第十九話 審問

 通された部屋には先客がいた。

 少し広めの応接室。机を挟んだ二人掛けの椅子に座っていたのはルルの両親だった。その背後に控えて立つのはラミカさん。

 あまりにも唐突な遭遇に、一瞬マニベルのことすら忘れて部屋の入り口で立ち尽くしてしまう。ルルの方を見るが、こちらも同じようだ。見開いた目に驚きが浮かび上がっている。ララはというと、険しい表情は先ほどからずっと変わらない。何を考えているか、僕には推し量れなかった。


「どうされましたか? どうぞ中へ」


 マニベルに催促されて我に返る。ルルの問題は大切だが、今はそれどころじゃないというのが本音だ。何せ、命がかかっている。

 僕らは重たい足取りでラミカさんの横に立つ。


「椅子が足りませんね」


 マニベルが言うと、部屋の扉が開く。入ってきたのは白外套を着込んだ人物。王宮で襲いかかってきた相手と同じ格好だ。つるぎ座の使徒のメンバーと思って間違いないだろう。

 白外套の人物は椅子を一つ追加すると、そのまま扉を塞ぐように立った。部屋の出入り口はあそこだけだ。退路を断つ意図だろうか。焦りが募る。


「さあ、殿下。おかけになってください」

「ああ……」


 フロド王子が座るのを待って、マニベルも向かいの椅子に腰掛ける。


「さて、何からお話ししましょうか」

「待ってください。輝煌猊下はどこに?」

「生憎と猊下はお身体の調子が優れないため、本日は私一人が対応いたします」

「約束が違う」

「申し訳ありません」


 マニベルは微笑んだ表情を少しも崩さずに言った。申し訳なさそうな様子など微塵もない。そして殺意の気配を隠すつもりも無いようだ。出会ってからずっと圧迫感を受け続けて吐き気がしてくる。


「……分かりました。では本題に入りますが、僕たちは北星教会に対し、正式に抗議を申し入れる。理由は先日王宮で開かれた僕の誕生パーティーで起きた騒動について」

「存じております」

「会場に乱入し、来賓に攻撃。さらに王宮の兵士三人を殺害、そして逃亡。到底看過できる行いではありません。現場に残されていた証拠から、襲撃は北星教会つるぎ座の使徒によるものと考えています。まずはこの点について明らかにしておきたい」


 マニベルは胸に手を当てて答える。


「殿下が仰いました一件につきましては、私共、つるぎ座の使徒による行いに間違いないと、ここに明言致します」


 声色こそ変わらないが、一言一言がハッキリと強調された宣言としての台詞だった。


「何故このようなことを?」

「殿下は、悪魔という存在をご存知でしょうか?」

「それは、聖典の?」


 マニベルは頷き、そして一瞬、目だけで僕の方を見た。


「忌まわしき悪魔。遙か遠い昔、底知れぬ魔力に恵まれたかの者らは、私たちと同じこのポラニアの地に棲んでおりました。人間の枠を超える絶大な魔力により、欲しいままに魔法を振るう者。地上は余すところなく、悪魔どもの支配するところでした」


 僕が聞いたことのある悪魔についての言葉そのもの。

 マニベルは説教をするかのように厳かに語る。王宮から公式に抗議を受けている最中の説明とはとても思えない尊大な態度だった。


「しかし、天に御座す星座の神々のお力により、悪魔どもは魔法の知識を取り上げられ、地獄へと叩き落とされたのです」

「聖典の内容であれば僕も知っています。しかし、それが今回のことにどう関係が?」

「私どもは悪魔を退治しているのです」


 沈黙。相手の真意を量りかねているのだろう。フロド王子からすぐに返事は出なかった。

 聖典の話をし始めたかと思えば、今度はそれを退治しているという。架空の話と現実の問題をぶっ続けにしているのだから当然だ。だが、僕にはそれがきちんとつながった話だというのが分かる。いや、薄々感づいていたことを突きつけられたと言ってもいい。


