第1話 冬、待ち合わせの約束 3


***☆***

 あの日は十二月二十四日で二学期の終業式だった。そんなわけでクラス内の男子数人(うちほとんどは推薦で進学先が決まっていた)がクリスマスイブということで手作りのお菓子を配っていた。男どもから、男が作ったお菓子なんていらねーよと声が上がる。じゃあ、あげないよ、いや、くれるならもらうよ。そんな会話が聞こえてきた。振り返れば僕のクラスはイベント好きだったなと思う。

 そしてそんな日でも図書室は開いているわけで、食堂でカツオ、雅人で飯を食ってから図書館へ行くつもりだった。この日はそこそこすいていたので先に飯をとってから席を探していた。するとカツオが

「あそこにG組のメンツが何人か集合してるな、あそこに座ろう」

 と言ったのでそこに向かう。G組は僕らのクラスである。これで合わせて七人になった。

「うお、女の子三人に対して男子が四人もいるぞ、おい。誰かひとり男子、消えるべきだ」

 とかマヌケなことを雅人が言った。やつはムードメーカー的存在(?)だからいつもこんなことを言ってくれて場を盛り上げようとする。ありがたいことだ。

「じゃあ、お前がいなくなればいいんじゃないのか」と僕が告げる。

「ああ、なるほど、それでぴったりだなっておいおい」

 みんながくすっと笑い、楽しい雰囲気。

「そんなに僕がいなくなって欲しいっていうなら、じゃあお前は誰か気になっている人がいるっての、この朱音ちゃん、マリ、いちるちゃんの中で」

 僕は、まあ気になっている人はいるが、できるだけそれを表に出さず、

「さあ、どうでしょう」

 と言った。

「いちるは俺の彼女だかんな」

「知ってるようるさい」

 寺井春人の発言に対し、むくれたように雅人は返した。斉藤いちるは少し顔を赤くした。

「あららら、じゃあタケくんは、私たちは魅力的じゃないというのね、おろろ」

 坂本茉里は大げさな泣きまねをし、そして相田さんがそれに返答した。

「まあまあ、目の前のケーキでも食べて元気出しなさい」

「わーい、でもケーキは最後のとっておきです」

 小さなコントだった。でも、でもそれは楽しいもので、受験なんて雰囲気はどこかに行ったみたいで、すがすがしい感じだった。少なくとも僕には。

 全員が食べ終わってカツオが言った。

「このメンツでさ、合格祈願行こうよ、正月に。駅の白い岩に午後一時に集合な」

 みんなそれに賛成した。そういう日が、あってもいいなって思っていたからだろう。

 僕は、相田さんと一緒に出掛けられるチャンスが与えられたことを、嬉しく思っていた。


 僕らは食べ終わって彼ら+αで教室で自習をしていた。受験勉強、このすべての人が報われるわけではない非情な世界を生きる中で、漠然とした考えの中では最もこの世界に対する武器となる戦いの備えをした、と言ったら笑われるのだろうか。僕もよくわからない。でも勉強した。

 少し休憩したり、たまに友だちと話したり。でもしっかりと過ごしていた、と思う。

 僕はその日もギリギリまで学校に残らず、その時間のちょっと前で帰ることにした。家が遠いのでめったに最後までいることはない。ご飯を二十二時前には食べ終えたいとすると、そうなってしまう。おなかが減るし。

 帰り、電車に乗るとあの女の子が乗ってきて、空いていた席に座る。やはり本を手にしていたのだが、眠かったのか、本を手に寝てしまった。僕は古文の単語帳を開く。いまさらながらという感じだが、古文はセンター試験だけのつもりなので一気に詰め込むのだ。眠い。

 その女の子が降りる駅が近づいて、なお寝てる。でも、声をかけるわけもなく起きるだろうと思っていた。駅に着く。ほら、やっぱり起きた。彼女は慌てて鞄を手にして降りていった。そのとき、僕は彼女が読んでいた本が座席のそばに落ちていたことに気付く。思わず立ち上がり本を拾い、電車を降りた。

 彼女を探そうとした。降りたところで電車のドアが閉まり電車が動き出した、そして彼女は見当たらなかった。いったい自分は何をやってるのか、そんなことを思った。

 手持無沙汰にその本のタイトルを見てしまった。僕の読んだことのある、そして好きな作家さんの恋愛小説だった。好きなシーンがあるのでそこを開こうとする。しおりはその前に挟まっていた。ベンチに座ってそこのシーンを読んでいた。何分経ったか。一通りそのシーンを読み終え、我に返る。僕は人の読んでいる本がなにかを確認するなんて、何をやっているのかと思った。そしてなんで読んでたんだろう。

 そこで次の電車がやってきた。乗らなきゃ、と思ったが本を駅員さんに渡してなかったなと思い、その電車を見過ごす。すると、相田さんがいた。少し驚いてしまった。

「え、あれ、タケくんはなんでそんなところにいるの」

「えっと、電車でこの本を拾ったんだ。女の子の忘れものっぽいんだけど」

 着ていた制服の高校の名前と背格好まで言ってみた。同じ駅で乗り降りする人なら知ってるかもと思って。

 すると彼女は、ああと納得するように、

「あ、それ凪かもしれない、私の幼馴染なんだ。確か、その本の作家が気に入ったってこの前言ってたし。家も近いから今日、渡すよ。違ったら、明日の朝にでも駅員さんに預けておくから」

「ありがとう。その子と知り合いだったんだ」

「そうだね。じゃあ、私は行くね。元日はよろしくお願いね」

「うん、わかった」

「よいお年を」

「よいお年を」

 そう言って別れた。それ以来、まだ彼女と話をしていない。僕たちにとって、全くよいお年になんかならなかった。

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