第十五話 星蒔く都の語らい(二)
「すまない。僕の方でも正確な居場所は把握していなくてね」
「そうでしたか。すみません忙しいのに」
「いや。こんなことすら役に立たず申し訳ないよ」
ルルはフロドの部屋を訪ねていた。既に夜遅かったが、フロドは快くルルを迎え入れて暖かいお茶も用意してくれた。
ルルの用件は、両親の所在についてだった。この時期は聖都で主要教会を巡っているだろうルルの両親。滞在先の宿を知っていないか尋ねに来たのだ。結果として答えは聞けなかったわけだが、考えてみれば襲撃への対応やら、教会との話し合いやら、重責任務が盛りだくさんの状態である。ルル個人の事情に構っている時間は無いだろう。
「ありがとうございました。部屋に戻りますね。夜遅くに失礼しました」
ルルが礼を述べて立ち上がると、フロドはそれを引き留めた。
「よければ、もう少し話せないかな。無理にとは言わないから」
「はい。大丈夫です」
ルルが座り直すと、フロドは顔をほころばせた。
「大変なことになってはいるが、ずっと気を張り詰めていても保たないだろう。折角、聖都が一番綺麗な時期に来ることが出来たんだ。もっと街の雰囲気を楽しもうじゃないか」
フロドが窓の外を向くのに続き、ルルも景色へと目を向けた。
相変わらず細かい雪は降り続いている。霞むほど遠くまで果てなく散りばめられた人工の星明かり。綺麗なそれを見ていると、思い出されるのは昔のこと。
「昔は、家族みんなで来たんです。おとうさんも、おかあさんも、ララも一緒に」
「うん」
「わたしが王立魔法学院から転籍するまでのことなので、もう記憶もかなりおぼろげなんですけど……。ごめんなさい、こんな独り言」
「構わないさ、いろいろ吐き出しておくれ。身近な人の前ではかえって言いにくいこともあるだろう。その点、僕は適任だ。君になら何を言われても大丈夫だからね。むしろ、こうして二人で話す時間が長くなってくれて嬉しい限りだ」
フロドは本当に全て受け止めるといった表情をしていた。ルル自身、フロドが寄せてくる思いは理解しているが、それに応じる用意も無いのにこちらから一方的に頼ってばかりな現状に少しの後ろめたさを感じていた。しかし、フロドの様子からは本当に嬉しさが滲んでいるように思えた。自分と話すだけで喜んでもらえるならと、ルルは話し始めた。
「今回わたしが聖都に来たのは、おとうさんとおかあさんのことだけじゃありません」
「というと?」
「教会に目を付けられたのは、わたしのせいなのに、実際に戦ったり怪我をしたりしているのはララやおじさまばっかりです。だから、もしものときは役に立ちたくて」
ルル自身、口にはしなくとも常々感じていたことだ。信弘に初めて会ってからずっと、ルルは常に誰かの後ろで守られてきた。自分に出来る仕事ならばと魔籠作りには全力を尽くしてきたが、それを使って戦うのがララや信弘であることに変わりはなかった。
王宮ではララが命を奪われる寸前の場面を目の当たりにした。あの光景は今も記憶の中に強く焼き付いている。そして、その衝撃がルルに一つの決心をさせたのだ。
「やっぱりルルさんは優しいね。それを後ろめたく思えるのは誇り高いことだよ。でも、その考えは違うと思う。実は少し前まで僕も似たような考えに固執していてね。それでちょっとばかり危ない目に遭ってしまった。今考えたら、なんて浅はかだったろうと思うよ。仲間にも叱られてしまったし」
そう言うフロドは頭をかきながら少し自嘲気味な笑みを浮かべた。どんな経験があったかは分からないが、恥じ入っているとも取れる態度からは上辺だけの言葉でない説得力を感じた。
フロドは話を区切ると、真剣な面持ちになって言った。
「王都で君が僕にしたお願いは、このためかな?」
「……はい」
「確かに、無茶をしなければならない場面はあると思う。さっきは考えが浅はかだったと言ったが、僕は自分の行動に後悔はない。だから、ルルさんのそれも本当の本当にどうにもならない時の最終手段にしてほしい。その上で使うべきだと判断したなら、それ以上僕は何も言わないよ」
ルルは自分のうなじに手を沿わせて目を瞑った。
フロドにお願いして施してもらった秘密兵器。ララや信弘には当然内緒だ。事前に言ったら力尽くで止められるのは分かっていたから。しかし、ルル自身の手で二人を守ろうと思ったらこれしかなかった。無論、使わずに済めばそれに越したことはない。しかし、その時が来たら二人にどれだけ怒られようが使うつもりだった。
「はい」
ルルは目を開き、フロドの目をしっかりと見据えて答えた。
フロドはそれを受けて頷くと、パンと手を叩いて相好を崩した。
「よし! 息の詰まる話はこれまでにしよう。実はちょっとしたものを用意していてね。いやあ、どうやってルルさんを誘おうか迷っていたんだが、そちらから訪ねてくれて助かったよ」
そう言いながら席を立つと、部屋の隅にある棚から布の被せられたトレーを出して戻ってきた。何事かと固まるルルを目で促しつつ、ベランダの方へと出て行ってしまった。よく分からないながら、ルルも急いでそれに続く。
広いベランダには洒落たテーブルが一台に、椅子が二脚。フロドはテーブルにトレーを置くと、椅子を引いてルルに座るよう促した。流されるままルルが席に着く。
「外は冷えるからね」
いつのまに用意したのか、フロドが肩にカーディガンを丁寧に着せてくれた。そして、ルルに少し待つように言って部屋の照明を落としてからベランダへ戻ってくる。ルルは慌ただしく動き続けるフロドを目で追うばかりだ。
部屋内からの灯りがなくなったのでベランダは暗い。聖都に数多輝く星蒔きの光がより際だって見えた。
一体何が始まるのかと待つルルの前で、フロドがトレーの布を除ける。街の灯りに薄らと見えたのはたくさんの蝋燭とマッチだった。
「一緒に星蒔きをしよう」
そう言って、向かいの席に座ったフロドが微笑んだ。
驚いたルルが固まっていると、フロドは慌てた様子で言う。
「ああっ、もしかして嫌だったかい? いや、少々強引だったか、ううむ……」
「いえ、ふふっ。ちょっと突然だったので、びっくりしちゃって」
思わず笑ってしまったルルに安心したか、フロドもほっとした様子で続けた。
「そうかい? いやあ、よかった。それに、やっと笑顔を見せてくれたね」
「えっ」
「ここ数日ずっと怖い顔をしていたよ」
「そ、そうでしたか?」
ルルには全く自覚がなかった。襲い来る危機に対して自分に何か出来ることはないのか。ずっとその考えに追われていたのは確かだ。言われてみれば、ここ数日でそれ以外に何を考えていたのかほとんど思い出せなかった。
「この時期に聖都までやってきて、それではつまらないだろう。確かに今は色々と立て込んでいるが、このくらいは許されるさ」
フロドはマッチをルルへと手渡した。
「点けよう」
二人でマッチを擦り、順に火を灯してゆく。暖かい光が少しずつ数を増やし、ベランダを明るくしてゆく。中には青や赤など、不思議な色つきの火も混ざっていた。
「炎色反応で火の色が変わる品だそうだ。綺麗だろう」
「そうですね。魔法みたいです」
「それは良かった。君でも使える魔法があったね」
「はい。ふふっ」
すっかり明るくなったテーブルを挟んで、ルルとフロドは雪と夜景と星蒔きを楽しんだ。フロドの言うとおり、このくらいは許されるだろう。
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