「……言っている意味がよく分かりません」

「殿下はご存知無いかも知れませんが、以前より王宮には散々申しあげていたことです。早急に何とかするべきだと。残念ながら梨の礫でしたが……。それに対する我々の意志の強さを表すため、敢えて目立つ形をとらせて頂きました。とはいえ、無関係の死者が出たのは我々の意図するところではありません。ここに謝罪申し上げます」

「分かるように話してくれませんか。聖典の内容と、襲撃に何の関係が?」


 明らかに苛立ちのこもった声でフロド王子が言う。対するマニベルの答えは極めてシンプルだった。


「悪魔は実在するのですよ。ほら、貴方の後ろに」


 フロド王子の後ろには僕が立っている。フロド王子は頭を動かしかけたが、途中で止めて前へ向き直った。

 やはりそういうことだ。教会が言うところの悪魔とは、即ち異世界人である僕らのことだ。海都で海竜伝説を聞いて、実際に伝説に沿う形で海竜が降臨したことが決定的だった。

 絶大な魔力を持ち、魔法の知識を取り上げられて地獄へ落とされた存在。聖典の言うことを信じるならば、僕らの祖先は元々こちらの世界にいた。それが魔法を失ったうえで地獄、つまり僕らの故郷である異世界に送られたということになる。

 ルルが不安そうな顔でこちらを見ているのが視界の端に映った。僕には何も出来ない。


「冗談は止めてくれませんか」

「冗談ではありません。遙か昔に地獄へ送り込まれたはずの悪魔が、ここ十数年の間に続々と確認されているのです。理由の見当もついているのですが、それはまた別の話になりますので……」


 マニベルの短い言葉に僕は衝撃を受けた。

 理由の見当が付いている?

 僕らがこの世界に送り込まれた直接の原因は、何故か日本の書店に並んでいた本型の魔籠『ポラニア旅行記』だ。読者を罠に嵌めるかのような挙動をする不審な魔籠。だが、何のためにそんなことをするのか、目的は今日まで不明のままだ。

 教会は僕らのことをどこまで知っているのだろう。


「さて、貴方たちはこれで真実をお知りになりました。その上で伺います。貴方たちは我々の刃に立ち塞がりますか?」


 王宮が教会を責めるはずの場。しかし、この場を支配しているのはマニベルだった。命の分岐を決めかねない質問に聞こえた。


「彼は悪魔などではない……!」

「よく考えて発言なさってください、殿下。オークマレット卿と奥方もですよ? ご息女が悪魔とつるんでいるのです。こうして一緒に説明をしたかったから、わざわざ残って頂きました。星の標を見失っていなければ、何が正しいか分かるはずです」

「何の話をしているのか、分からないのですが……?」


 夫妻の顔には動揺が見て取れた。それはそうだろう。隣でワケの分からない話が突然始まったのだから。ラミカさんも困惑した様子で僕を見ている。


「知らないことは罪ではありません。故に、私たちは悪魔とその仲間以外を殺そうとは思いません。王宮で何も知らぬ兵士に手を出した者はこちらで処分しました。しかし、真実を知ったならば話は別です。これより、我々の刃に立ち塞がるのならば、それは悪魔に与する者。断罪は免れませんよ」


 マニベルの視線が僕を貫くように捉える。この場でやる気なのか。急激に膨れ上がる殺意が現実の重みに感じられそうなほどだ。口が渇き、手が強ばる。


「何度でも言う。彼は悪魔などではない」

「残念です」


 マニベルはそう言って、夫妻の方へ顔を向ける。


「わ、私は……」


 娘にはめっぽう強いオークマレット氏が、今は冷や汗を流しながらマニベルとフロド王子を交互に見る。両者の顔色をうかがっているのか、教会と王宮の権力を比較しているのか。酷く狼狽える様子を見て思った。彼も自分では決められない人間だ。


「どうやらご理解いただけないようですね」


 氏が答えに窮する間に、時間切れとなったらしい。

 マニベルがゆっくりと立ち上がる。


「天のつるぎ座に代わり、私が罰を与えましょう」


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