第三十八話 理由

 全体に雪が降り積もった広い中庭は、晴れ渡った空からの光で眩く輝いていた。

 僕らは十三星座教会の中庭に出ていた。本来ならば一般開放されていない場所だそうだが、ハリウスが通してくれた。今だけ特別だ。

 その特別な空間に、きゃいきゃいと楽しそうな声が響いている。人数に比して広すぎる、そして荘厳すぎる空間を贅沢に使って、ルルとララが雪合戦に興じているところだ。危機と緊張を脱し、ずっと抱えてきた問題にも一つの答えを出したルル。年相応の笑顔ではしゃぎまわるその姿からは明るい開放感がこれでもかと発散されていた。

 フロド王子が「僕も」と混ざりに行こうとしたが、ララから身の丈サイズの巨大雪玉をお見舞いされてトボトボ帰ってきた。ちょっと可哀想だ。


 雪合戦に混ざるほどの元気はないし、フロド王子の二の舞も嫌なので、僕は端っこの椅子にハリウスとフロド王子と共に腰掛けて観戦している。見ているだけで元気が出るから、これでいい。


「元気そうだな」


 ハリウスが呟いた。


「一時はどうなることかと思いましたけどね。もうやってほしくないです」

「あれを使ったんですね」


 動き回るルルを目で追いながら、フロド王子が言った。


「やっぱり王都のあれって」

「ええ。秘密にするようにと厳命されていました。特に貴方とララさんにはね」


 王宮でルルがこそこそと内緒話をしていたこと、そして宿からフロド王子と共に出かけていったこと。身体に仕込んだ魔籠はやはりあの時のものだ。王宮での危機的状況が、ルルにそれを決断させたのだろうか。


「絶対に止められるからと。もちろん、僕も止めたんですけどね。でも最終的には折れました。どうにもならない最後の手段にすることという条件で」

「ルルは言っても止まらないから仕方ないね。それもいいところだと思うけど」

「同感です。だから、ルルさんはあのままでいい。そして、僕はその助けで在りたい」


 一昨日に僕がテイラーさんに話したことと同じようなことを言うフロド王子。やっぱり思うことは同じなんだな。ルルの生き方は見ていて応援したくなる。


「さて、名残惜しいけど僕は行かなければ」


 フロド王子が立ち上がって言った。


「王都から役人たちが来て、今回の事件について教会と詳しい話し合いがあるんです。さすがに僕一人だけで決められる範囲を超えてしまったので。その準備をしなくては」


 怪我こそなかったものの、フロド王子も当事者として振り回されたのに大変なことだ。彼も歳の割に非常な苦労人だろう。そういう点でもルルとは色々と通じ合えそうに思える。


「では。間に合えば帰りの列車には見送りに行きますよ」


 フロド王子は楽しそうに遊ぶルルたちに視線を送った後、教会建屋の中へと戻っていった。


「嬢ちゃんの心配も結構だが、あんた自身はどうなんだ」


 フロド王子の姿が見えなくなるのを待ったかのように、ハリウスが言った。


「元の世界に帰るならフェアトラの遺産が要るんだろ。しかも、それはフェアトラ復権会が持ってる可能性が高い」

「そうなんですか?」

「これ、あんたも持ってるんじゃないか?」


 そう言ってハリウスが懐から取り出したのは、文庫本『ポラニア旅行記』だった。


「マニベルに始末されたヤツら全員が持っていた物だ。俺にはこの文字が読めんが、著者の欄にはフェイス・フェアトラと書いてあるそうだな? どうしてそんな物があんたの世界にあったのか考えれば分かるだろう」

「ここから誰かが僕の国に渡った」

「そして渡る手段は、フェアトラの遺産しかない。奴らにはあんたらを呼び寄せる理由もあるしな」


 それを聞いて思い出す。そういえば、マニベルも同じようなことを言っていた。僕は輝煌に聞きそびれてしまった質問について、ハリウスに聞いてみることにした。


「マニベルは、僕らがここに呼ばれた理由について見当が付いていると言っていました。どういうことか分かりますか?」


 ハリウスは僕の質問に少し悩んだ様子を見せたが、答えてくれた。


「……まあ。あんたになら話しても問題ないだろう。かんおけ座って分かるか? 北星十三星座の一つで、生死を司る存在なんだが」

「いいえ」

「十三星座の神がとてつもない力を持ってるのはあんたも知っての通りだな。かんおけ座も同じだ。この神には……死者を蘇らせる力があるとされている」

「死者を……?」


 ハリウスはゆっくり頷くと、話を続けた。


「この力を持ったフェアトラの遺産が復権会に奪われた。今年の北星祭での出来事だ。王宮が保管してたらしいが、全く馬鹿げてるよな。しっかりしろってんだ」


 聞き覚えのある話だ。僕は記憶を辿った。

 確かルルが言っていたな。北星祭の時にフロド王子がこっそり持ち出していた北星十三星座の魔籠を奪われたと。その場面は僕も見ている。合わせて考えると、それが件の魔籠だったのだろう。


「俺たちは、奴らの目的はフェイス・フェアトラと、その悪魔の復活だと睨んでいる」


 フェアトラ復権会の表向きの目的は、フェアトラ家の名誉回復だと聞かされていた。そして隠れた実態として、フェアトラ家の遺品類を手段を選ばずに集めるところも見てきた。だが、その奥には更なる目的が隠れていたわけだ。


「話がぶっ飛んでますね」

「ぶっ飛んでるが、神なら可能だろう。最近は、フェイス・フェアトラが悪人だったという認識は薄れてきているし、実態もそうだったらしいことは歴史の見直しで明らかになってきている。だが、それは死人を蘇らせて良い理由にはならん」

「その目的のために、どうして僕らを呼ぶ必要があるんですか?」

「かんおけ座の神はタダで人を蘇らせてくれる親切な神じゃない。命を交換してくれるだけだ。つまるところ、生け贄が要る」

「生け贄……」


 背筋が寒くなる。そこまで聞けば僕でもどういうことか分かった。


「悪魔を蘇らせるためには、別の悪魔が必要ってことだ。どうして何人も呼び寄せまくっているのかは分からん。単にたくさん呼んだ方が確保がしやすいからだろうとか、一人の復活に複数の生け贄が要るのだろうとか、いろんな説はあるが詳細は不明だ」


 ハリウスは僕の目を見て続ける。


「なあ、あんた気をつけろよ。あんたに必要なものは奴らが持ってる。だが、奴らの欲しいものはあんたの命だ。常に狙われてる自覚は持っておけ」


 ようやく命を狙われる立場を脱したと思ったのに、まだまだ安心は出来ないらしい。

 僕はハリウスの手にある『ポラニア旅行記』に目を落とし、思い出す。師匠は言っていた。僕がこの世界に来たこと自体、何者かの策謀によるものかもしれないと。どうやらそれは当たっていたらしい。周囲は寒いのに、僕の手にはじんわりと汗が滲んでいた。


「おじさまー!」


 大きな声にハッとして顔を上げると、こちらに向けて笑顔で手を振るルルの姿があった。隣には大きな雪だるまが作られていて、ララが表面を叩いて形を整えているところだった。いつの間にか雪合戦は終わって、次の遊びに移行していたらしい。


「嬢ちゃんを守りたいなら、まずはあんた自身を大事にな」


 ハリウスはそう言い残すと、教会建屋の中へと戻っていった。

 

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