第十四話 星蒔く都の語らい(一)
列車は光の群れへと吸い込まれてゆく。雪の街に蒔かれた人工の星明かりだ。
駅舎の中も光に満ちていた。本当に至る所に灯りが設置されている。通行の妨げにならない床面から、天井付近や壁にあるくぼみや出っ張りの上など、目を向けるところほとんどに星が蒔かれていた。星蒔きを想定して灯りの置き場が意図的に作られているのかも知れない。
火がゆらめく蝋燭もあれば、電池式と思しきランプもあるようだ。いずれも一つ一つは小さな灯りだが、とにかく数が多くて大変に明るい。
駅舎を出ても街は灯りが溢れていた。
民家から店舗まで、屋根に庇に庭にと多くの星蒔きがされている。葉の落ちた街路樹にすら吊り下げ式のランプがかかり、中で火が揺らめいている。
こうなると光っていない場所を探す方が大変なほどだ。空は相変わらず雲に覆われて雪が舞っているが、星空の代わりは地上に充分ある。元々の街明かりも加わって壮観だ。
「これは凄いな。どこ見ても光ってるぞ」
「教会区に行くともっと激しいですよ」
そう言ってララが指さす先には教会の物と思しき尖塔のシルエット。雪の向こうにあるのでハッキリと見えないが、それでも多くの屋根に光の粒が見て取れた。距離と高さがある分、本当に星空に成り代われそうだ。
「綺麗だけど、こんなに火を置いてたら火事になりそうだ」
「なります。星蒔きの時期は火事が多いです。ほら、あの木なんて燃えた後ですね」
確かに焼け落ちた後らしき黒焦げの街路樹がある。火の用心だな。
「目的地は十三星座教会だけど、約束の時間は明日の夕方頃になってる。今日は宿へ行って休むとしよう」
フロド王子の案内で駅前の馬車乗り場から出発。僕らは明るい市街区を抜けて街の中心へ向けて移動した。
聖都は全体を囲む市街区、内側に位置する教会区に大別されるそうだ。僕らが明日に訪ねるという十三星座教会は北星教の総本山で、教会区の中心にあるのだという。
何事もなく馬車は進み、区域の境目となる大通りまでやってきた。この通りを挟んで向こう側からは教会や関連施設が多く建ち並ぶ教会区へ入る。通りのこちらとあちらで建物の雰囲気が大きく違うのが分かった。
先ほど戦っていたつるぎ座の使徒を思い出し、緊張感が増す。下手をしたら、ここから先は敵地になるわけだ。
教会区を目前に馬車を降りる。
僕らが立っているのは聖都外縁から中心へ向けて真っ直ぐ突き抜ける大通りと、教会区と市街区を分ける境目の大通りが交差する場所。さすが大都市の主要路とあって賑やかだ。大通りに面した多数の店には競うようにランプが置かれて夜でも明るかった。
フロド王子に導かれるまま大通りに面した宿へと入る。王宮御用達なのだろうか、明らかにハイグレードな宿だ。王都で泊まったところにも引けを取らない。
僕とルルとララ。そしてフロド王子と護衛の方。それぞれ別れて部屋を取ってくれた。三人で過ごすには明らかに広すぎる部屋だった。海都に王都に聖都と、誰かに高級宿を取ってもらうことに慣れつつある自分が怖い。
周囲の建物より高さが抜きん出ているために、高層階からは星の蒔かれた聖都を一望できた。星空を見下ろすような夜と光の風景はまさしく絶景だ。光に満ちた市街を見下ろし、こちらも星が蒔かれた教会区の尖塔群を見上げる。宗教色の強い建物群の向こうには湖が見て取れた。他の街にはなかった神秘的な風景に、自分の危機的状況も忘れて見とれてしまうほどだった。
*
「あれ、ルルは?」
寝る前に入浴を済ませて部屋に戻ると、ララ一人だけだった。ルルとララは僕より先に入浴していたので、あとは寝るだけだと思っていたが。
ララはソファに深く腰掛けて景色をぼんやりと眺めている。壁の一面が丸ごと大窓になっている場所に陣取り、夜景を独り占めしていた。宿にあった子供向けのバスローブ姿で右手には紫色の液体が入ったグラス――恐らく中身はブドウジュース。ソファが大きいから足が浮いてしまって床に着いてないのが可愛らしい。そして、そんな状態でも魔籠の杖だけは傍らにあるのがちょっと怖い……。
「フロドさんのところです。聞きたいことがあるそうですよ」
「へえ、なんだろう」
「両親のことでしょうね」
「ああ……」
ルルがここに来た主目的はそれだろうからな。ルルの性格だ。自分のせいで親が危機に陥っていたらと心配になるのは分かる。
「ララはついていかなかったんだな」
「私がどう思ってるか、お姉ちゃんは分かってるでしょうからね。遅くなりそうだったらノブヒロさんが迎えに行ってください」
「わかった」
僕がそう答えて隣に座ると、ララは外に目を向けたまま問うた。
「どうしてお姉ちゃんはあんな親の心配が出来るんでしょう」
「……」
僕が答えずにいると、ララは気にせずそのまま続けた。
「もしも今回の件で両親がつるぎ座の使徒に目を付けられたとして、私はそれを心配なんてできません。さすがに積極的に死ねば良いとまでは思いませんが、何かに巻き込まれて酷い目に遭っていたとしても、ざまあみろとしか言えないんですよ。私がおかしいんでしょうか」
「正直、僕にもよく分からない。ルルが酷い目に遭わされるのを近くで見てきたからね。でも、よく考えてみればルルの親について僕が知ってるのはその一面だけなんだ」
「どういうことですか?」
ララが初めてこちらを向く。僕はそのまま続けた。
「ララはずっとあの家に居たから、ルルを追い出した後も色々大変なことがあったんじゃないの?」
「ええ、まあ……」
「でも、ルルが追い出される前は、家族でこの街に旅行に来るくらい仲が良かった」
王宮にいた時ララから聞いた話だ。昔であれば、今の時期は家族揃って聖都へ行っていたのだと。
「過ごしてきた環境が違いすぎて、ルルとララでは両親に抱いてる印象が違っても仕方がないと思う。ララには両親に対して完全に失望するだけの長い時間があった。でも、同じ時間ルルはずっと家に帰ることを目指してきた。これは結構大きな違いだよ」
「お姉ちゃんは昔の綺麗な理想を持ったままってことですか」
「かもしれないってだけ。手ひどい拒絶も味わってるから、前ほどじゃないと思うけど」
初対面の頃は本当に必死だったな。今はララが味方になってくれたから、家族仲の一部は取り戻したと言っていいだろう。それがルルの心を安定させてくれた。
「綺麗な思い出があるなら、それを勝手に奪うようなことはしたくない。ルルはいつでも自分のことは自分で決めてきたから。でも、ルルが自分で選んだ道とはいえ、それで両親から酷い扱いを受けるのも嫌だ。今の僕の気持ちはこんな感じ」
「なるほど。私も大体一緒ですけど、どっちかと言えば無理矢理にでもお姉ちゃんを家から遠ざけたい方でしょうか」
ララにとっては家族仲全体よりもルル個人が最優先だ。両親からはもう引き剥がすしかないって諦めているあたり、僕やルルよりも失望が深いのだろう。そういった環境で育ってきたララにしか分からない気持ちだ。
ララは再び窓の外へ目をやると、大きく溜息をついて一言。
「結局、何も分からないってことですね」
「そりゃそうだ。僕もララも、ルルじゃないんだから」
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