第七話 王宮にて

 列車が何者かに襲われる……なんてことはなく、翌日の昼頃、僕らは無事に王都へたどり着いた。駅舎の立派なアーチをくぐるのも久しぶりだ。前に来たときはララに会うために王立魔法学院へ向かったが、今はララも一緒だ。


「さて、どうしようか。約束の時間まではかなり時間があるし、ルルが家に行きたいなら僕らもついていくけど」


 パーティーは夜なので、まだ時間がある。旅の主目的は誕生パーティーへの参加だけど、ルルにはもう一つやりたいことがある。

 個人的な意見を言えば気乗りはしないけど、行くならば守るつもりでとことんついて行くつもりだ。


「いえ、あれを見てください」


 ルルの返事より前に、ララがそう言ってどこかを指さした。その先を追って見ると、大通りの端に一台の馬車が停まっている。控えていた御者らしき人物が僕らの視線に気づいたのか、こちらへ向けてお辞儀をした。


「迎えの馬車ですね。気が早いことで」

「あれが王宮の馬車か」

「フロド王子の送迎で学院に来てるのを何度も見てますから。さ、行きましょうか」


 ララに先導される形で、僕らは馬車へと向かった。ルルの家へ行く選択肢が自動的に後回しになったことで、なんだか少しだけ気が楽になる。


          *


 馬車に乗ってしばらく、僕らは王宮に到着した。

 窓から見えるのは巨大な門。槍を携えた兵士が門扉に手をかけ、馬車の行く道を開いた。

 王宮の敷地へ入ると、途端に視界が広がる。王都の中心地は多くの建物がひしめき合っているが、ここは例外だ。整然と並んだ木々に、煌びやかな噴水。手入れの行き届いた庭園を見ると、大都市の真ん中にいることを忘れてしまいそうだ。今は葉の落ちた木も多いが、季節が合えば、もっと華やかな風景になることだろう。

 馬車の窓から少し見回した程度では全容は分からないが、かなり広いようだ。もちろん王立魔法学院も広かったし、内部に小規模な森などの自然も擁していたが、華やかさを前面に押し出している辺りは学院と異なるところだろう。整備の仕方が違うのが素人目にも分かった。


 馬車は敷地内に整備された道を進んで行く。敷地の中央に鎮座する巨大な王宮の右翼部に到着したところで、僕らは馬車を降りた。会場はこちらにあるのだろう。

 そのまま次の案内を待っていると、聞き覚えのある声が僕らを迎えた。


「やあ、ルルさん。久しぶりだね」

「フロドさん」


 宮殿から出てきたフロド王子が、真っ先にルルのもとへと歩んできた。王子がお辞儀をし、ルルもスカートをつまんで丁寧に応じる。こういう普段は見ない所作に慣れている様子を目の当たりにすると、ルルも貴族の娘なんだなあ、なんてことを改めて実感する。ちなみに慣れない僕はぎこちない会釈に終わり、ララに至っては全く応じなかったが、わざとだろう。ルルに王子が近づくことに未だ拒否感があるのだろうか。


「なんだか前に見た時より綺麗になったようだ」

「あはは……ありがとうございます」

「私も同じ顔で同じ格好なんですが」


 ずいと割り込こむララに、フロド王子はたじたじと一歩引きながら言う。


「あ、ああ……。ララさんも綺麗だね。心なしか、威圧感も増したように感じるよ」


 当然、今日の装いもルルとララはお揃いだ。どちらも王宮でのパーティーに相応しいようにと新調した服である。そういう点では僕も王子に同意したい。


「あの、フロドさん」

「なにかな?」

「えっと、おとうさんとおかあさんは、来ますか?」


 ルルの質問を受け、フロド王子の顔から少しだけ明るさが失せた。


「すまない。来ないんだ」

「呼んでないんですか?」

「いや、どうやら今は聖都に滞在しているらしくてね。招待状は出したんだがすれ違いになってしまった。さすがにこのために呼び戻すほどではないと判断して、諦めたんだ」

「そうだったんですね……」


 ルルの気持ちは表に出やすい。しょんぼりと肩を落として目を伏せる様子を見ると、こちらまで気落ちしてしまいそうになる。当然、それはルルに惚れている王子を焦らせたようだ。


「ああああ……、やっぱりそうだよね。本っ当に申し訳ない! ルルさんがそれを期待してくるのは予想できたんだが、さすがに僕の都合だけではどうにも」

「いえ、わたしのわがままですから、気にしないでください」

「あ、ああ。そう言ってくれると救われるよ。はぁ……」


 僕らはあくまでも誕生パーティーに来たわけで、フロド王子には少しの非もない。それでも心の底から申し訳なさそうな表情をする王子を見ると、やはり本当にルルのことを想ってくれているのだと実感できて安心した。


「フロドさん」


 ララが笑顔を見せて言った。


「良い判断をしました」


 こっちも本当にぶれないな。まあ、言いはしないが、僕も同意見だけどね。


          *


 長い王宮の廊下。フロド王子とルルが並び、僕とララはその後ろに付いて進んだ。夜まで待機する部屋へ案内してくれるそうだ。

 前を行く二人の背を見ながら、僕はララに話しかける。


「パーティーの最中にルルが追いつめられることは無さそうで安心したよ」

「同感です」

「ところで、聖都って北星教の総本山があるところだっけ」

「そうです。確かに毎年このくらいの時期には家族そろって聖都へ行っていましたね。お姉ちゃんがいた頃も含めて」


 家族そろってか。ルルたちの一家にもそういう普通の関係があったのだと、言われても想像が難しかった。


「そうなんだ。やっぱり領主の責務として、そういうのがあるの?」

「ええ。聖都の主要な教会を訪ねて領内の無事を祈ります。あとは、寄付金を納めたり。こういうのを怠ると、北星祭の時に手抜きをされるとかなんとか……。本当かは知りませんが、面倒な話ですね」

「はは……」


 確か北星祭で教会が行う儀式魔法は、領内全体の繁栄に欠かせないものだったはず。それは行かないわけにもいかないだろう。フロド王子もおいそれと呼び戻しできないわけだ。


「でもお姉ちゃんは楽しみにしてたみたいです。冬の聖都は星蒔きも始まっていて、まあまあ綺麗ですからね」

「星蒔きっていうのは?」

「聖都周辺から北の地域は、冬になると雪の日が多くなって星があまり見えませんから、その代わりに蠟燭で地上に星座を作りましょう――っていう習わしです。聖都は人が多いですし、大きな教会は明るいランプなんかも大量に持ち出して結構な規模でやるので、そこそこ見栄えはするんですよ」

「へえ。一度は見てみたいな」

「ダメですよ。教会に狙われてる人が何言ってるんですか」

「そうだった……」


 嫌なこと思い出したな。今の僕はうかつに教会に近づくべきじゃないんだ。聖都なんてもってのほかだった。こんなことになるなら、名所くらいもう少し早く見ておきたかったものだ。

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