第二十六話 息つく暇も無く

 先手はララだった。突き出した杖から鋭い光線が二本、的確な狙いで放たれる。敵は一人が上に跳躍して回避、もう一人は横に避けつつ走り寄ってくる。的を外した魔法が雪もろとも石畳を穿った。

 これだけの距離があれば暴力的な面攻撃で一方的に倒せた気もするが、街中だから攻撃を控えたのだろうか。ララは舌打ちしつつ、跳躍した方の敵めがけて二発目を放つ。空中ならばと思ったが、敵は輝く短剣で難なく魔法を受け止めた。

 王宮での戦いが思い起こされる。二人同時の接近戦はまずい。

 その時、ハリウスが前に走り出た。互いに同質の短剣がぶつかり合い、北星魔法の剣戟が繰り広げられる。


「一人は頼んだぞ!」


 内偵とは言え、つるぎ座の使徒に身を置いていたハリウス。本人が語ったように接近戦はさすがの腕前だった。敵の一人を見事に受け止めながらこちらを見ずに叫んだ。

 もう一人はすぐそこまで来ていた。このまま近づかれたら前回と同じだ。


「ボルテージ」


 僕の剣に雷が宿る。駆け寄ってくる敵めがけて剣を振るった。前回戦った時はこの剣が無かったが、今は違う。

 敵は雷撃を輝く短剣で受け止めた。魔法のなせる技か、ダメージは通らないようだ。それでも問題ない。僕の攻撃の隙間を埋めるように、ララが追撃を放つ。敵は対処せざるを得ないが、立て続けに僕が攻撃を放つ。

 限られた魔法でこれだけの連撃に耐えているのはさすがの腕前だが、やはり相手は接近戦特化らしい。動きにかなり余裕が無くなっているようだ。おまけに今回は二対一、近寄らせなければいける。

 度重なる遠距離攻撃と多種多様なララの魔法に、敵の防御が遅れた。僕の雷撃が脚に命中。崩れ落ちる敵の腹と頭をララの光弾が撃った。短剣を取り落とし、派手に転がって道の端に倒れる。起き上がってくる様子は無い。


 ハリウスの方でも決着が付くところだった。

 僅かな隙を突いて、ハリウスの剣が敵の両手首に切り込み。敵はたまらず短剣を落とす。守りを失った敵の脚へ流れるように連撃。脚をやられてくずおれる敵の頭めがけて、回し蹴りを叩き込んだ。敵は派手に転がって動きを止める。どうやら気を失ったらしい。


「殺さないんですね」

「猊下は殺しを好かん。だからマニベルのことも憂いておられる」


 ハリウスは肩で息をしながらララに答えた。


「お前たちも、そうしてくれたようでありがたい」


 殺しなんてしたくないに決まっている。それでも、本気で殺しにかかってくる相手にいつまでそう言っていられるだろう。特に、マニベルを止めるということに関してだ。あの執念はいくら防戦していても打ち崩せる気がしなかった。


「よし。次の追っ手が来る前に移動――」


 ハリウスの言葉が途切れる。


「伏せろっ!」


 反応できたことには我ながら感心する。

 僕は隣に居たルルの頭を押さえて、とっさに屈んだ。微かな音が空気を切って頭上を通り過ぎていった。続いて鋭い金属音。


「もう追いつかれたのか」


 投擲された短剣をハリウスが叩き落としたところだった。石畳に跳ねる短剣を一瞥の後に振り返る。二人の白外套が雪の上を駆けてくる。


「しかも囲まれてますね」


 ララが見上げる先、教会の屋根の上からこちらを狙う白い影が三つ……いや、四つ確認できる。星蒔きのために置かれたランプに照らされ、短剣が光っている。もしかしたら光の当たらない場所にまだいるのかも知れなかった。


「そこの路地へ入れ。急げ!」


 ハリウスが示した細い路地へ、ルルと夫妻を誘導する。狭いところで囲まれるのは怖いが、この状況ではとにかく身を隠す方が優先だ。何とかしてこの場を離脱しなければ。

 ルルたちのあとに僕とララも続く。少し進んでから振り返ると、ハリウスが路地の入り口に立ち塞がり、迫ってきた追っ手と激しく切り結んでいるところだった。狭い路地の入り口に陣取っているので今のところ取り囲まれはしていないが、結果は見えている。


「……行きましょう」


 ララの声だ。


「分かった」


 多く語ることは無い。僕らはハリウスと知り合ったばかりだし、何ら特別な仲ではない。そんな他人の為にここまで出来るのは、僕らに仕事を託せると期待しているからだ。

 助けてほしいと僕らを訊ねてきた彼の仕事は、僕らにとっても避けて通れないことだった。今はそれを終わらせることだけ考えるべきだ。

 背後の戦闘に背を向け、再び歩み出す……が、前でルルが立ち止まってしまった。狭い路地だ。先が閊えて進めなくなり、夫妻も立ち止まって悪態をつく。僕はそれを無視してルルへ話しかけた。


「どうした?」

「……いけません」


 ルルが呟いた。

 何が言いたいのかは分かる。僕も気持ちは同じだが……。


「お姉ちゃん、他に方法が無いの。あの人のことを尊重する気があるなら――」

「方法はあるの!」


 こちらを振り向いたルルの目には強い意志の光を感じる。何をするつもりなのだろう。

 壁に背を擦りながら夫妻の横を抜け、ルルは僕の下まで歩いてきた。


「もう嫌なんです。いつも怪我をするのはおじさまやララで、フロドさんたちも、ラミカさんも取り残されて、あの人まで……。でも、わたしは守られてばっかり」


 ルルは少しうつむくと、後ろ髪の上からうなじの辺りに手を当てた。


「本当に、どうにもならないときに使う約束です」


 その小さな呟きは誰に宛てたものだったのだろう。

 ルルは僕の手をとって顔を見上げた。


「わたしの目を見て、わたしの言うとおりに唱えてください」

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