第六話 相談

 王都へと向かう列車は無事に出発した。

 フロド王子から送られてきた切符は当然ながら一等車の物だった。毎度毎度、誰かのお金で一等車に乗せてもらっている気がする。

 少し前までお喋りしていたルルとララも寝静まって、静かな客車内では規則的な走行音だけが響いている。そろそろ夜も遅いし、ここまでの旅路の疲れもある。僕も明日に備えて寝なければいけないのだが、寝台に入っても目が冴えて中々寝付けなかった。


「剛堂さんの側にいるのが危ない、か……」


 ララの言葉が頭から離れない。ララが王都へ行くと言ったあの瞬間、雰囲気の変化は僕でも分かるくらいだった。

 僕は基本的にララの勘を信用している。同時に、剛堂さんのことも信用している。初対面の頃に多大な援助をしてくれたこともあるし、僕の身を案じて匿おうとしてくれることについても。

 ララ自身、剛堂さんが僕のことを守ろうとしているのは本当だろうと言った。では、剛堂さんと一緒にいると危ないという言葉は矛盾するのではないだろうか。


 考え始めると気になって仕方がない。僕は起き上がると、卓上の小さな電池式ランプを点けて、棚にあったボトルからグラスに水を注いだ。一等車は色々と備え付けられていて便利だ。


「おじさま?」


 声に振り向けば、ルルが眠そうな顔で寝台からこちらを見ていた。


「ごめん。起こしちゃったか」

「いえ」


 ルルも起き上がると、眠ったまま寝間着にしがみついてくるララの手をほどいて、僕の隣に座った。


「わたしにもください」

「目が覚めちゃうぞ」

「喉が渇いてる方が寝られません」


 僕はルルが水を飲むのを待ってから言った。


「ララが言ってたこと、どう思う?」

「ゴウドウさんのことですか?」

「そう」

「わたしには、ゴウドウさんが危ない人には思えません。だって助けてくれました」

「だよね。僕もそう思う」


 ララはともかくとして、僕とルルは剛堂さんに大きな恩義がある。加えて、僕個人の意見を言うならば、やはり同じ世界から飛ばされてきた、同じ境遇の人間だと言うことが大きいだろう。無条件で信じられる……というよりは、信じてしまう。というのが正しいだろうか。


「でも、ララのことも信じたいです」

「僕もそれで困ってた」


 僕やルルと違って、ララはより先入観の少ないフラットな視点で剛堂さんを見ることが出来るはずだ。危機察知能力の高さも相まって、ララの言葉は一考の余地がある。


「考えすぎって片付けちゃうのは簡単だけど、ララの感覚は信用できると思う。直接助けてもらったことのある僕らとは、剛堂さんを見る目も違うからね。でも、剛堂さんを積極的に疑う理由も今のところない」

「ゴウドウさんがおじさまを守りたいのは本当だろうって、ララも言ってました」

「うん。だから余計に分からない。なんでララが剛堂さんを疑うのか」

「ララ自身もよく分かってない感じでしたね」


 自分で言っていることが矛盾していると、分からないララではないだろう。ただ、危険をくぐり抜けてきた感性と経験がそう言っているとなれば言葉で説明できないのも仕方ない。


「これから王子の誕生パーティーだってのに、よく分かんないこと聞いちゃったな」

「教会の話も心配でしたね」

「そうだね。どっちかというと、その話の方が今は怖いかも」


 手紙という目に見える物がある分、説得力が強いからだろうか。何にしてもいい気分ではない。


「剛堂さんのことは頭の片隅にでも置いておこうか。今の僕らじゃ考えても良い方向に向かう気がしないよ」

「そうですね。教会にもなるべく近寄らないようにしましょうか」


 僕らに出来ることはそのくらいだろう。目を付けられた今からでは遅いかも知れないが、目立たず騒がず。とはいえ、元々目立とうと活動してきたつもりはないけど。


 ルルが眠そうにあくびをした。いい加減寝た方がいいだろう。

 話を終え、僕はグラスを片付ける。


「おやすみ」

「おやすみなさい。おじさま」


 ルルがララの隣に収まるのを見てからランプを消して、僕も寝台に横になった。少し話したら落ち着いたかも知れない。何ら事態が解決に向かったわけではないが、悩みは話すだけでも楽になるという。


 ララも警戒してくれると言っていたが、明日は僕も充分に気を張っておこう。つるぎ座の使徒とやらがどんな人たちなのかは知らないが、王子の誕生パーティーくらい平和に祝わせてもらいたいものだ。

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