あの子に釣り合う王子になりたい(九)

「フロドさん!」


 リナが駆け寄ってくる。フロドは応じようとしたが、脚が震えて立てなかった。興奮が強烈な実感となって身体に満ちてゆく。


「ああ、よかった」

「何がですか! 離れててくださいって言ったのに」


 なんとか絞り出した一言を強烈な一喝が吹き飛ばす。なかなか手厳しい。


「すまない。思慮に欠けた行動だった」


 後先考えなかったのは確かだ。たまたま上手くいったから良かったものの、下手をしたら全員やられていてもおかしくなかったのだ。今回の行動はほとんど博打であり、結果だけ見て反論するのは正しいとは言えない。フロドは素直に反省した。


「でも、ナイスアシストでした。ありがとうございます」


 雪の上に座り込んだまま頭を垂れるフロドに、リナは相好を崩して言った。そうして伸ばされた手を、フロドも笑顔を示して掴んだ。


「ゼルも大丈夫?」

「何とかな。痛てて……」


 ゼルが手をさすりながら歩いてきた。魔籠を弾き飛ばされた時に手も打たれたのかもしれない。手以外の部分にもケガがありそうだ。フロド自身とリナも含め、早いところ町に戻って治療を受けた方がいいだろう。


「それにしても、こいつは一体何だったんだ」


 フロドの眼前に横たわるのは、倒れてもなお山のような巨体。額の魔籠までが規格外のエメラルドグリズリーだ。


「特別強い個体が他の魔物を統率することがあるんです。さっきエメラルドグリズリーが群れを作っていたのも、こいつがいたからだと思います。もしかしたら最近増えている被害もそのせいかも」


 リナが魔物から回収した巨大な魔籠の宝石を検分しながら言う。


「なるほどな……」


 知らないことばかりだ。今後も魔物退治に臨むならば、同じ場面があるかも知れない。覚えておかなければ。


「さて、戻って報告しましょうか」

「ああ」


 三人揃って街道へと歩み始める。途中、フロドはふと背後を振り返った。少し遠くなってしまったが、最初に発見した犠牲者の姿が遠くに見える。


――間に合わなくてすまない。僕はもっと強くなるよ。


 心の中で呟き、少しだけ目を瞑る。そうしてから先を行く二人の後を追った。


          *


 治療を受けてベッドで休むフロドたちの姿を見て、護衛が仰天している。


「一体これはどういうことだ。殿下を連れ出したばかりか、このようなケガまで負わせるとは……。殿下のご友人であるからと口出しは控えてきたが、もはや看過できん」


 リナとゼルへ向けて怒りを露わにする護衛の男。フロドが長らく世話になっているベテランであり、信頼を置ける人物である。


「待ってくれ。二人は悪くない」

「しかし――」

「催しまで時間があるから町の周りを見てみたくなって、勝手に出歩いた挙げ句に迷ってしまった。そうして運悪く魔物に遭遇したところを二人に助けられたんだ。全て僕が悪い。二人はむしろ命の恩人だ」


 無茶があるのは分かるだろう。即興で作った言い訳だし、リナたちと話も合わせていない。実際、二人の目には驚きの色が見て取れた。それでもフロド自身の口から出た言葉だ。


「……今回だけです」


 顔に皺が寄るほどの逡巡の後、護衛はそれだけを絞り出して部屋を出て行った。きっと多くの言葉を飲み込んでくれたことだろう。感謝しなければならない。


「どうか彼を悪く思わないでくれ。麦畑の町で魔物と遭遇した一件を話しただろう? あの時に彼は僕の所へ駆けつけられなくてね、それを悔やんでいるみたいなんだ」

「いや、悪く思うっていうか……」

「あれは当然の反応だと思いますよ。むしろフロドさんこそもっと反省してください」

「あ、ああ、そうだね」


 リナとゼル、両方から即座に厳しい言葉を食らう。


「まあ、押しに負けた私たちも反省しなきゃですけどね」

「俺はそもそも魔物退治自体を辞めたいのに」

「……本当に迷惑をかけた」


 フロドが反省の弁を述べ、しばし部屋を沈黙が包む。そうしてから、リナが話題を変えて話し始めた。


「それで、フロドさんはこの後の星蒔きはじめに出るんですか?」

「出るつもりだ。そっちが本業だからね」


 強めの治癒魔法をかけてもらったし、完治とはならずとも催し事に出ることくらいは出来るだろう。特に何か話すわけではない。ただ顔を出すだけという仕事だが、王子としてやらねばならないことだ。


         *


 雪がちらつく夜の広場で、地上に並べられた蝋燭の明かりが輝いていた。雪雲に覆われて星座は見えないが、そのための星蒔きである。暖かい火は見事に星の代役を務めていた。


 星蒔きはじめの催しは予定通り開催された。フロドも来賓として催しに参加している。今は領主が挨拶を述べている最中だ。

 町の多くの人たちがこの広場に集まっている。催し事のために近隣の違う町から来た人もいるだろう。フロドが聴衆の姿を見ながらふと思い出すのは、森の中で見た魔物の犠牲者たち。あの二人も今日の催しのために街道を行く途中だったのかもしれない。

 もっと力があれば助けられたとは限らない。しかし、今の力が無ければリナもゼルも自分も死んでいたはずだ。自分は成長しているし、変わっている。この調子ならば、憧れへと手が届くかも知れない。しかし、今のフロドには少しだけ心境の変化があった。


 あの日のルルは言った。自分の個人的な事情ではフロドの真剣な覚悟と釣り合わないのだと。しかし、フロドにしてみればルルに振り向いてもらいたいというのもフロドの個人的な事情でしかない。ルルがそう言うのであれば、フロドもそれ自体を目標にすべきではないのだ。


 ルルに認められたいから、それだけで頑張ってきた。しかし、今は他に大切なものも見えてきた。憧れに届くために頑張るばかりではない。今自分にあるものを大切にしてゆけば、いずれ憧れの人に振り向いてもらえるのではないだろうか。

 聴衆の中にリナとゼルの姿を認めた。まだ身体は痛むだろうに、寒い中出てきてくれたようだ。目が合うと、二人とも小さく笑いかけてくれた。

 幸い、今の自分には仲間がいる。やることはこれまでと変わらない。二人と共にお互い高め合って行こう。自分が目指す星は自ずと見えることだろう。

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