第四話 意外な訪問者

「モモカさん!」


 ルルが跳ねるように立ち上がり、真っ先に驚きの声を上げた。ララは無言のまま目を見開いている。


「やっほ。ルルちゃんとノブヒロさんは久しぶり! ララちゃんはこないだぶりだね!」

「い、一体どうしたんですか? っていうか、どうやって来たっていうか……大丈夫なんですか?」


 ルルが慌てふためき、半ば混乱しながら質問を重ねる。


「住所はリンデンさんから聞いてたからさ、遊びに来ちゃった」

「ええっと、そうじゃなくって……!」


 ルルが混乱に陥るのも当然だ。

 桃花は僕と同じく日本からやってきた異世界転移者の一人だ。しかし、桃花はこちらの世界での行動に重大な制限がかけられている。何故こんなところにいるのだろうか。

 桃花の体は日本の現代医療では根治不可能な病気に冒されており、それを学都のアカデミーが開発したスターゲイザーという強力な魔籠で抑え込んでいる状態だ。ある意味で、異世界転移によって命を繋いだとも言える。

 このスターゲイザーは最新の魔籠技術がこれでもかと詰め込まれた傑作なのだが、あまりにも巨大故に学都から動かすことができない。よって、桃花の行動範囲もその効果が及ぶ学都周辺に限定されているはずだ。


「リンデンのところの学生か」


 呟いたのは師匠だった。


「そうです。あなたがルルちゃんのお師匠さんですね? はじめまして、南桃花って言います。ララちゃんルルちゃんとはお友達です。いきなりですみませんけど、お邪魔しますね」


 師匠はなんとも言えない唸り声のようなものをあげたが、桃花は返事を待たずに構わず上がってくると空いている席に着いた。師匠は押しが強いタイプの相手は苦手なのだろうか。


「それでねー、どうやってここまで来たかと言うと……」


 桃花はそう言いながら胸元から何かを取り出した。ブラウスの中に隠されていたそれは一つのペンダントだ。細いチェーンの先で濃紺の宝石らしきものが煌めいている。


「これのおかげなんだ。見ててね」


 そう言って桃花がその宝石を指で突くと、青い輝きとともに小さな星座の群れが展開した。それはまるで個人用のプラネタリウムだった。桃花の周囲を取り囲むようにして現れたそれは、いつかの日に学都の地下で見たスターゲイザーのミニチュアのように見えた。


「実は持ち運べるくらいの小型版が出来たんだよ。といっても、ごっっっっそり機能を削った超縮小版の試験機だから、できないことも多いんだけどね」


 しばらく見ないうちにアカデミーの技術は進みまくっていたらしい。驚きと共に、桃花の待遇改善が忘れられていないことに安堵も覚える。

 桃花がもう一度ペンダントに触れると、星々は宝石の中へと戻っていった。


「これの試験ってことにして出てきたの。もっともらしい理由つけなきゃろくに街から出られないんだから、ホントめんどくさいよね」

「モモカさんは街のインフラと化していますし、仕方ないかと。むしろ、よく許可が出ましたね」


 ララが明快な理由を言った。

 桃花が操るスターゲイザーは学都周辺に設置された多数の魔籠と連携しており、都市機能の制御や魔物の駆除にも利用されていると聞いていた。スターゲイザーは桃花の魔力を源にして動いているはずだから、そこは気になるところだ。

 僕は尋ねた。


「桃花ちゃん無しで、今って学都はどうなってるの?」

「ちょっと不便になってる。街の人たちには、魔籠のメンテナンスってことで発表されてるみたいだね」

「そこはどうにもならなかったんだな……」

「さすがにね。でも最近は魔物の被害もなくなってきてるし、ちゃんと安全を確認して出かけてきてるから安心してね」

「そっか。何にしても、出歩けるようになって良かったと思うよ」

「だよね。ありがとう!」


 アカデミーでは二年間も地下のベッドに束縛されていた桃花だ。少しずつ自由を取り戻しているのは嬉しいことに違いない。


「遥々遠くまでご苦労なことですが、ここらは遊べる場所なんて何もありませんよ」

「いいよ。みんなの顔が見えたからね」

「モモカさん、今日は泊まっていきますか?」


 ルルが泊まって欲しそうな顔で言った。


「お師匠さま、いいですよね?」

「……好きにしろ」


 師匠が若干投げやり気味に言った。騒がしいのは嫌いだろうけど、まあ断りにくいよな。


「ホントですか? やった! では遠慮なく、お世話になりますねっ」


 最初からそのつもりで来ていたことはルル以外の誰もが一瞬で察知できただろう。ルルが楽しそうなので、何も問題ないけど。


          *


 浴室からはキャイキャイと賑やかな声が聞こえてくる。そのほとんどはルルと桃花のものだ。

 この家の風呂は三人も入れるほど広くないとララは言い張ったが、ルルを味方にした桃花は強かった。半ば強引に連れ込まれていったララの苦悶が思いやられる。

 その後しばらくして、浴室からホクホクに温まった三人が出てきた。ララだけが入浴前よりも疲れて見えるのは気のせいではないだろう。


「もう寝ます……。おやすみなさい」

「お、お疲れさま。おやすみ」


 早々に寝室へ逃げ込んでゆくララの背に労いと挨拶を投げかけた。ルルも後に続いて寝室へ消えていった。


「この後はルルちゃんとララちゃんの間に挟まって寝るの」


 残った桃花がタオルで髪を拭きながら楽しそうに言う。どうやらララの試練はまだまだ続くらしい。

 僕もさっさと風呂を済ませようと立ち上がったところで、桃花から声がかかった。


「あ、ノブヒロさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、工都って知ってる?」

「確か、国で一番北の大都市だよね。行ったことはないけど知ってるよ」

「お仕事でそこに行くことになってるんだけど、みんなも一緒にどうかなって思って。三日後くらいには出なきゃなんだけど」

「仕事?」

「うん。これを作るのに協力してくれた先生の手伝いなんだ」


 そう言って、桃花はペンダント型の携帯スターゲイザーを指し示した。


「外出許可が出た理由も、これが作られたのも、本当はそっちがメインなんだよね。でも折角出られるんだし、わがまま言って遊びに来たの」

「そうだったんだ」


 学都という街は、遊びたいというだけで出してくれるような場所じゃないのは僕にも分かるので、すぐに納得できた。


「それでね、工都での仕事が終わったらついでに観光しようと思ってるの。ララちゃんは観光向きの街じゃないって言ってたんだけど、せっかく他の街に行くんだから私は見てみたい。あっ、急な話だし、もちろん無理しなくていいからね」

「僕はいいけど、そういうことならルルとララにも聞いておきたいな」

「さっきお風呂で聞いたよ。ふたりとも行けるって言ってた。あとはお師匠さんかな。忙しくなければぜひ一緒に」

「分かった。後で誘ってみるよ」

「ありがとう。よろしくね! それじゃ、おやすみなさい」


 桃花は立ち上がると、ルルたちの寝室へ入って行った。


 工都か。名前だけは知っている、ポラニア王国六大都市のひとつであり、その中で最北に建てられた工業の街だ。

 僕が工都について知っている情報はそのくらい。仕事であちこち飛び回っていたララは行ったことがあるのだろう。話を聞いてみてもいいかもしれない。


「何にしても、今度こそ普通に観光できたら良いな」


 遠出をする度、大事件に巻き込まれてきた僕らである。そろそろ何事もない平和な旅を楽しんでみたいものだ。

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