第三十話 マニベルの過去(三)

 時は流れ、マニベルは九歳になっていた。


「乗り心地が良くなった気がします」

「確かに、以前よりも揺れが少ない気がしますね」


 マニベルの感想に、フレイが同意する。


「こんなに早く列車が魔籠式になるとは、本当に便利なんですね」


 二人が乗っているのは王国縦断鉄道。今回は久しぶりに聖都を離れての遠征任務である。遙々海都まで二人での列車旅。列車が魔籠式に改装されてから乗るのは初めてだった。


「旅が快適になることを喜ぶべきなのか、複雑な気分ですよ」


 フレイが溜息と共に心中を吐露した。それもそのはず、今回の任務は魔籠犯罪への対処が目的だからだ。

 街の端っこで細々と活動していた木っ端の不良集団が魔籠で力を付け、海都の支配者たる港湾ギルドに喧嘩を仕掛ける事態が頻発し始めていた。元々港湾ギルドが力で無理矢理に表面的な平穏を保っていた危うい海都だ。魔籠が大量に出回るようになってからは大通りで魔法の撃ち合いが発生することも増えており、対処が求められていた。

 本来であれば教会が出るような仕事では無いが、魔法戦闘に慣れた専門家は貴重だ。最小限の人数ということで支援に向かうことになっていた。


「人間相手というのは、本当にやりづらい。教会の剣は救うためにあるものなのですが」

「相手が人か魔物かは関係がありません。星の導きに従い、責務を果たすのみです」

「相手は救うべき人なのですよ」

「救うべき人は、我らに仇成しません。フレイ大煌」

「……貴女はそういう人でしたね。マニベル」


          *


 海都のとある路地。マニベルたち二人は、武装集団と交戦状態に入っていた。

 マニベルたちは順調に敵の数を減らてゆき、いよいよ袋小路に追い詰められた最後の一人が、物陰から魔法を乱射していた。やはり魔籠を使っている。


「強い魔籠を持っているようです。早々に倒さないと被害が拡大します」


 敵は一人の男。行き止まりに積まれた木箱の陰から強力な炎魔法を放っている。途切れることのない火球や熱線が建物を抉り、火の粉をあちこちにまき散らす。この場所は海都でも陸側の高い位置にあり、滅茶苦茶に放たれた魔法が低地に降り注ぐことで小さな火災を起こし始めていた。大きな被害が出る前に片付けるべきだったが、細い幅の袋小路から休みなく魔法を撃ってくるため入り込めずにいた。


「私が出て、反撃される前に殺害します」

「待ちなさい。マニベル」


 両手に短剣を構えたマニベルを、フレイは手で制した。


「魔籠で初めて魔法に触れた人間は魔法戦闘に慣れていません。こんなペースで魔法を乱射していれば、すぐに魔力切れを起こすでしょう。そこを制圧します。殺害するのは本当の最終手段としなさい」

「……わかりました」


 フレイの言葉通り、しばらくすると炎の乱射が収まった。


「では、私からいきますよ」


 フレイが背の大剣を引き抜く。


「天つ剣は裁きの秤、その腱を以て己が罪を試すべし」


 事前に海都の教会には儀式魔法を置かせてもらってある。強力な北星魔法が発動し、剣が輝きを帯びた。

 フレイが路地に駆け込んで数歩、物陰から再び敵が姿を現した。その手には魔籠と思しき杖がある。


「フレイ大煌!」


 危機を察知したマニベルが叫んだ時、敵はフレイに向けて魔籠を構えていた。マニベルも後を追うが、立ち塞がるには遅すぎた。敵の杖が連続で火を噴く。

 魔力切れなどしていない。それどころか、どこにそんな魔力を隠していたのかと言うほどの猛連打だった。フレイの背中越しに見えた敵は、ここらでは珍しい黒髪をしていた。その姿を目にして、マニベルは戦慄する。


 なんだこの男の魔力は。

 魔力切れなんてとんでもない。この男が十年、いや百年魔法を休みなく撃ち続けたとして、それでも魔力が尽きるか怪しいものだ。まさに無尽の魔力。このような存在を、マニベルは聖典の中にしか知らない。


 至近距離で炎魔法を立て続けに浴びたフレイからは、もはや呻き声すら聞こえなかった。

 マニベルは即座に意識を切り替えた。救出から殲滅へ。

 黒焦げの骸となって倒れかかったフレイの背を掴むと、これを盾にしたまま身を隠して前進。敵の目前まで詰め、フレイの焼け付いた手から大剣をもぎ取った。


「天つ剣は裁きの秤、その腱を以て己が罪を試すべし」


 再び光を取り戻した大剣を、フレイの背に突き立てる。巨大な刃はフレイを貫き、そして敵も貫いて、容赦なく壁に縫い付けた。


「マ、ニ……」


 骸が喋ったように聞こえたのは気のせいか、それとも腹を剣が貫いた加減か。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まりかえった路地には、血と肉の焼ける臭いだけが立ちこめていた。

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