第三話 心残りは
「天の扉が……えーっと、輝いた、悪魔を……違うな、悪魔たちか。悪魔たちを照らすと、悪魔たちは……?」
「貸してください」
昼食後のこと。居間で一人読書をしていた所、突然背後から現れたララが僕から本を取り上げた。そして僕が読み進めていた辺りに目を向けると、流暢に読み上げ始める。
「星の扉が輝いて悪魔たちを照らし出すと、悪魔たちは口々に反省の言葉を吐き始めました。しかし、もう遅かったのです。悪魔たちの体は扉に次々と吸い込まれてゆきました」
ララは本から顔を上げると、僕の方を見た。
「ノブヒロさん、最近熱心ですね」
「そうかな」
僕はララの手にある本に目を落とす。
これは北星教の聖典から要所を抜粋し、子供向けに噛み砕いて書き直された物だ。この町の教会で貸し出されている蔵書の一冊である。僕でも辛うじて読み進めることが出来る程度には平易な表現で書かれていて、挿絵も多い。
「聖都の一件からですね」
「……まあ、色々気になることはあったからね」
数週間前のことだ。僕らは聖都にて北星教会の暗殺集団である、つるぎ座の使徒に命を狙われた。王宮をも巻き込んだ激闘の果てに、僕らはなんとか生き残ることができた。
この事件はつるぎ座の使徒単独での暴走により起こったものであり、事件後の教会と深刻な対立に陥る事態は避けられた。しかし、この事件をきっかけに、僕は思いもよらない事実を知ることになったのだ。
「地獄に墜ちた悪魔たち」
ララがそう呟きながら、本の挿絵を指でなぞった。醜悪さを強調して描かれた悪魔が苦しみながら光の渦に飲み込まれてゆくことろだ。勧善懲悪の色がとても濃い。
「僕に似てると思う?」
「いいえ、全然。この絵は差し替えてもらうべきですね。ノブヒロさんもモモカさんも、こんな顔してませんよ」
判明した事実。それは僕ら異世界転移者たちのルーツだ。なんと、僕らが元いた世界は北星教が言うところの地獄であるというのだ。
北星教の聖典によれば、遥か昔に莫大な魔力を持った悪魔たちが星座の神によって魔法の知識を取り上げられ、地獄へ堕とされたとされている。そして、その子孫が僕らだというわけだ。つまり、僕らは北星教にとっての悪魔ということになる。
魔法文明を忘れさせられ、それでも莫大な魔力だけは持ったまま脈々と血を繋いできた悪魔。それが今、地獄から舞い戻ってここにいる。
「帰る方法。どう思いましたか?」
「正直、目の前に出された瞬間はちょっと迷った」
「普通は迷いなく飛びつく話だと思いましたけどね」
教会が提示してくれた、元の世界へ戻る方法。それはフェアトラの遺産を使って、とびら座の神を喚び降ろすことだった。
「ただ、実際に行うのは難しそうですね。方法がフェアトラの遺産しかないとなると、フェアトラ復権会との接触は避けられませんし。そもそも起動できるかも分からない」
「向こうは僕の命が欲しいらしいしな」
「かんおけ座でしたか。復権どころか復活を狙ってるとは思いませんでした」
困ったことに、フェアトラ復権会は僕ら異世界転移者の命が目的らしいという話だ。
北星教会の見立てでは、フェアトラ復権会はかんおけ座の神を喚び降ろすことでフェイス・フェアトラの復活を目論んでいるらしく、そのために必要なのが悪魔の生け贄とのことだった。
当然、このことはルルとララ、それに師匠にも相談した。しかし、僕の方から積極的に出来ることはないという結論に落ち着いた。なるべくフェアトラ復権会には関わらないようにするしかない。しかし、それは唯一の帰還方法であるフェアトラの遺産から距離を置くことを意味していた。
「いずれにせよ、もっと詳しく調べたいなら大きな街に行った方がいいでしょう。都会に出れば図書館がありますし、教会の蔵書も多いですよ」
「聖都でもっと調べてきたら良かったな。あそこ以上に詳しい場所ないだろ」
「確かにそうですね。でも、あの戦いの後でもう一仕事する気分になれましたか?」
「いや、無理だな」
