第三十九話 星蒔く街を後に

 聖都での思い出が戦いばかりというのはあまりにも寂しいということで、帰りの列車が出るまでに少しだけ街を見て回ることになった。

 ハリウスは教会の仕事があり、フロド王子も話し合いに向けての準備に追われているため、僕とルルとララだけのささやかな観光だ。


 同じ景色を見ていても、こころが落ち着いているだけで大きく違って見える。誰に追われることもなく見て回る聖都は綺麗だった。今は昼なので名物の星蒔きは無いが、全体が白く染まった大都市も壮観だ。


「どれにしようかなあ」


 立ち寄った雑貨屋でルルが商品棚を前に悩んでいる。棚には大小様々、色合いも様々な蝋燭がズラリと並んでいる。香りがついている物や、火の色が変わる物など、変わり種もあるようだ。


「色が変わるやつにしようかな。フロドさんが見せてくれたの綺麗だったし」


 ルルが一つの商品を手に取って言う。そういえばフロド王子の部屋で蝋燭を囲んで二人で話していたな。何を話していたのかは詳しくは知らないが、ルルの秘密兵器の件のこともあるし、大切な相談が出来る人が増えたのは良いことだと改めて思う。


 悩んだ末、最終的にルルとララはそれぞれ色違いの蝋燭を買った。それから、僕とルルとララ三人お揃いで星数珠を買った。北星教でお祈りをする時や祭事ではよく使う物のようだし、ここで生活するならば礼儀として僕も一つくらい持っていた方がいいだろう。


 店を出て、買ったばかりの星数珠を見ながら思う。これから暮らす上で必要だろうと考えて、僕はこれを買った。そのこと自体、僕が日本での生活よりもこちらの生活に心が傾いていることを強く表している。

 帰らないと明言したわけではないし、日本が嫌いなわけでもない。しかし、ふとした瞬間に出てくる決断や行動は、全て僕がここに留まることを前提としたものだった。ハリウスから聞いた話を聞く限り、僕が日本に帰るならばフェアトラ復権会との衝突は不可避だ。いつまでも答えをはぐらかしている場合ではないのかも知れない。


          *


 短い観光も終わり、いよいよ列車の時間になった。奇跡的に今も天気は良い。列車の運行に支障は無いだろう。

 僕らは雪の積もった街路を抜け、駅へと辿り着いた。列車は既に止まっており、続々と乗客たちが乗り込んで行く。帰りの切符もフロド王子が手配してくれているので、僕らもあとは乗り込むだけだ。


 僕らが乗降口に向かっていると、後ろからバタバタと慌ただしく駆ける音が聞こえてきた。


「ルルさん!」


 僕らが声に振り向くと、息を切らせたフロド王子とテイラーさんがいた。


「あれ、お仕事があるんじゃ」

「何とか時間を作って見送りに来たよ」


 驚いて聞くルルに、フロド王子は息苦しそうに笑いながら答えた。本当にギリギリの時間を作って走ってきたようだ。


「誕生パーティーでのことから、君には……いや君たちにはずっと迷惑をかけっぱなしだったね。本当に申し訳ないよ」

「そんな。むしろ巻き込んでしまったのはわたしです。それに、無理も聞いてもらって」

「そのことだって、最後に何とかしたのは君自身だ。マニベル大煌のことも、ご両親のこともね。最初から最後まで君が自分で決めたんだ。僕はほんの少し手伝っただけだよ」


 フロド王子は一気に謙遜の言葉を述べた後、言った。


「来年もきっと聖都で星蒔きを見よう」

「はい」

「私もご一緒しますが」

「あ、ああ。もちろんだよ……」


 ずいと割り込んできたララに引き気味になりながら答えるフロド王子。いつも通りのやりとりで妙な安心感がある。


 そろそろ発車の時間のようだ。

 車掌が駅にいる人たちへ向けて乗車を促し始めた。僕らも順に乗降口へと向かう。ルルとララを先に進ませてから僕も続いて乗り込んだ時、フロド王子から声がかかった。


「イマガワさん」


 僕が振り向くと、フロド王子が真剣な表情で車上の僕を見上げていた。


「貴方がどんな世界から来たか僕は知りません。それでも、貴方がどんな人間かは分かっているつもりです。教会の言ったことなど、どうか気にせずに。貴方の生き方は貴方が決めてください」

「もちろん。お互い、手本が近くにいて良かった」

「ええ。本当ですね」


 フロド王子はそう言うと、僕の後ろにいるルルの方へと少し視線を送った。ルルにはいつも助けてもらいっぱなしだが、それは魔籠のことばかりではない。彼もそれは同じらしい。


「それでは、お元気で」


 最後に挨拶を交わしたところで、列車は動き始めた。晴れ渡る空の下、眩い雪原へと列車が駆け出す。手を振るフロド王子と、綺麗なお辞儀で見送るテイラーさんは遙か後ろへ流れていった。


 この旅では多くのことが起こった。ルルの家族のこと。教会と王宮のこと。そして、悪魔と地獄のこと。僕自身のこれからについても、大きく変わる時が来ているのかも知れない。



 断魔の星剣編 完

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