことがそこまで好きだっただろうか、そもそもクリスマスイブは僕の予定が空いていただろうかバイトとか入っていなかっただろうか。これを誘ってしまったがために、関係が大きく変わってしまうのではないか。

 相田さんのことはどうなのか。

 ちょっとの時間が経っていただろうか。聞かれた凪より聞いた僕の方が焦っている気がする。

「いいですよ、でもその日はもう冬休みですけど、部活が入ってるんで、四時くらいにならないと空いてないですね」

 にやけるように彼女が言った。そうして五時に札幌駅に待ち合わせることが決まった。


 このころになると、冬至も過ぎたばかりなので五時になるともう外は暗く、イルミネーションが光ってきれいに見える。その下を僕らは歩いて、食事ができるお店を探していた。

「すごいね、人がたくさんいるよ」

「まあ、それはそうなんじゃないかな。だって……クリスマスイブだし」

 言って照れくさく思う。やはりほかの人から見れば、カップルに見えてしまうのだろうか。

「やっぱり、私たちはカップルに見えるのかな」

 ドキッとした、心が読まれたのかと思った。

「なに、どうしたんですか。もしかして思ってたことを私が言っちゃったとかですか」

 また、動揺が顔に浮かんだのだろう。凪がにやっと笑って、言った。

「図星だったようですね」

 僕は苦笑いしかできなかった。

 カフェで夕食をとることにした。高い料理店など学生には不釣り合いだし、一人は高校生だし、そもそも、予約も何もしていない。

「一応、俺がおごるよ」

「私の指導料で、ですか」

 速攻でからかってきた。でも、そんな態度はこの場を幸せにしてくれる。

 話したことと言えば、小説の話だった。共に読んだことのある作品についてはその感想や考察のようなことを話した。

 そして、二人の共通の話題のもう一つといえば、相田さんなのであった。

「朱音は早く、目が覚めてくれるといいな」

「そうだな」

「そうなんですよ、だって朱音は……」

 そう言って凪は黙ってしまった。僕が言う。

「そういえばあの日ね、相田さんと待ち合わせの約束をしてたんだ。といっても、そのあとでほかの友だちと合流してみんなで合格祈願行くつもりだったんだけどね。あのとき、どうして相田さんが俺にそういう約束を取り付けたのか、とても気になってるんだよね」

「……そうなんですか」

「そうなんだ。だから、それも相田さんが目を覚ましたら聞きたいなって思ってる」

凪は少し上を向いてぼそっと言った。

「朱音は……にあの日……」

 とぎれとぎれに聞こえた凪の言葉に、僕は尋ねる。

「どうかした」

「いや、なんでもありませんよ」

 凪は少し笑ってそう言った。

 僕は相田さんの話を待っている。

 だから、この地に残ってしまった。

 そんなことのために、未来を大きく変えるなんて、と思いつつも、やはり、僕は彼女のことが好きだったから、そして、あの病室で凪と会ってしまったから。これを大切だと思ってしまったから。相田さんと凪をふいにしてしまいたくなくて、この地を出ることを捨てたのだ。


 十九時開演の映画は席が空いていたので、その映画を僕らは見て、お別れ、という雰囲気となった。駅の改札の前につく。

「今日は楽しかったです、ありがとうございます」

「いやいや。あ、そういえばクリスマスプレゼントあげるよ。と言っても、俺のオススメの小説だけどね」

「あ、わたしも持ってきました。って、二人とも小説持ってくるって変ですね。これ、読んでなければ幸いだけど」

 そう言って、交換して二人で袋を開ける。同じタイトルだったら笑えるな、と思った。互いにタイトルを確認して、出てきたものは幸いにも二人とも読んだことのないものだった。

 ありがとう、ありがとうございます。

 じゃあ、さようなら。うん、さよなら、またな。はい、また。

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