第二十話 ここは任せて先に行け!
マニベルが剣の柄に手を伸ばした時、ララは既に杖を構えていた。
杖先で光が炸裂。不意打ちの魔法が部屋を揺るがし、机が吹き飛んでマニベルを壁に押しつけて倒した。さらに続けて放たれた魔法が廊下側の壁に大穴を開ける。粉砕された木屑やら何やらが舞い上がって視界を白く染めた。
「走って!」
ララの鋭い声が飛ぶ。
テイラーさんの動きは速かった。ララの指示が飛ぶ前にはフロド王子を庇うように立ち、壁の穴へと共に駆けだしていた。
「まって! お父さんとお母さんが――」
「ラミカ!」
「お任せください。ララお嬢様」
狼狽したままの夫妻がラミカさんに連れられて出て行く。
「私たちも逃げますよ」
「あ、ああ」
ララに急かされ、僕もルル共々走り出す。
去り際、ゆっくりと立ち上がるマニベルと、その側に控える白外套の姿が見えた。
*
通路を抜け、大聖堂へ入る。既に日は落ちており、ステンドグラス越しに薄らと見える光は街中に灯った星蒔きだろうか。並んだ長椅子の間を走ってゆくと、前方にテイラーさんとフロド王子、そしてラミカさんと夫妻の姿があった。聖堂の出口で立ち止まっている。僕らより先に出たはずだが、どうしたのだろう。
追いついた僕らの姿を確認すると、ラミカさんが前に出て言った。
「ララお嬢様。旦那様と奥様を連れて先へ」
「何言ってるの?」
「私たちが時間を稼ぎます」
ラミカさんがそう宣言すると、並び立つようにしてテイラーさんが前に出た。あろうことかフロド王子まで一緒だ。
「稼げると思ってるの? 死ぬよ」
「殿下が譲らないもので……」
そう呆れるのはテイラーさんだ。視線の先には怒りを顔に滲ませたフロド王子がいた。
「抗議に訪れた場で、僕のゲストを悪魔呼ばわりされた上に、ルルさんを悪魔とつるむ娘などと言われたんだ。こんな侮辱を受けたのは初めてだよ。さすがに僕も黙っていられない」
「貴方は戦えないでしょう」
「以前の僕と同じと思ってもらっては困る。それに、三人がかりならば少しくらい何とかなるだろう」
フロド王子の手には杖が握られている。先端には緑色の大きな宝石が取り付けられていた。前に見た時とは違う魔籠だろうか。
「議論している時間がありません。どうか、お早く」
背後の通路から二つの足音が響いてくる。恐らくマニベルと配下の白外套だろう。確かに時間が無い。
ララはまだ何か言いたそうだったが、ラミカさんに急かされて覚悟を決めたようだ。大きな溜息に続いて宣言する。
「仕方ありません。行きましょう」
「いいのか?」
「押し問答が続くだけです。好きにすればいい」
「……分かった」
これも彼らが自分の意思で決めたことだ。フロド王子の目には激しい闘志を感じる。やはり彼は頼れる人間だ。ルルの両親が何も発言しない中、ルルのために激しい抵抗の意志を示した彼こそ本当に信用に足る。
「行こう。ルル」
「フロドさん、ラミカさん……」
「もう一度、守らせてくれ」
「お任せください。ルルお嬢様」
頼もしい台詞に、僕らは後ろ髪を引かれる思いで駆け出した。
*
夕方には空にかかりつつあった雪雲は、すっかり聖都全域を覆って雪を降らせていた。風はほとんど無く、冷たい湖面に細かい雪が落ちては溶けてゆく。
遠く橋向こうの教会区には星蒔きがなされ、湖を取り囲むランプの星空が僕らの行く先を照らしている。背後の十三星座教会にはランプが灯っていない。今思えば、あれほど大きな教会で全く人を見なかった上に、騒ぎが起きても誰も出てこなかった。元々戦闘が行われる前提でマニベルが人払いでもしていたのだろうか。今の十三星座教会は街の中心地でありながら、最も暗く凍える場所だった。
フロド王子らを背後に聖堂から飛び出した僕らは、教会区へ架かる橋を走る。ルルは僕が背負い、ララと夫妻には自分で走ってもらっているが、夫妻は自己強化の魔籠を持ち合わせていないようで(持ち歩く方が普通ではないのだけど)どうしてもその足取りに合わせることになってしまっている。
「お、おい、これはどういうことなんだ、いい加減に、説明しろ……!」
オークマレット氏が苦しそうに白い息を吐きながら途切れ途切れに言う。婦人のほうは言葉を発する余裕も無さそうだ。
「お、お父さん、あのね……」
「今はそんな場合じゃない。死にたくなければ走って」
ララの態度はどこまでも冷たい。
実際のところ夫妻は完全に巻き込まれた形なので気の毒ではあるが、同情する気持ちはあまり起きなかった。
「ララ、このままじゃ追いつかれる」
聖堂から戦闘の音が微かに響いてきた。フロド王子たちが戦い始めたらしい。同時に、橋へと駆けだしてくる人影も確認できた。マニベル一人のようだ。となると、聖堂では部下の方が足止めされていると思っていいだろう。
「マニベル一人みたいだ。もう一人は押さえてくれてるっぽいな」
「では、あいつは私が足止めします。ノブヒロさんは皆を連れて先に――」
「いや、ここは僕が残る」
ララが無言でこちらを見る。
「あいつの一番の狙いは僕だ。それに、ここで使わなくて、いつ使うんだ?」
僕は胸元から首飾りを取り出して見せる。ルルの最新作。伝説級の素材を使った、明らかに性能過剰な使いどころ不明の魔籠。あいつはこれを使うにふさわしい化け物のはずだ。
「確かに、うってつけの場所ですね……」
「任せとけ」
僕は一度立ち止まり、ルルを降ろして後ろを確認する。大剣を背負ったマニベルが駆けてくる。それを見ながらララが言う。
「無事に逃げおおせたら……焼けていた木の前にあった宿で落ち合いましょう。泊まっていたところは押さえられてる可能性がありますから」
「あそこか。分かった、また後でな」
聖都に着いた時のことを思い出す。星蒔きの失火で焼け落ちた街路樹。駅前から見えたところだな。
「死なないでくださいね」
「おじさま……」
ルルが不安そうな面持ちで見上げてくる。
「最強の魔籠がついてる。安心して」
ルルが頷くのを確認して言う。
「行って」
ララたちが先へ進むのを見送り、マニベルの方へと向き直る。雪の舞う聖都の星蒔きを背景に走るマニベル。酷く美しく、神聖で恐ろしい。強がって残ったが、正直言うと怖い。列車で見たマニベルの常軌を逸した強さがどうしても脳裏にちらつき、脚が震える。
そもそも、こんなことになってしまったのは僕がルルに関わったからだ。異世界人と接触しなければ、悪魔とつるんだ娘などと教会から追われることもなく、皆が危険にさらされることはなかった……。
僕は頭を振って、暗く傾きかけた考えを振り払った。
違う。ルルが独り立ちできたのも、ルルとララが仲直りしたのも、フロド王子がルルに惚れたのも、僕が自分で決めて頑張ってきた結果起こったことだ。それを否定したら、信じて守ってくれた人たちのことも否定することになる。
「どうしてそんなに僕らのことが嫌いなのか知らないけど――」
首飾りの魔籠を握りしめる。
「ルルは強いぞ。今まで狩ってきた人たちと同じだと思ったら、大間違いだからな」
僕は一気に欄干を乗り越えた。迫る暗い水面を見ながら唱える。
「クラーケンフォーム!」
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