第八話 つるぎ座の使徒(一)

 夜になり、僕らはようやく会場入りした。さすがに帯剣は許されないようで、ダイヤモンドボアの剣は入り口で預けることになった。しかし、それ以外の魔籠はそのまま持ち込みできてしまったため、なんとも中途半端な警備だという印象がぬぐえなかった。

 僕が疑問を口にすると、ララは当然といった様子で答えてくれた。


「仕方ありませんね。素人には見た目で魔籠と判断するのが難しい場合も多いですから。時代遅れ気味の王都ではこれが限界でしょう」

「確かに、僕も分からないな」


 儀式的な象徴さえ埋め込みできればなんでも魔籠になり得るみたいだし、守る方も大変だろう。それでも、命を狙われるなんて物騒なことを言われた後では、魔籠を手放さなくていいのは心強かった。


 会場は天井の高いホールだった。二階まで吹き抜けで、多数のシャンデリアが広い空間を余すことなく照らし出していた。立食パーティーの形式らしく、普段はお目にかかれない豪勢な料理が所狭しと並べられ、食欲をそそる。

 すでに多くの人が会場入りしており、賑やかな談笑が空間を満たしていた。

 やはりと言うべきか、どちらの方向を見ても身なりの整った人たちばかり。ただ立ち話をしているだけなのに住む世界の違う人間だと感覚的に分かってしまう。僕も仕立てはしてもらっているが、異質感は隠しきれないだろう。あまり目立たないようにしたいと思った。


 よく見れば、大人たちに混ざって、ルルやララと歳の近そうな子供の姿も見受けられる。王子の同級生といったところだろうか。子供たちの中には、ララのところまで近寄ってきて挨拶する者もいた。ララは当たり障りない言葉で応じて、場慣れした感じを見せてくれた。ルルはララの友好関係に興味津々のようだが、実際に話しかけに行くことはせずに僕の横にくっついたまま密かに見守るだけだった。


「過ごし方が分からない」

「わたしもです」

「ララと一緒にいたら?」

「でも、わたしがいると邪魔になっちゃうかも……」


 ルルがそう思うのも無理はない。王立魔法学院に長く在籍したララと違って一時は居ないもの扱いされていたし、姿を見せたと思ったら学院で戦う流れになった。多くの子供たちにはララと激しく対立した姿しか記憶されていないだろう。実際、ララに挨拶しに来た子供たちの中には、僕とルルに好奇の目を向ける者もいた。なぜこの人たちがここにいるのだろうという疑問がひしひしと伝わってくる。


「ルルは王子の賓客だから大丈夫。僕こそ何でここにいるのか分からなくて困っちゃうよ」

「そうでしょうか……。でも、他に知ってる人もいないですし不安です。はぐれないでくださいね」


 頼りにしてくれるのは嬉しいけど、はぐれて困るのは実は僕の方なんだよね。王子に直接呼ばれてるルルはともかく、こんなところで一人うろうろしていたら僕こそ何者なんだか分からない。


 そんなことを言っていると、会場の一角から拍手と歓声が上がった。どうやら、主役のフロド王子が会場入りしたらしい。

 大勢の重鎮相手に笑顔で挨拶して回る王子を見ていると、凡人には分からない苦労があるのだろうなと感じられた。きっとルルのところにも来るだろうが、あの調子ではかなり後になりそうだ。


 やることもなくルルと二人で突っ立っていると、一通りの挨拶を終えたらしいララが近づいてきた。慣れているとはいえ、ララが格式ばったことを好きでないのは僕も知っている。お疲れさまと労ってやろうと思っていたが、どうやら様子がおかしい。その視線は忙しなく周囲を巡っており、気が抜けた様子は微塵もない。

 小走り気味に側までやって来たララが小声で言った。


「嫌な感じがします。周囲を警戒してください」

「えっ?」


 僕も辺りを見回すが、全然分からない。でもララが言うなら、何かあるのだろう。

 突然、ララがパーティードレスのスカートを大きく捲り上げた。そして、中に仕込んでいたであろう杖を取り出す。なんてとこに隠し持ってるんだよ。と、ツッコミを入れる暇もなく、ララは手近なテーブルに杖を向ける。


「ララ、何を――」


 僕の言葉に構わずララが魔法を発動した。大きなテーブルが宙を舞い、料理がぶちまけられる。悲鳴と注目。そして呆気にとられる僕とルルの目の前に、盾のように立ちふさがったテーブル。次の瞬間――

 ドドッ、という連続した鈍い音。見れば、目の前のテーブルを二つの鋭い刃が貫いて止まっていた。ララがテーブルを動かさなければ、僕とルルのちょうど顔面へ飛来したであろう位置に……。


