第十一話 残された手がかり(二)
その日、僕らは揃って王宮の医務室に泊まることとなった。フロド王子はもっと良い客室を用意すると言ってくれたが、ララから離れたくなかったので丁重にお断りした。それに、フロド王子はともかく、王宮にいる他の人たちから僕らがどう思われているかも気にしなければならない。僕とルルが狙いだと考えられる以上、災いを呼び込む厄介者と思われても仕方がないからだ。その点でフロド王子に迷惑がかかることは避けたかった。
翌朝、フロド王子が捜索の結果を携えて医務室へやってきた。早速見に行くというルルと共に、僕らは医務室を出た。治癒魔法の甲斐あって、ララの怪我もほとんど治りつつあったので一緒だ。
「これですね」
ルルがしゃがみ込んで、それの観察を始める。
「ああ。まったく、いつの間にこんな物が作られていたのやら」
庭園の目立たない一角、茂みに隠れるようにして作られた小さな祭壇があった。これが儀式魔法を行った痕跡と言うことだろう。
「同じような物がいくつかあった。中には壊されている物もあったから、敵が逃げながら処理していったと思うが、全部壊して回る時間までは無かったみたいだね」
襲撃者本人には逃げられてしまったが、こうして手がかりを残せただけでも追跡した価値はあったわけだ。
ルルが真剣な眼差しで祭壇を隅から隅まで検分していた。何一つ見逃すまいとする姿勢。声をかけることもためらわれる空気。この熱の入り方には見覚えがある。それは魔籠を作っている時だ。この状態になったらしばらく好きにさせた方がいいだろう。
「ララはどう思う?」
「お姉ちゃんのように詳しいことは分かりませんが、教会の仕業だと言うことは王宮の人たちにも納得してもらえるんじゃないでしょうか」
「そのことなんだが」
フロド王子が言う。
「今回の件について緊急で話し合った結果が降りてきたよ。ひとまず教会に確認をとった上で、事実であれば抗議を行うそうだ」
「それだけですか?」
「ああ。まさか逆襲するわけにもいかないだろう」
「そりゃそうだよな……」
「その後の動きは、抗議に対する返答次第といったところかな。こちらとしては、つるぎ座の使徒が勝手に暴走しただけと言ってくれるのが理想だろうね。そこだけが悪者になってくれたら教会そのものとはイザコザにならなくて済むかもしれないし」
フロド王子は頭を小さくかきながら溜息を吐いた。ルルと同じくらいの子供だろうに、心労の多そうなことだ。もしかしたらこの中で一番脳天気なのは僕かも知れないと思い、少し情けなくなった。
「分かりました。ありがとうございます」
声に振り向けば、検分を終えたらしいルルが立ち上がっていた。
「もういいのかい?」
「はい。……フロドさん、もう一つだけ頼みがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。すみませんけど、ちょっとこっちで……」
そう言うと、ルルはフロド王子だけを連れて僕らから離れ、何かを話し始めた。僕にもララにも聞かせたくないような頼みなのだろうか。見れば、ララは少し不満そうだ。ルルには何か考えがあるのだろうけど、正直気になる。
「ノブヒロさん」
「何?」
「これからどうしましょうね」
「どうって……。そうだな、確かに困ったかも」
誕生パーティーは滅茶苦茶になってしまった。とはいえ、もうここに居る理由もないので帰るのが当然の流れだろうけど、命を狙われた状態を放っておくのもどうなんだろうか。下手すれば今度は師匠まで巻き込むことになる。
「水都に行くか? 剛堂さんに相談してみるとか。同じ目に遭った事があるわけだから、何かしら対処の仕方が分かるかも」
「それは……あまりしたくありません」
「やっぱりまだ気になる?」
「はい」
今回の旅で魔籠技研に立ち寄ってから、ララは剛堂さんに対して何らかの疑念を持っている。その正体はララ自身にも不明のようだが、この状況でも頼りたくないほどのことなのだろうか。
「そうすると本当に困ったな」
「一つの案として聞いて欲しいのですが」
「うん」
「つるぎ座の使徒を討つというのはどうでしょう」
「は? ……いや、いやいや、それは無いってさっきフロドさん言ってただろ」
逆襲するってことじゃないか。しかも僕らが勝手にそんなことをして王宮と教会を本格的に対立させることにでもなったら取り返しがつかない。……でも、さっきフロド王子が言っていたように、僕らだけが勝手に暴走したことにすれば王宮も言い訳が立つのか? わけが分からなくなってきたな。
僕が一人でこんがらがっていると、ララが話を続けた。
「この国に住み続ける以上、教会に狙われ続けたら逃げる場所なんて無いんですよ。最終的には脅威を取り除くほかありません。じゃないと、お姉ちゃんもノブヒロさんも近いうちに死にますよ!」
「それなら、王宮が抗議するのを待ってからでも良いと思う。ルルが襲われて焦るのは分かるけど、少し落ち着こう。まだ話し合いで片が付くかも知れない」
強硬姿勢を訴えるララを押しとどめる。ルルの命がかかっては、ララの怒りも当然だ。僕だって今回の件には納得がいかない。それでも焦って動いて良いこともないだろう。
「……そうですね。では、少しだけ待つことにしましょうか」
ルルとフロド王子も話を終えたらしく、こちらへ戻ってきた。心なしかフロド王子の顔が暗いように思える。一体何を話したのか気になるところではあるが、僕が何か問う前にフロド王子が口を開いた。
「とりあえず、今後のことなんだけど。僕はまだ皆の身の安全に不安がある。可能なら事態の解決まで王宮で匿いたいところなんだけど、さすがに僕一人で決められるかは怪しい」
「フロドさん以外から見れば厄介者もいいところでしょうからね」
ララの言うことを否定も肯定もせず、ただ小さく唸るフロド王子。
「無理そうなら、僕の方でなるべく安全そうな宿を手配するから、そこにしばらく滞在して欲しい。そのくらいならたぶん通るはず」
「むしろそこまでしてもらってありがたいというか、巻き込んで申し訳ないというか……」
「気にしないでください。大切なゲストにこの程度しか出来ず、こちらこそ申し訳ない」
その後、僕らはフロド王子の優しい配慮に甘えさせてもらうことになり、王宮にほど近い一等地の宿に滞在することとなった。教会への確認と抗議が具体的に進められるまで、ここで待つことになるようだ。しかし、その後のことは分からない。もしも話し合いで良い結果が出なかった時、僕らはどう動けばいいのだろうか。
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