第十七話 帰らずの

 聖都は朝日に輝いていた。

 夜のうちに雪雲はほとんど流れ去ったらしく、街中の屋根に残された積雪が照り返しで眩しい。太陽の強い光に隅々まで照らし出された聖都は、夜の雪と灯に彩られた幻想的な風景とは違った趣がある。


「夕方まで時間があるから、少し街を回りたい」


 朝食でフロド王子が提案した。


「不必要に出歩きたくはありませんが。何か用事があるのですか?」


 ララは難色を示した。正直、僕もあまり気乗りはしない。僕らを襲撃してきた相手の本拠地だからというのもあるが、実のところ列車で見た光景に少しビビっていたりする。強大な魔物を一瞬で刻んだ人物。あれが誰だか知らないが、街をうろついていてバッタリ遭遇なんてことは絶対に避けたい。


「教会区は避けようと思う。いくつか主要な宿を見て回りたくて」


 フロド王子の返答に、ララは溜息をつく。


「両親の宿泊先探しですか?」

「あ、ああ……。念のため言っておくが、ルルさんに無理強いされたわけではないからね。僕の意思だから」


 フロド王子がルルとララを交互に見ながら一人で焦り始めた。

 嘘ではないだろう。でも、ルルの希望を慮ってのことには違いない。昨日の晩に何か話したのかも知れないな。


「大体見当が付くので、案内しますよ」

「そうなのかい? 助かるよ」

「無闇にうろうろされる方が困るので」


 ララの了解に、ルルは少し驚いた様子だった。

 昨晩にララと話をした時の感じから、ララ自身もこうなることは予想できていたんじゃないかと思う。


          *


 朝から押しかけるのはよくないだろうということで、昼過ぎに僕らは出発した。ララの案内に従って大通りを歩く。高級宿は区境の大通りに面していることが多いそうで、今回向かう先もそれほど遠くはないとのことだ。

 道中、ルルがララに尋ねた。


「よく泊まってる場所が分かったね」

「毎回同じところだったから」

「じゃあ、わたしが出て行った後も変わってないんだ」

「うん。敢えて言ってなかったけどね」

「そうなんだ。でも、教えてくれてありがとう」


 ルルが素直に礼を述べたが、ララはそれ以上何も言わなかった。色々と思うところはあるのだろう。


 たどり着いた宿は僕らが泊まったところと比較しても遜色ない。

 ロビーへ入ると、フロド王子とテイラーさんが早速フロントへ向かった。王子に率先して動いてもらうのは複雑な心境だが、呼び出す相手が相手なので、最も適任だろう。

 ラウンジでやきもきしながら、相手を待つ。フロド王子が同席だから酷いことはないと思うが、それでも心配ではある。ルルは少し表情が硬く、ララはいつもと変わらなかった。


「お待たせいたしました」


 僕らの前に現れたのは、ラミカさんだった。ルルとララの実家で働いている使用人の一人だ。出先ということもあってか、今はメイド服ではない。


「ラミカさん!」

「ルルお嬢様、ララお嬢様、お久しぶりです。殿下、お越し頂きありがとうございます。再びお目にかかれて光栄です」


 ルルの顔から緊張が一気に抜ける。


「イマガワさん、お嬢様方を連れてきて頂き、ありがとうございます」

「いえ。僕は何も。それよりも……」


 不安と期待の入り交じったルルの顔を見る。本番はここからだ。ラミカさんが出てきたということは、宿泊先はここに違いないのだから。


「申し訳ありません。旦那様と奥様は出かけておりまして」

「そうでしたか」

「しかし、昼までには戻るはずだったのですが、昼食を予約した時間になっても戻られず。こちらから伺おうかと迷っていたところです」


 壁に掛かった時計を確認する。正午はとうに過ぎ去っていた。僕らは昼を過ぎてから出てきたのだから当然だ。


「今日はどちらへ向かったのですか?」


 フロド王子が問うた。


「十三星座教会です」


 ラミカさんの答えに、僕は最近知ったばかりの知識を引っ張り出す。そこは聖都中心地のことだ。北星教の総本山であり、もっとも大きな教会。この旅での僕らの目的地でもある。


「何かあったんでしょうか……」


 ルルが不安そうな瞳を向けてくるが、僕にも分からない。


「まだ昼過ぎたところだし、単に用事が長引いてるだけってこともあるんじゃないか?」

「そうですね。どうせ後で行く場所ですし、自ずと分かるでしょう。すれ違いにはなるかも知れませんが」


 すれ違いになって欲しそうな顔でララが言う。ルルが残念そうなのは可哀想だけど、僕もちょっと気が抜けた。


「そういえば、ミルトさんは?」

「ミルトは王都のお屋敷で留守番です。北星祭以来お二人に会えていませんから、とても寂しがっておりましたよ」

「そうだったんだ。じゃあ、よろしく伝えてね」

「ええ。帰ったら自慢しておきますね。ふふふ」


 実家のメイドたちはルルの味方だ。直接話したことがあるのはラミカさんだけだけれど、二人とも頼れる人物のようで心強い。今回もいてくれて本当に良かった。

「しかし、今回はどのような御用向きで? 殿下までご一緒となると、もしかして以前の件でしょうか」

「えっと、実はね――」


 ルルが自ら事情を説明した。

 王都でフロド王子の誕生パーティーに参加したこと。つるぎ座の使徒による襲撃のこと。フロド王子直々に教会へ抗議を行う運びになったこと。そして、今回の襲撃に関して、敵の狙いは教会の秘儀を知ったルルであるかもしれないこと。

 剛堂さんの説明では異世界人と言うことで僕も狙われているのだろうが、その点は口に出さなかった。


「そのようなことが……! では、聖都に居ては危険なのでは?」

「色々考えた結果だから、大丈夫。心配してくれてありがとう」

「ルルお嬢様がそう仰るのであれば……。では、旦那様を訪ねてきたのも安否確認の為でしょうか」

「うん。よっぽど大丈夫だと思ってるけど」


 ルルの話を聞き終えたラミカさんはしばらく目を瞑って考え込むような様子を見せた後、フロド王子に言った。


「殿下、教会との約束の時間はいつになるのでしょうか」

「夕刻です。もうしばらくしたら皆で向かうつもりですよ」

「では、私は一足先に教会へ向かいます。今の話を聞いたら、さすがに心配になってきましたから」


 予約していた昼食をすっぽかして帰ってこないんだったな。僕は考えすぎじゃないかと思っているが、ラミカさんにしてみれば使用人という立場もあるだろう。今の話を聞いてただ待つというわけにはいかないようだ。


「気をつけてね」

「はい。旦那様方を連れて帰ったら、ルルお嬢様に会って頂けるよう頼んでみますね」


 僕らは宿泊している宿をラミカさんに伝え、戻ったら教えてもらえるようにお願いをした。

 ラミカさんは立ち上がると、僕らに丁寧な挨拶をして宿を出て行った。


 その後、夕刻まで待ってもラミカさんは戻ってこなかった。


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