第二十二話 聖堂の戦い

 静まりかえった聖堂の中、フロドが突き出した杖の指す先に、白い外套を着込んだつるぎ座の使徒が佇んでいる。

 何の構えもなく、だらりと下げた両手にはそれぞれ光り輝く短剣が握られていた。北星教の祭具だが、あらゆる防御を切り裂く必殺の武器でもある。


 ルルたちを逃がすために追っ手に立ち塞がったフロドたち三人であったが、マニベルには易々と包囲を抜かれてしまい、今はこうしてマニベルの部下と目される白外套の一人と交戦することとなった。

 テイラーとフロドで教会の正面出口を塞ぎ、敵の背後にはラミカが構えている。ララでさえ苦戦したつるぎ座の使徒。自分たちに止められるだろうか。

 深いフードに覆われて敵の表情は見えないが、王族だからと容赦してくれる相手でないことは明白だ。もっとも、そんなことはこちらが退く理由になり得ない。

 敵が音もなく構えをとる。応じるようにしてテイラーが剣の柄を握り直すと、その刃が赤熱し、炎を纏った。

 彼の得物は魔籠の剣だ。王国支給の上物。優れた品ではあるが、ルル特製の魔籠のように北星魔法の剣と激しい打ち合いは無理だろう。


「君でもあの剣は受け切れまい。十分注意してくれ」

「分かっております。私も見ていましたからね……」


 白外套が動いた。僅かな衣擦れの音と共に流れるように反転。ラミカの方へと走り始めた。まずは数の少ない方からということか。


「させない!」


 フロドは魔法を発動した。魔籠の杖先が緑の光を放つと、床板を突き破って幾本もの木の根が伸び上がる。フロドの魔法に従い、根は敵の無防備な背中に殺到。しなやかな動きでもって打ち付けにかかった。

 白外套は振り向きざまに双剣を振るい、瞬く間に全ての根を切り落とした。輝きの軌跡だけが目に焼き付くほどの鮮やかな剣技。フロドの初手は防がれた。しかし、これでいい。

 今度はラミカが杖を構えた。再びがら空きとなった背中に向けて魔法を放つ。涼やかな青い光が明滅し、床から鋭い氷塊が生え出る。狙いは寸分違わず敵の背後正中。またも対処を迫られた敵は小さく跳躍して氷を回避。しかし、そこに待ち受けていたのはテイラーが突き出した炎の剣だ。今度こそ決まるかと思われたが、上体を反って際どいところで逃れられた。

 挟み撃ちの連撃をこれほど避けきる時点で並の腕前ではないが、最後の一撃はかなり惜しいところまでいった。敵がいくら強くとも、こちらには三人いるのだ。絶対にチャンスはある。


 背後で轟音。次いで激しい水音。聖堂内にも微震が伝わり、聖堂内の備品がカタカタと音を立てる。後ろを向く余裕などありはしないが、あちらでも戦いが始まったと思っていいだろう。フロドたちにできることは、せめて増援を向かわせないことだけ。


 常に挟み撃ちの配置を維持しつつ、遠距離からの挟撃と隙を見ての接近攻撃を続ける。とにかく敵を自由に動かせないことが肝要だ。何せ一撃をもらえば防ぐ術がないのだから。

 戦いによって聖堂の椅子が吹き飛び、床板が裂けてゆく。しかし、いずれも決定打にならない。一見するとこちらが押しているように思えるが、実際は敵を封じ続けるのが精一杯という状況だった。そして、即席のコンビネーションにはやがて無理がくる。


 敵の隙を突いて、テイラーが斬りかかる。しかし、踏み込んだその足が、床の穴にはまってしまったのだ。薄暗い聖堂内。魔法の連発によって穿たれた穴を見落としていたのか。

 傾ぐ体、敵はそれを見逃さない。白外套が揺れ、輝く剣が襲いかかる。

 テイラーはとっさに剣で受けるが、一秒と保たなかった。鋭い金属音と共に魔籠の剣が折れ、喉元に刃が迫る。


 その時、外から強烈な光と轟音がなだれ込んできた。

 聖堂内は輝きに白く染められ、激しい揺れにステンドグラスがことごとく割れた。外で何かとてつもないことが起こっている。しかし、それは偶然にもこちらに味方した。

 揺れによって狙いを外した敵の剣。振りかぶって隙だらけとなった胴に向けて、テイラーが折れた剣を突き出す。無理な体勢と揺れの中で放った破れかぶれの一撃だったが、それは敵の脇腹を掠めた。白い外套が裂け、血が滲む。


 このチャンスを逃すことは出来ない。

 思わぬ反撃に怯んでいる敵めがけ、ラミカが魔法を放った。よろめいた敵の腹を氷塊が突き上げる。衝撃に両手の剣を取り落としたところへ、フロドの追撃。木の根がその全身を厳しく締め上げ、床に固定した。


 静寂が戻る。ただ三人の荒い息づかいだけが響く。豪奢で神秘的だった聖堂は荒れ果て、戦いの激しさを表していた。


「終わったか……」


 テイラーが敵に近づき様子を確認する。


「気を失っているようです」

「縛り上げよう」


 いつまでも魔法で縛っておくことも出来ない。フロドの指示で、テイラーはベルトを使って白外套を縛り上げて椅子に固定。さらに落ちていた剣も外へ捨てた。これですぐに抵抗される心配は無いだろう。


「さっきの光は何だったのでしょう」


 ラミカが湖を見ながら言う。

 外は既に静まりかえっている。明らかにただ事ではない音と光だったが、今となっては何も分からない。


「橋が落ちていますね」


 正面の扉から外を見たテイラーが言った。戦いの最中にそのような音が響いていた。その時は見る余裕など無かったが、原因は明らかだ。


「マニベル大煌と戦いがあったのだろう。ルルさんたちに何もなければ良いが」

「ルルお嬢様……」


 ラミカの声は不安げだった。もちろんそれはフロドも同じだ。しかし、いつまでもここに留まっていることはできない。動くのならばこちらからだ。


「教会を出よう。島を出る方法は何か無いだろうか」

「道はあの橋しかありませんが、小舟があったはずです」

「よし、すぐに探そう」


 フロドの言葉に二人は頷き、行動を開始した。


「どうか無事でいてくれ……」


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