第三十一話 マニベルの過去(四)

 フレイの亡き後、まだ子供のマニベルがつるぎ座の使徒を率いることとなった。年齢を考慮させないほどの夥しい功績と、誰もが認める高い実力。異論を挟める者などいるはずもなかった。

 一部隊の長となったマニベルが最初に着手したのは、体制の改革だった。特にメンバーの力量については厳選された。マニベルは教会の様々な部門を回り、戦闘能力に長けた者や素質を秘めた者を探った。

 つるぎ座の使徒は、その職務内容からして他の部門と性質が大きく異なる。戦闘に必要な人材を見出せるのは、その専門家だけ。故に、人選はマニベルの手にほとんどが委ねられた。周囲の者たちに口出しなど出来ようはずも無い。つるぎ座の使徒とそれ以外の部門は日々隔たりを大きくしていった。


 魔籠が出回るようになってから、つるぎ座の使徒が対人の魔法戦闘を行う事態は明らかに増えた。マニベルによる体制の改革が功を奏してか、教会の適応は極めて素早かった。魔籠による急激な変化に対応できずに翻弄される他の治安組織とは一線を画す成果を、つるぎ座の使徒は常に見せ続けた。


          *


 つるぎ座の使徒の改革について、もうひとつ重要なことがある。フレイがメンバーの選出で人格に譲れない条件を置いたように、マニベルもひとつ譲れない条件を置いたのだ。それは、思想について。


「戦闘能力は大切ですが、最重要ではありません。結局はそれも使命を果たすための道具にすぎませんからね。我々に与えられた使命にどれだけ忠実であるか、これが最重要です。そして、我々の使命とは即ち――」


 マニベルが大剣を敵の喉元に突きつける。魔籠を破壊され、抵抗手段を無くした男。ただ地べたに尻をついたまま、短い悲鳴と共にマニベルを見上げるだけだ。


「――異端の存在を滅すること。つるぎ座に従い、星々の刃たる我々の本質はそこにあります。聖典にも書かれている最も基本的な原理です。そして、異端の中でも最悪の存在が、悪魔です。この男のような」


 マニベルは振り返り、つるぎ座の使徒の面々に語りかける。マニベルの改革によって洗練され、より強く鋭く尖った。恐れを知らない戦闘集団。フレイに言わせるならば、寂しい集団だ。

 これは部下の教育だ。つるぎ座の使徒が負うべき使命について、そして自分たちが倒すべき存在についての。


「一度は地獄に追われた卑しい者どもです。いつの頃からかポラニアの地に舞い戻り、のさばっている。かつて星々がそうしたように、今は我々が断罪しなければなりません。よく覚えておくことです」


 マニベルが男に向き直る。


「悪魔? 何を言ってるんだ。俺が何をしたっていうんだ! ふざけるなよ!」


 男の言うとおりだ。この男は特に何か悪さをしたわけではない。つるぎ座の使徒は事前調査も怠らない。


「悪魔は存在自体が許されません。それが星の定めです。当然、その血を継ぐ者も、悪魔と結んだ者も同じです」

「お前、家族に手を出したら容赦しないぞ……!」

「安心なさい。既に始末しました」

「何だと――」


 激昂し、立ち上がろうとした男を、マニベルは一瞬で切り伏せた。そして剣の血を払い、ゆっくりと鞘に収めた。


「我々は今後、あらゆる手段を講じて積極的に悪魔を探し、これを祓います。悪魔本人はもちろん、その血を継いだ者があれば、これも処分すること。悪魔の力を借りる者がいれば、これも処分すること」


 マニベルは再び背後の部下たちに向き直る。一人ずつ、その心の内まで見透かすかように眺めた後、続けた。


「ついて行けないという者は、つるぎ座の使徒を抜けなさい。私は咎めません。しかし、私たちの邪魔はしないことです。それは星座に楯突くことと心得なさい。なぜなら、私たちはつるぎ座の使徒。地上に於いて、星の刃に代わる者だからです」

 

 時と共にメンバーは洗練され、より強く、より純粋になっていった。フレイが率いていた頃の面影は無い。その頃のメンバーで残っているのは、マニベルただ一人だ。

 そして、マニベルはついに大煌となった。十三歳の頃である。かつての師であるフレイと、その位階で並ぶに至ったのだ。

 叙階の日、輝煌がマニベルに問うた。


「君が来てから、つるぎ座の使徒は変わったな」

「はい。猊下」

「しかし、君は変わらないな。マニベル大煌」


 マニベルが黙していると、輝煌は続けた。


「君は師から何を学んだ?」

「フレイ大煌からは大切なことを学びました」

「それは?」

「それは、フレイ大煌のやり方が間違っていたということです。猊下」

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