「ノブヒロさん、お姉ちゃんを!」

「わ、わかった!」


 ララの叫ぶような指示を受け、僕はルルを背で庇いながら壁際へと後退した。


「フィジカルライズ」


 呪文を呟くと、頼もしい力が全身に湧き上がる。この魔籠が靴型で助かった。いつも使っている剣が手元にないが、ここからどうすればいいのだろう。


 会場内で混乱が伝播し始めていた。すぐ近くにいた人たちには攻撃が見えたのだろう。叫び声をあげながら出口を目指す者もいれば、困惑したまま周囲を見回す者もいる。遠くの人たちも騒ぎは聞きつけているはずだ。今後の大混乱が予想された。敵がなりふり構わなければ大勢巻き込む可能性がある。こちらもあまり大きな魔法は使えない。

 さっきの攻撃から考えれば、敵の狙いは僕とルルのようだ。思い当たる節があるだけに恐ろしい。ここは王宮の中、しかも王子の誕生パーティー中なんだぞ。

 

 すぐに襲撃者らしき人物が人混みから姿を現した。初手の失敗で退散する気はないようだ。

 そいつは白一色の外套で全身を包み、深いフードによって顔もよく見えない。両手に輝いているのは短剣の刃だ。さっきララが防いだものと同じに見える。そして、水都で剛堂さんが見せてくれたものとも同じに見えた。


 こちらへ駆けてくる襲撃者。僕は身構えるが、その前にララが立ちふさがった。

 魔法の障壁を展開するララ。対して敵は短剣を振りかぶる。


「――、――」


 敵が何かを口にした。距離があったため何を言ったかまでは分からない。だが、その言葉に呼応するかのように、両手の短剣が白い輝きを帯び始めた。

 敵がララへと斬りかかり――あっさりと魔法の障壁を切り裂いた。

 ララが驚きに満ちた顔で仰け反り、危ういところで刃を回避する。信じがたい出来事だった。ルルの魔籠をもってしても、ララの防御を貫くのは容易じゃなかった。それを、こいつは得体のしれない短剣一本でやってのけた。


 ララは手を変え品を変え防御魔法を繰り出すが、敵の輝く斬撃がその全てを易々と切り捨てた。一体どうなっているのか、まるで分らない。

 ララの魔法で攻撃を防げない。ララは敵の攻撃をギリギリで避けて後退しながらも、次の手を打った。


「乞う、聖天の光。刃となりて、我が敵を切り裂き給え……!」


 激しく回避を続けながら唱えられた呪文。ララの手に光の剣が現れる。あれはルルが作った魔籠だ。

 敵の短剣をララの剣が受け止めた。ルルの魔籠は敵の攻撃に耐えたようだ。

 バチバチと激しい光の粒子をまき散らしながら、両者が激しい剣戟を繰り広げる。ララはなんとか敵の進撃を食い止めた。だが、見るからに苦しそうだ。元々ララは激しい接近戦をするようなタイプではない。対して、敵はこういう戦い方に慣れているようだった。おまけに正体不明の強力な攻撃手段を持っている。だが、距離さえとればララだって負けてはいないはずだ。

 僕が助けに入らなければ。


 僕がララのほうへ歩もうとすると、ララはこちらを見ずに叫んだ。


「ダメです! お姉ちゃんから離れないで!」


 僕は足を止める。ララは敵と激しい鍔迫り合いを続けたまま恐るべき一言を放った。


「まだいます……!」


 僕は再びルルを庇ったまま周囲を警戒する。どこにいるんだ。どこに――

 

「貴様、武器を置け!」

 

 ようやく会場の警備が駆け付けたようだ。脱出しようとする人混みに阻まれてきたのか、遅い到着である。槍を手にした三人ほどの兵士が交戦中のララの元へ駆け寄る。


「ダメっ、来ないで!」


 ララの警告も虚しく、次の瞬間には三人の胸に短剣が突き立てられていた。ララの相手をしながら片手間の投擲で片づけたのを確かに見た。とんでもない腕だ。

 兵士たちは倒れ伏したまま動かない。どうやら王宮の警備には頼れそうもなかった。


 その時、背筋に悪寒が走った。本能だろうか。ララほどではないが、僕もそれなりに鍛えられてきたのかもしれない。とにかく分かった。頭上から何かに狙われている。

 見上げる。吹き抜け二階の開放廊下、その柵を乗り越えんとする人影を確認するや、僕はルルの腰に手をまわし、大きく横に跳ぶ。

 体勢を立て直して振り返った僕の視界に映ったのは、さっきまで僕らが立っていたところに敵の刃が突き立てられる光景だった。

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