第十話 残された手がかり(一)
突然のことに会場の空気は凍り付いた。実際には僅か数秒のことだったろうが、重苦しい沈黙は混乱の表れであったと思う。
小さな物音がした。ララが杖を落として再び頽れるところだった。
僕は倒れ伏した襲撃者から目を引き剥がし、ララのもとへと駆けた。後からルルも続いてくる。
ララは肩で息をしながら玉のような汗を流している。脚には先ほど投擲された短剣が深々と突き刺さり、今日の為に用意したドレススカートを身体に縫い付けていた。
「大丈夫です。それよりお姉ちゃんは……」
荒い呼吸と共に小さなかすれ声で言う。
「ララ!」
僕に追い付いてきたルルがララに駆け寄り、赤く塗れた脚を見て悲痛に目を潤ませた。
「このくらい平気。もっと酷い怪我してるのいくらでも見てるじゃない。二人とも大袈裟なんだから」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
怪我の程度はともかく、今回ほど間一髪だった場面は見ていない。ララも無理を言っているのは分かっているのだろう。ごまかしに出てきた笑顔も少し引きつっていた。色々と考えたいことはあるが、とにかく今は療養させるべきだろう。
ララは痛みに顔をしかめながら短剣を引き抜き、手慣れた様子でドレスの裾を裂いて即席の包帯にした。荒っぽい応急処置を見る間に、フロド王子も駆け寄ってくる。護衛らしき男に制止されていたが、それを振り切ってやってきた。
「フロドさん! ララを……」
「ああ。医務室へお連れして」
ルルの頼みを聞いたフロド王子が背後の護衛に指示を出すと、兵士が一人やってきて案内に立ってくれた。
「負ぶってくよ」
「では、お言葉に甘えます」
僕が手を貸すと、ララは片足でよたよたと立ち上がって僕の背中に被さった。激しい戦いの後だからか、やけに高く感じる汗と体温と速い鼓動を背に感じた。
会場の出口へと向いた僕らに、フロド王子から声がかかる。
「僕はまだこちらでやることがあるが、後で必ず向かいます」
見れば会場には襲撃の余波が残っていた。僕やララの魔法が破壊した部分もそうだが、混乱の中で散らかった料理に、押し合いで負傷したらしい人々、衝撃的な場面を目の当たりにしたせいか泣いている子供たちもいる。この中にあってフロド王子が自身の役目を見失っていないのは凄いことだ。
「ありがとうございます」
僕らは礼を言ってその場を後にした。
*
治癒魔法の処置をしてもらったララが清潔なベッドで横になる。静かな医務室の隅、僕とルルはベッド横に用意してもらった椅子にかけた。
「付きっきりじゃなくても大丈夫ですよ」
「いや、さすがに心配だろう。また襲われるかも知れないし」
「それを言うなら、襲われたのはノブヒロさんとお姉ちゃんの方ですけどね」
「まあ……」
今回の敵は真っ先に僕とルルを狙ってきた。ララが気づかなければ一瞬で死んでいたであろう最初の攻撃。今思い出してもゾッとする。
「ララ。今回の相手ってやっぱり」
「間違いなく、つるぎ座の使徒でしょうね」
「あの剣……」
一番の手がかりは敵が使っていた短剣。先ほどララの脚に刺さっていた物を間近に見て確信したが、間違いなく水都で剛堂さんに見せてもらった物と同じだった。特徴的なつるぎ座の刻印がその証だ。
「手がかりはそれだけじゃないですよ。お姉ちゃんは気づいたよね?」
隣でルルが頷く。僕には分からない何かが、ルルには見えていたのか。
返事の代わりに、ルルは小さく呟いた。
「主曰く。天つ剣は裁きの秤、その腱を以て己が罪を試すべし」
「それって、さっきの相手が言ってた」
「はい。北星教の聖典に出てくる一節です。過ちを認めなかった罪人に、つるぎ座の神が裁きを与える場面ですね」
ルルの言葉に続くように、ララが推論を述べる。