僕は苦笑いして答えた。聖都は北星教の総本山だし、北星教の偉い人にも会った。調べごとをするにはまたとないチャンスだったが、命懸けの戦いを経た後となると話は別だ。
僕は本に目を落とし、言った。
「教会の話が本当なら、とんでもない世代を超えて里帰りしてるんだよな、僕らって。ここが故郷って感じは全く無いけど」
「どっちが住みやすいですか?」
「住みやすさだけなら断然向こうかな」
「そういえば、そちらでの暮らしを詳しく聞いたことありませんでしたね」
「わたしも聞きたいです」
振り返ると、ルルと師匠が立っていた。ルルの手にはトレーがあり、人数分のお茶が注がれたカップがある。食後のティータイムらしい。
お茶をそれぞれの席に配り、二人が着席する。
「おじさまの国はどんなところだったんですか?」
「なんて言ったらいいんだろうな。学都をさらに凄くしたような感じって言えばいいのか」
「それだけ聞くと最悪ですね」
まあ、ララからすればそうだろうな。僕は苦笑いしつつ話を続けた。
「便利なことは色々と多かったよ。例えば――」
僕は思いつくままに現代日本にあったテクノロジーを羅列していった。
正確かつ高速の鉄道網。整備された道路。電気や水道の普及。どこにでも物が届く通信販売。情報が飛び交うインターネット。目まぐるしい早さで提供される多様な娯楽。品揃え豊富なコンビニ。便利で自動化された家電の数々。
僕の稚拙な説明でどこまで通じたかは分からないが、ルルは時に驚き、時に質問を投げかけながら、相槌を交えてニコニコと話を聞いてくれた。一方のララは特に表情を変えずにこう言った。
「そんなに良いところなら、私も一度行ってみたいですね。帰ってこられるならですけど」
「やっぱ帰りたいって思うのが普通だよなぁ」
ポラニア王国は良いところだと思う。しかし、ここにはコンビニもインターネットも無いし、娯楽にも乏しい。電気や水道の整備が進んでいるのは一部の大都市限定だ。最も発展している学都に関しては部分的に勝負できるところがあるかも知れないが、やっぱり現代日本のほうが遥かに良い。ついでに言えば魔物もいない。
それでも、僕は今の生活が気に入っている。
ルルとララと師匠、みんなでお昼を食べる。食後にこうして会話したり、仕事として地域の魔物を駆除したり、師匠に叱られたり、ルルの実験的な魔籠に驚かされたり、ララの訓練に付き合わされたり。いろいろと充実した日々だ。
日本にいた頃だったらどうだろうか。
休日はコンビニで買った弁当かパンを一人で食べながらスマホで動画サイトを開き、だらだらと観ていたらいつの間にか夕方。そんなことの連続だったろう。
もちろんこれは僕個人のせいであって、断じて世界のせいではない。それでも、ここで暮らしていると本当の居場所というものについて考えるようになる。
「僕がおかしいのかな、やっぱり」
「便利なこと以外に恋しいものはないんですか? 何の準備もなくこんな所まで飛ばされたら、向こうの世界に色々とやり残したこともあるのでは?」
「そう言われてもな……」
すぐに思い浮かばない時点で結果は知れている。何かをやり残したと思えるほど充実した生活を送っていなかっただけだ。
「漫然と生きてきたのだろう。聞かずともわかるわ。最初に会った頃からそうだったからな」
今まで黙ってお茶を飲んでいた師匠が言った。正直、その通りだ。ぐうの音も出ない。
僕の横でルルだけが慰めるように笑いかけてくれたが、苦笑いになっていた。ここにいる仲間たちは僕から見て人生が眩しすぎる。
「それは贅沢な悩みだねぇ」
唐突に声がした。ルルでもララでもない。何だかとても久しぶりに聞く声。
全員揃って玄関の方を向く。
いつの間にやら開け放たれた扉。そこにもたれるようにして一人の少女が立っていた。
姿を見たのはいつぶりだろうか。その少女は本来こんな場所にいるはずのない人物、南桃花だった。
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