第二十四話 思わぬ協力者
新しくララが取ったのは二階の部屋だった。先ほどまでの部屋と比べて少し低い位置から、通り向かいの明るい駅が見える。
ララはというと、ベッドに腰掛けて窓から駅の方を眺めていた。窓ガラスに映る顔からは心情を読み取れない。さっきまでの荒れようを思うと声をかけづらかったが、幸い向こうから話しかけてくれた。
「やりすぎだったと思っています」
顔は窓の外へ向けたまま、呟くような言葉だった。
「まあ、ララがやり過ぎるのはよくあることっていうか、そういう性格なだけっていうか、今更っていうか……とにかく、そんな気にすることないよ」
「フォローする気あります?」
ララはようやくこちらを向いてクスリと笑ったあと、すぐ真顔に戻って話を続けた。
「さっきは偉そうなこと言いましたけど、お姉ちゃんがノブヒロさんを頼らざるを得なかった原因は私にもあります。あの頃のお姉ちゃんを最後まで信じられなかったのは私も同じ。だから怒ってるうちに自分にも腹が立ってきて」
「それこそ気にしなくてもいい。僕は助けたというより、ルルに助けられたって思いの方が大きいから」
「わたしやおじさまの代わりに怒ってくれたんでしょ? ありがとう。でも、次から乱暴はなしだよ」
「うん」
*
その後、落ち着いた僕は思い出したように着替えをして怪我に応急手当をし、そして今後のことについて相談を始めた。疲れているが、眠る前にいろいろと決めておかなければ。
当初の目的であった話し合いでの解決は失敗に終わった。そもそも初めから殺すつもりだったのだから、どうしようもない。残る手段は非常にシンプルだ。即ち――
「逃げるか、戦うか」
「やっぱ、それしかないか……」
ララが示した選択肢は簡潔で残酷だ。
「ちなみに逃げる場合、半永久的に逃亡生活を送ることになります。つるぎ座の使徒が方針転換しない限りは」
「無茶だな」
教会は国中にある。凄腕の暗殺者集団に命を狙われ続けながら延々逃亡生活なんて上手くいくと思えない。
「情けないけど、やっぱり剛堂さんに頼りたい」
「ゴウドウさんも正体がバレてるのに、普通に生活してますね」
ルルが隣で言った。その通りだ。剛堂さんもつるぎ座の使徒にマークされて、過去に一人を返り討ちにしている。それでも逃げも隠れもせず同じ拠点で活動中だ。
「魔籠技研の所長ですからね。簡単には手出しできないのかもしれません」
「ひとまず鐘鳴君とマリンさんは無事だと信じたいな」
「そうですね。ただ……」
「分かってる」
ララは剛堂さんを警戒している。理由はララ自身にも分からないらしいが、数々の修羅場を潜ってきたララの直感を気のせいだと流すことにも不安はある。
「だとすると戦うか。でも、それって結局教会と対立することになるんじゃないのか? どっちにしても逃亡生活になる未来しか見えない」
「今回の話し合い、事前の取り決めではもっと立場が上の輝煌猊下が出てくるはずだったのに、何故か出てきたのは大煌のマニベル。しかも、十三星座教会は人払いまでされているようでした」
ララは顎に手を添え考え込むように言った。
十三星座教会の様子については僕も不思議に思っていた。まださほど遅い時間というわけでもなかったのに人を見かけなかったし、湖から遠い市街区が騒ぎになるほどの戦闘を繰り広げたのに、僕が岸に上がってから見た十三星座教会にも灯りはなかった。
「確かに、いろいろと様子が変だったな」
「フロドさんも文句を言っていましたね」
「元々、北星教会は王宮の襲撃について我関せずという態度でした。憶測になってしまいますが、今日のマニベルの行いについても教会の本意でないのではないでしょうか?」
「北星教会自体が最初から僕らを殺すつもりだったなら、戦闘員しか教会に残していなかったのも当然じゃないか?」
「だとするとお姉ちゃんにアデプトを授与した理由が全く分かりません。あれが無ければ私たちに気取られることなく、さっさと殺すことも出来たはずなのに……。私には北星教会が警告で済ませるはずだったところに、突然つるぎ座の使徒が横槍を入れてきたように見えるんですよね」
「その通りだ」
ララが一瞬で杖を構え、扉の方へ向けると同時に魔法を放った。いつの間にか部屋の中にいた謎の人物は不可視の一撃を受けて後ろへ吹き飛び、扉に背を打ち付けて倒れた。
「こ、これは手厳しいな……」
「何者ですか? いつの間にここに入りましたか?」
油断なく杖を構えたままのララが厳しい顔で問うた。僕も遅れて警戒の態勢を取る。立ち上がってルルを背後に回し、剣に手を添えた。この人物はいつからここにいたのだろう。