「たぶん、北星魔法です。それも儀式魔法。戦い方から見ても少しは略式にしてるんじゃないかと思いますが、魔籠を使ってなかったのは間違いないでしょう」
僕は驚いた。儀式を省略できる魔籠が普及した今、儀式魔法で実戦なんてあり得るのだろうか。しかし、同時に剛堂さんが言っていたことも思い出した。あの短剣は魔籠ではなく、北星教の祭具なのだということ。
「基本的に魔法は手続きを省略すればするほど便利になりますが、威力は弱くなっていきますからね。そうでなければ、あんなデタラメな威力は説明できません」
「そういえば、ララですらまともに防げてなかったな」
ずいぶん前にルルも言っていたことだが、ララの魔法は即興の象徴を使って自由に組み上げられる代わりに、本物の素材を使わない分だけ現物の魔籠よりは威力が劣るとのことだった。ララはそれをカバーできる実力の持ち主ではあるわけだが、さすがに相手が北星魔法のうえに儀式魔法となると厳しかったと言うことか。
輝く短剣一本でバッサバッサと防御を切り崩していく様には絶望しか感じなかった。ララだから辛うじて凌げただけで、僕が近寄られたら瞬間で終わっていただろう。
「逆に、ルルの魔籠の強さがよく分かったよ」
「ホントですね。お姉ちゃんの魔籠が無かったら死んでましたよ」
その時、医務室の扉が開いた。慌てた足音と共に踏み込んできたのはフロド王子だ。後ろに護衛の人たちも付いている。
「すまない。待たせた。怪我の様子は?」
「問題ありません。そんなことよりも、連中はどうなりましたか?」
「ああ、逃げられてしまったようだ。面目ない……。今は自害したもう一人の持ち物を洗っているところだ。正体につながる何かが分かるかも知れない」
ララに問われたフロド王子が悔しそうに伝えてくれた。全力で調査してくれている彼らに、こちらが分かっていることも共有すべきだろう。
「ええと、フロド……王子?」
「そんな堅苦しく無くて良いですよ。ルルさんにもそう言っていますし、ララさんに至っては最初から気を遣うつもりも無さそうですしね……」
若干、苦笑い気味に言ってくれた。立場的には僕の方が格下も格下なので、そう言ってもらえると大変助かる。
「じゃあ遠慮無く、フロドさん。こっちもいくつか分かっていることがあるから、共有しておきたい」
僕らが分かっていることを話すと、フロド王子は目に見えて驚いた反応をした。それも当然だろう、王宮の中に教会が堂々と踏み込んできて暴れ回ったのだから。
「教会が? にわかには信じられないが。祭具を使って教会のせいに見せかけているとは考えられないかい? こうも大っぴらに、わざわざ手がかりを残していくなんてさ」
「本物の北星魔法まで真似出来ているなら凄いことですが、考えづらいですね」
「やろうと思って出来るようなことでもないわけか」
ララの指摘に、フロド王子も納得せざるを得なかったようだ。北星魔法は教会の秘儀。そこらの賊に真似は出来まい。
「フロドさん。もしかしたら王宮のどこかに儀式魔法の痕跡があるかも知れません。さすがに何の準備もなく、あんな戦い方が出来るとは思えないので……。できればそれを探してもらえませんか?」
「もちろん構わないよ。見つけたらすぐに伝えよう」
「お願いします」
ルルの頼みを受けたフロド王子が控えていた護衛に指示を出すと、すぐさま行動が開始された。ルルが何を思って頼んだかは知らないが、目当ての物が見つかれば、今回の襲撃が教会の仕業だという説の信憑性も強化されるだろう。
「それにしても、教会が王宮を襲ったとなれば、こちらも何もしないわけにはいかないだろうな……」
フロド王子は嘆息した。頭の痛い問題であろうことはよく分かる。どちらも王国内では大きな存在だ。一歩間違えれば大混乱になるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます