第三十三話 星に抗う

 外に出ると、再び冬の冷気が肌を刺した。しかし、このヒリつくような感覚は寒さのせいだけではない。

 広場の向こうから近づいてくる一つの人影。背に大剣を背負った一人の少女。雪に溶け込むような銀髪と祭服を揺らしながら歩む。マニベル大煌だ。


 マニベルはこちらの声が届くあたりで足を止めると、僕を見据えて言った。


「まさか悪魔が堂々と私たちの教会へ踏み込んでいるとは。そして――」


 マニベルの視線がスッとハリウスの方を向く。


「恥を知りなさい、ハリウス。我らの刃に立ち塞がったばかりか、選りに選って悪魔に与するなど。星の信徒としてあるまじき行いです」

「恥を知るべきはお前の方だ、マニベル。自分が何をしてきたか落ち着いて考えてみろ。無辜の民を殺し、仲間を殺し、猊下にまで手を出しやがって。教会に背いているのはお前だ」

「私は教会に従っているのではありません。星の標に従っているのです。そして、それに背いたものを裁くことは我らの役目。相手が悪魔でも王宮でも教会であっても、それは変わりありません」

「話にならねえな……」


 ハリウスは肩をすくませて言う。


「空っぽだったお前が最初に学ぶべきは、きっと聖典じゃなかったんだろうよ」


 誰に宛てたとも分からない呟きが、溜息と共に白く空気に溶けていった。


「貴方の過ちは私が裁きましょう。邪な志があったにせよ、一時は共につるぎ座の下に集った身。長として、その責務を全う――」


 ハリウスに断罪の宣告を告げるマニベルであったが、その言葉は唐突に途切れることとなった。ララが話の途中で不意打ちの爆撃を浴びせたのだ。

 マニベルの姿は炎と煙に包まれ、声もかき消された。攻撃は尚も継続中だ。火球に光弾に雷撃。恐るべき集中砲火が雨あられとマニベルを襲う。一発一発が地を揺らすほどの轟音を響かせ、業火が冬の冷気を押し退けて熱風を巻き起こした。

 僕の横で、ララは杖を構えたままマニベルの方を睨みつけている。目まぐるしく光の模様が踊り狂い、ララの魔法を紡ぎ続けた。やがて一際複雑な魔法が組み立てられると、マニベルが立っていた位置に灼熱の竜巻が吹き荒れた。あまりの熱波に近くの樹木が発火し、地に積もった雪を溶かして沸かした。


 ハリウスが信じられないという目でララの方を見ている。


「パーティーの最中に暗殺を仕掛けてくる輩と、どっちが卑怯だと思いますか?」


 ララが視線を動かさずに冷たく言い放った。確かに、ララの言うとおりだ。そもそも正々堂々勝負をするルールなどはないが……。

 僕は再び渦巻く炎へと目を移す。常人なら死体も残らないほどの猛攻だが、これで終わるとも思えない。改めて気を引き締めると共に剣の柄を握った。


「フィジカルライズ」


 僕が唱えるのとほぼ同時、炎の竜巻が内側から消し飛ばされた。そこから飛び出してきたのは、白く輝く大剣を振りかぶったマニベルだ。その髪も服も、白く清らかなまま。傷一つ見られない。


「ボルテージ……!」


 焦りながらも呪文を唱えると、魔籠の剣が雷を帯びる。この魔法はマニベルの攻撃を受け止められるだろうか。いや、僕に出来るのはルルを信じることだけだ。これでダメならどのみち勝負にならない。

 赤い眼光がこちらを見据えたまま弾丸のように迫る。下段から大剣による切り上げ。襲いくる刃に、僕は辛うじて剣を合わせた。

 重い金属音と共に広がる衝撃。魔法のぶつかり合う輝きが明滅する。剣は耐えてくれた。しかし、使い手の僕が耐えられない。敵の勢いに押されて、踏ん張ったまま後方へと足が滑った。こちらは全身全霊で剣を押し返そうとするが、ガチガチと震えながら徐々に押されている。一方のマニベルはというと冷たく澄んだ表情のままこちらを見据えていた。


「先ほども思いましたが、やはり道具が強いだけですね」

「うっ、ぐっ……!」


 耐えるのに必死で受け答えなど出来ない。

 観察は終わったとばかりに、剣にかかる力が急激に増した。僕は剣を弾かれ背中から後ろに倒れる。顔にかかる影、剣を振りかぶったマニベルがこちらを見下ろす。


「ボアフォーム!」


 倒れた体勢から右脚を突き出して唱える。僕の脚が一瞬にしてダイヤモンドボアへと変化し、正面のマニベルへ襲いかかった。幸いにして意表を突くことが出来たようだ。マニベルはとっさに大剣で防御したが、僕は構わずにそのまま敵を押し上げる。ダイヤモンドボアに頭突きを食らう形で、マニベルは雪の舞う空へと打ち上げられた。ルルが部分変身も出来るように改造してくれたお陰だ。


 空中のマニベルめがけ、ララが光線の猛攻を浴びせかける。幾筋もの鮮烈な白い光がマニベルに殺到するが、発光する膜に阻まれて届かない。マニベルの北星魔法だろう。湖の戦いでも同じものを見た。

 無傷で着地するマニベル、そこへハリウスが仕掛けた。

 高速で繰り出される双剣が鮮やかな軌跡を描く。しかしマニベルもまた、卓越した剣技でもってそれを凌いでいた。強力な北星魔法同士のぶつかり合いが空気を震わせる。

 剣戟の末、ハリウスは弾き飛ばされてしまった。しかし、ここで手を緩めてはいけない。

 僕は雷を纏った剣をマニベルめがけて振るう。一振りごとに強力な雷撃が空気を割って敵を襲った。敵は器用に剣で攻撃を防いでいるが、既にララが続く攻撃の構えをしている。


 強力な相手だが、防戦へ持ち込めている。一人では無理でも、三人がかりで休みなく攻撃を続ければ押し切れるのではないか。しかし、微かな希望はあっけなく打ち破られることになる。


「悪魔にこれほど付き従うものがいるとは、嘆かわしいことです。しかし、穢れた者がいくら連なろうと、星座の威光には無力であると知りなさい」


 僕の雷撃を防ぎきったマニベルが冷たく言い放った。

 ララが続きの攻撃を繰り出すが、マニベルの方が一足早かった。


「星の下にある限り、標は常に傍にある。信ずるならば汝を守り、背くならば滅ぼすだろう」


 祈るようなマニベルの声を受け、周囲の空気が煌めき始めた。ララの放った魔法は眩い光の中を貫き進むうちに解けるように弱まり、マニベルに届く手前で消えてしまった。一方で、マニベルの周囲を漂う光の粒子は寄り集まり、数多の光の剣を形作ってゆく。


「星座の下で、教えに背こうなどと思わぬことです」


 剣は群れを成して僕らへ襲いかかってきた。壁のように殺到する星座の剣に、逃れる隙間は見当たらない。

 ララが魔法の防壁を展開するが、やはり北星魔法の前には及ばなかった。容易く防壁を破った光の剣が僕らの下へ降り注ぐ。目の裏まで焼くような強い光と熱、そして衝撃が全身を打った。眩しさが失せてみれば、僕らは三人とも抉れた土の上に倒れていた。幸いにして誰も死んではいないようだが、よろよろと立ち上がって構えるのが精一杯だ。


 たった一人の少女が絶望的に高い壁に見える。ルルの魔籠を持ってしても、ララの魔法を持ってしても、北星魔法の剣技を持ってしても、三人寄って集って襲いかかっても、これほどに及ばないのか、つるぎ座の使徒という敵は……。

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