第十六話 見守ってます

「なんか、入れる感じじゃないな……」


 僕は今、部屋の入り口からひっそりと遠目にベランダを見守っている。

 夜も遅くなってきたのでララに言われてルルを迎えに来たが、話しかけられる雰囲気じゃなかった。

 ルルはフロド王子といい感じになっている。今も雪降ってるけど、外に出て寒くないのかな。


「少し待ってあげてください」


 ベランダを見ながら言ったのはフロド王子の護衛の方だ。


「ルルさんと知り合ってから殿下は変わりました。まあ、そのせいで少々危ないこともありましたが……。全体では感謝しているのです」


 護衛の方は僕の方へ向き直った。


「申し遅れました。殿下の護衛を務めさせて頂いております。クレスト・テイラーです」

「どうも、今川信弘です」


 僕は名乗りつつ、差し出された握手に応じた。


「北星祭では殿下を守って頂き、ありがとうございます」

「えっ、いや……。あれ?」


 麦畑の町でフェアトラ復権会を退けた時のことか。おかしいな、あの時は変身していたし、正体を明かしたりしていないけど。


「先日の誕生会で貴方の剣を預かりました。それに、会場で使った奇抜な変身魔法。私は魔籠に詳しいわけではありませんが、併せて考えたらピンときましてね。あんなところにダイヤモンドボアがいるなんて、どういうことかと思ってましたが、これで合点がいきました」


 全てを見透かしたように笑うテイラーさん。ルルやララはともかく、護衛の人にまでバレてるなんてちょっと恥ずかしいぞ。しかも変身魔法使いってイメージになってないか?


「こちらこそ、ルルがとても良くしてもらっていて、ありがたく思ってます」


 もちろん心からの言葉だ。特に北星祭の時にはフロド王子が双子の両親からルルを守ってくれたと言っていい。まあ、そもそもの発端が王子側からの求婚であったことは確かだけど、こんなに素晴らしい王子なら是非にと言いたいところだ。


「そう言ってもらえると、殿下もお喜びになるでしょう」


 テイラーさんはベランダで談笑する二人へ再び目を向ける。揺らめく蝋燭の明かりに照らされた二人の雰囲気はとても和やかで、数日ぶりに見るルルの柔らかい表情は僕の心までも落ち着かせてくれた。


「ルルさんを知る前の殿下は本当に自信が無いようでした。自分が無いと言ってもいい。魔法の才能が無い自覚はあるのに、やたらと持ち上げられる……。王立魔法学院の雰囲気はイマガワさんもご存知でしょう? 周囲には殿下の立場しか見ていない人間ばかりが集まって、誰も個人としての正当な評価をしようとしない。中身のない王子という箱のような存在だった」


 ルルも同じような目に遭っていたと、ララから聞いたことがある。全く出来なかった実習で何故か優良評価を貰い、自分よりも出来のいい学生が低評価をもらう……。それが嫌でルルは両親や先生たちに抗議をしたんだっけな。そして、それが全ての始まりだった。


「自ら行動を起こし、結果まで見せるに至ったルルさんの影響は多大でした。殿下はそこから大きく変わりましてね。今ではちょっと手がかかりすぎるというか危なっかしいというか……。でも、仕事のやり甲斐はあります」

「僕もルルには救われていますよ。あの子は僕に無いものを持ってます」

「魔籠の才能のことですか?」

「もちろんそれもあります。でも、僕が本当に凄いなと思うのは、自分の道を自分で決められるってところでしょうか。今、テイラーさんも言ったことですけど」


 こうと決めたら動かないルルの頑固なところ。簡単そうに見えて多くの人が真似出来ないことだ。僕に至ってはその点で特に顕著だし、ルルは本当に凄いと思う。


「それはルル自身の立場を危うくすることもあります。でも、ルルにはその生き方を変えて欲しくはないですね。それで危なくなる分は、僕やララで守ってあげられたらなって思ってます」

「なるほど。それなら、私もそうありたい」


 ルルとフロド王子はまだ楽しそうに話していた。もうしばらくかかるかも知れない。邪魔しないように僕は戻ろう。

 話が終わったら部屋に戻るよう伝言を頼み、僕は自室へ退散した。


 そしてララに怒られた。なんで……。

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