第十二話 次の一手は
フロド王子が手配してくれたのは溜息が出るほどの高級宿だった。
王都の一等地に堂々と構え、同じ通りには僕らの私服では入店を憚られるような格式高い店が連なっている。
高層階の窓からは広大な王都が一望できた。赤茶の煉瓦造を敷き詰めた街を眼下に収め、頭上には快晴の青空。朝に窓を開け放つと、驚いた鳩が一斉に飛び立ってゆく。素晴らしく気持ちの良いロケーションだが、今は景色を楽しむような気分ではなかった。
王宮を出てから二日目、僕らは教会への問い合わせ結果を待っていた。宿には警備の兵士を置いてくれたが、敵の強さを考えれば効果があるか怪しいところだ。幸い、今のところ襲撃の続きはない。ただ朝から晩まで外出を控え、夜は上質なベッドに体を横たえ時間を無為に溶かしていた。
今朝も部屋に運ばれてきた朝食を黙々と食べる。仕方の無いことではあるが、ララはその状況に不満があるようだった。空になった皿をフォークでカツカツと突き、続いて小さく溜息を漏らす。
「ララ、行儀悪いよ」
「お姉ちゃんはなんとも思わないの?」
「……悪いと思ってる」
「そうじゃなくって」
ルルは今回の襲撃について責任を感じているようだった。襲撃の直前に警告とも取れる手紙を受け取っているので無理もないことだが、僕もララもそれを責めるつもりはない。
「こうしてる間にも敵は次の準備をしてるかも知れない。しかも一人逃がしてるんだから、もっと対策を立ててくるかも」
「だからって、こっちから攻めるのは違うと思う」
「狙われてる当人なのに、自覚あるの?」
「ララ、落ち着いて」
目の前の双子がこちらを向く。
「フロドさんの話だと今日辺りには返答が来るだろうって事だったし、今はそれを待とう」
とは言ったものの、これが単なる結論の先送りだってことは自分でも分かっている。回答をもらったとして、結局どうするか決めなきゃいけないのは同じだ。逃げ隠れるか、ララが言うように戦うのか……。
ちょうど会話が途切れたところでドアがノックされた。
噂をすれば、ということか。尋ねてきたのはフロド王子だった。部屋の入り口で控えているのは護衛の人だろうか。
急いで食器を下げてもらい、僕らは揃って卓に付いた。
「変わりないかな」
「お陰様で」
フロド王子は僕の言葉に一つ頷くと、用件を切り出した。
「早速本題に入ろう。あの晩の襲撃について教会に問い合わせた返答がきた。要約すると『北星教会としてそのようなことはやっていない。ただし、つるぎ座の使徒の活動については、教会はその全てを認知していない』とのことだった」
「大体予想通りですね」
「ああ」
全員の顔に驚きはない。ララが無感情的に呟き、フロド王子も同意した。
何を寝ぼけたことをと言いたくなる返答だが、こう言ってもらわないと北星教会全体と王宮が表だって対立してしまうので、王宮としても困ってしまう。どうあっても、つるぎ座の使徒だけが悪者になってくれないとまずいわけだ。
「それで、王宮からは教会に抗議を行うことになった。北星教会に対しては、下部組織の管理不行き届きについて、つるぎ座の使徒に対しては、襲撃事件そのものについて」
抗議。これで大人しくなってくれたらいいが、考えが甘すぎるだろうか。
「抗議の方法については、僕が聖都を直接尋ねることにする。襲撃を受けたのは僕の誕生パーティーで、被害を受けたのは僕のゲストだからね」
「では、私も連れて行ってください」
ララが言い出すと、フロド王子がなだめるように言う。
「君はあの戦いで目を付けられているだろう。直接抗議したい気持ちは分かるが、今聖都へ行くのは危険だ」
「王宮のパーティーでも構わず乗り込んでくる相手です。もうこの国に安全な場所なんてありません。今となっては、この宿も聖都も大差ないですよ」
「それはそうかもしれないが……」