その人物は男性。目立たない深緑色のコートを羽織り、帽子を被っている。無精髭に、少し疲れの感じられる顔。背丈は僕とあまり変わらないようだが、歳は上かも知れない。武器らしき物は手にしていなかった。市街でいくらでも見かけそうな風貌だった。
「北星教会の者だ。すまないが、あんたの後をつけさせてもらった」
僕の方を顎で指しながら言う。ボロボロで分かりやすかったことだろう。自分の不用心に後悔の念が生じた。
「つるぎ座の使徒ですか?」
「表向きの所属はな」
「どういうことです?」
男は頷き、立ち上がって名乗った。
「俺はハリウスという。輝煌猊下の指示でつるぎ座の使徒を内偵していた。……まあ、バレちまったんで、俺も逃げ回ってるとこなんだがな」
ハリウスと名乗った男はララに杖を突きつけられたまま、自分の立場と知り得ることを説明し始めた。それによれば、つるぎ座の使徒の一連の動きは全て教会が認めたものではないと言うことだった。
僕のような異世界人の存在も北星教会は認知しているが、聖典に書かれた悪魔だと公式に認めた事実もなく、その殺害もつるぎ座の使徒が独断で行っているとのことだ。
「――そんで、やつらの暴走を憂いた猊下の指示で、何人かが転属という形で内偵に入った。色々調べた結果、マニベルが頭に立ってからのつるぎ座の使徒はあいつの私的部隊に成り下がってると言っていい。元々暗殺集団が前身な上に、今も保線担当部門であることもあって、教会の中でもあいつらの扱いはかなり特殊でな。長年他の部門と隔たりがあったのは事実だろう。そのせいか知らんが、いつの間にやら過激な独自路線に突き進んでたわけだ。そんな感じで調査を進める中、とんでもない事件が起きた。あんたらがやらかしたヤツだ」
「海都の件ですか?」
「ああ。間違いなくマニベルが動くと判断した猊下は、王宮と連携して先手を打った」
「もしかして、アデプトの授与って……」
ルルが呟き、ハリウスが肯定した。
「そういうこった。猊下に出来る限界が警告ってところでな」
この話が本当ならば、ララの考えは当たっている。
「それに対する反抗か、マニベルは暴挙に出た。王宮に直接踏み込んでパーティーを荒らしたんだ。いつまでも悪魔対策に着手しない教会と王宮に対する警告も込めてな」
僕は教会でマニベルが話していたことを思い出した。以前から王宮には散々申し上げていた。意志の強さを示すために敢えて目立つ方法をとらせてもらったと。
「繰り返し言うが、そもそも教会はあんたみたいな存在を悪魔だと公に認めちゃいない。だからマニベルの行動は全部、公的な根拠のない暴走だ」
教会そのものも、つるぎ座の使徒の動きには対処しようとしていたのか。もっとも、この男の言うことを信じるならということになるが。
「それで、どうしてそんなことを私たちに話すのですか?」
「助けてほしいからだよ。今、十三星座教会は完全にマニベルの手中にある。猊下も捕らえられていて動けない。内偵してるのがバレたって言ったろ? 俺以外はみんな死んだ。俺は死んだふりして辛うじて逃げたんだが、それもバレてるだろう」
「助けてほしいのはこっちなんですが……」
ララが僕ら全員の意見を代弁し、ハリウスは肩をすくめた。
「そりゃ分かってる。だが、俺の情報でやるべきことは明確になっただろ? 難しいことを考える必要は無い。要はマニベルを叩けばいいんだ。そのせいで教会と対立することにはならない。俺が保障する」
ララは相手に杖を向けたまま黙考していたが、やがて溜息と共に杖を降ろすと、ベッドに腰掛けた。僕は驚いてララに問う。
「大丈夫なのか?」
「私たちを殺す気なら、最初に不意打ちしていたでしょう。見た目よりも出来る人みたいですし」
「まあ、つるぎ座の使徒に転属できるくらいの腕はあるからな。接近戦限定なら嬢ちゃんとも良い勝負ができると思うぜ」
軽い調子で言うが、嘘は無いのだろう。彼が敵対的だったら本当に危ないところだった。ひとまずララの言うことを信じ、僕も剣から手を放した。
「協力、痛み入るよ。早速なんだが、まずはマニベルの居所について――」
「待ってください」
ララは唐突にハリウスの言葉を遮り、僕の方を向いた。
「まずはノブヒロさんを少し休ませます。いいですね?」
有無を言わさぬ口調に、ハリウスは首肯し。ルルもホッと顔をほころばせた。随分心配をかけてしまったようだ。
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