幕間 - こぼれ話

学都に遊びに来ませんか?(一)

 一人で列車に乗るのは久しぶりだった。最近はどの街へ行くのもルルと信弘が一緒だったので、誰とも話さず静かに座席に座っているのは不思議な気分だと、ララは思った。

 ララ一人の旅なのに、今回も列車は一等車だ。当然支払いもララではない。車窓の外、平原の先に近づいてくる灰色の高い壁を一瞥した後、ララは手紙に目を落とす。送り主の欄にはギュルレト魔法アカデミーの名と共に、ポラニアの文字で南桃花と書かれていた。


 数日前に届いたこの手紙には三枚の乗車券と共に、学都へ遊びに来ないかという招待の文言が添えられていた。当然ルルは大はしゃぎで支度を始めたのだが、残念なことに出発前日になって酷い風邪をひいてしまったのだ。しかも、信弘共々。


 師匠は「愚かな奴らめ」などと呆れながら治癒魔法をかけてくれたが、さすがに即座に治るものではない。そもそも、師匠に言わせれば怪我と病気では治癒魔法のかけ方も効き方も全く違うらしく、学都行きは諦めて大人しく寝ていろとのことだった。治癒関連は極めて専門性の高い魔法であり、黙って従うのが得策だとララは納得した。ルルはこの世が終わったかのような絶望の表情を浮かべてうなされていた。


 結局、健康なララ一人で学都へ行く旨、出発前日に手紙で返信した。ルルの無念もしっかりと書き連ねておいたので気持ちは伝わるだろう。病に伏せった二人の分まで挨拶してくると約束し、ララは一人で出かけてきた。


 列車は壁を潜って学都へと入った。あまり好きではない大都市の景色が目の前に広がる。ララは手紙を仕舞って降車の準備を始めるのだった。


          *


 忙しなく走る者、和やかに談笑する者、試験か課題に追われているのか険しい顔の者。様々な学生が行き来する敷地に到着した。学都で最高の、ひいてはポラニア王国で最高の学力を誇る魔法学院、ギュルレト魔法アカデミーだ。


 以前来た時は桃花と激闘を繰り広げた戦場である。いや、激闘だと思っていたのはララの方だけで、実際は片手で軽くひねり潰されたと言うべきだ。ギュルレトが作り出した最強のゴーレムであるスターゲイザーを自在に操る桃花の前に、ハンターアデプトのララは文字通り手も足も出なかった。

 初めて敵の前に膝を折ったララであったが、ララが全力で戦いに望むことすら敵の目的の一つであったことには言葉も無かった。最初から最後まで、関係者全員が桃花の掌の上だったという衝撃は、むしろララを少し晴れやかな気持ちにしたかも知れない。


「待ち合わせは、あそこか……」


 見上げた先は学都で最も高いギュルレトの中央棟だ。屋上には学生に人気の食堂がある場所であり、先の戦いの中心地。一時は戦いによってボロボロになっていたが、すっかり直ったようだ。


 ちょうど昼休みに入ったところで、屋上の学食は賑わっていた。冬は冷えるので少しは空いているかと思ったが、あまり関係ないようだ。

 席は確保してあると書かれていたので指定された場所まで行くと、予約済みのプレートが置かれた席を見つけた。端の方の眺めの良い場所だった。何らかの特権を使ったのだろうか。


「おまたせっ」


 声のした方を向くと、そこに南桃花がいた。信弘と同じく異世界から来たという少女で、ララよりも少し年上だ。


「こんにちは」

「見て見て! どう? 似合ってるでしょ」


 挨拶もそこそこに、桃花はその場でくるりと身体を回して服の感想を求めてきた。

 桃花が着ていたのはギュルレト魔法アカデミーの制服だった。この魔法学院は私服が許可されているので制服の利用者は少数派だ。深い紅色の外套は冬用で生地は厚め、同じく赤系統のネクタイとチェック柄スカートが桃花の動きに合わせてふわりと揺れた。スカートは規格より少し短く、ネクタイも緩く着崩されていた。


「そうですね。似合ってます」

「お世辞っぽい」

「お世辞です」

「だよね。興味なさそうだし」


 桃花は特に気にした様子もなく言うと、ララの向かいに腰掛けた。


「ごめんね。ホントは駅まで迎えに行きたかったんだけど、直前まで講義だったからさ」

「別に構いませんよ。というか、それ気にするくらいなら休みの日に呼んでくれたら良かったじゃないですか」

「それじゃ学食開いてないじゃん。約束したでしょ」

「そういえば、そうでしたね」


 ここが直ったら一緒に食事をしようと言われていたことを思い出した。別れ際の挨拶と思っていたが、どうやら本気だったらしい。


 その後、二人はそれぞれ食事を注文し、食べながら話を続けた。


「ルルちゃんも信弘さんも来られなくて残念」

「私だけで申し訳ないですね。二人からもよろしく伝えてくれと言われています。とても残念そうでしたよ」

「ありがと。まあ、一番近況を知りたかったのはララちゃんだし、いいかな。その後はどう? 何か変わったこととかあった?」


 フォークにパスタを巻き付けながら桃花が問う。ララは最近の記憶を辿り、前回桃花と別れてから起こったことを順に答えた。


「そうですね、今年の北星祭で、お姉ちゃんが第三王子に結婚を申し込まれました。それから、海都で星座の神が降臨して、お姉ちゃんがセレスティアルアデプトを授与されて、その後は北星教会の暗殺部隊から襲撃を受けましたが、何とか生き残りました」

「……ごめん、ちょっとよく分からなかったんだけど。ん?」

「そのまんまですよ」


 ララの言葉を聞いた桃花は、フォークを置いて小さく溜息をついた後、しみじみと言った。


「なんていうか……この街で起きた事件なんて、ララちゃんたちにとっては大した出来事じゃなかったのかなって、そう思えてきたよ」

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