そう言って言葉に詰まるフロド王子へ、さらなる追撃が飛んだ。
「わたしもいきます」
全員がルルに注目する。
「狙われてる本人が何言ってるの? ダメに決まってるでしょ! 危ないんだから」
「どこにいても危ないって、ララが言ったところだよ」
「……」
揚げ足をとられて黙り込むララ。実際その通りなので仕方ない。何なら、強力な守りであるララから離れることの方が危険と言えるかも知れない。
反論のないことを待って、ルルは続けた。
「お父さんとお母さんが聖都にいるんでしょ? わたしと関係ある人だから、危ないかも知れない。どうしても行きたいの」
ルルがこう言い出すだろうとは思っていたので、僕はあまり驚かなかった。それはフロド王子も同じようで、その表情は平静なままだ。ただ、ララの呆れたような深い溜息だけがその心中を表していた。
「わたしが心配なら一緒に連れて行って。ララは守ってくれるんだよね」
ララは恐らくつるぎ座の使徒を打ち倒すために聖都へ行きたいのだろう。しかし、そのためにルルを一人残すのがどれほど危険かもよく分かっている。加えてルル自身も聖都へ行きたい理由があるとなれば、もう止めることは叶わない。僕はいつも通り、ついていくだけだ。
「仕方ない……。一緒に行こう。むしろ君から目を離す方が危険に思えてきたからね」
フロド王子が唸るように言った。
「ただし、ひとつ条件がある。いきなり襲いかかるような真似はしないと約束してくれ。これだけは絶対だ」
「ええ。そんなことしなくても、相手から襲いかかってくるでしょうからね」
「そんなことにはならないで欲しいが……。イマガワさんもそれでいいですか?」
「もちろん行くよ」
僕の返事にフロド王子は胸をなで下ろして言う。
「助かります。僕一人ではララさんを御し切れそうにない」
「それは僕がいても変わらないと思うけど……」
ララを御せるのはルルだけだろうな。今回はルルも上手いこと交渉を進めたものだ。
「よし。では後日、皆で聖都へ向かうとしよう。ただ、念のため君たちの名前は先方へ伝えないでおくことにしようか。駅や列車で待ち伏せを受けたらたまらないからね」
「当然ですね」
ララが頷くのを確認してから、フロド王子が立ち上がった。僕らも見送りに立とうとしたところで、ふと思い出したようにフロド王子が言う。
「そうだ。ルルさんに頼まれていた件、手配できたよ」
「ホントですか? ありがとうございます」
「ああ、王都で一番腕のいい者を呼んだが……、本当にいいんだね?」
「はい」
何の話だろうかと考えて、すぐに思い当たる。王宮で祭壇を検分していた時に内緒話をしていた件だろうか。
「何を頼んだの?」
「ごめんね。今は内緒で」
ララが問うても答えなかった。王宮での様子からして内緒なのは予想できたが、フロド王子の念を押すような言葉には良からぬ気配を感じた。ルルが必要と判断したことに口出しはしたくないけれど、気にはなる。
僕とララが訝しむうちに、ルルと王子は話を進めていた。
「すぐにでも受けられるが、どうする?」
「お願いします。聖都へ行くまでには済ませておきたいので」
「では行こう。昼までには済むだろう」
そしてルルはフロド王子について部屋を出て行ってしまった。一体何なのだろう。
ララと二人部屋に残され、閉ざされた扉を眺めながら呟く。
「気になる」
「王子には話して、私たちには内緒のこと」
「デートだ!」
「そんなわけないでしょう。真面目に考えてくださいよ」
「ごめん……」
確かにちょっとふざけたけど、そのほうが希望のある話じゃないか。まあ、王子の様子からしてあり得ないだろうけど。では何かと言われると全く見当が付かない。ただ、良いことではないという根拠の無い確信だけが心の中で燻っていた。
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