あの子に釣り合う王子になりたい(五)

 雪宿の町。

 聖都と工都のほぼ中間に位置するこの町は、古くから交通の要衝として賑わってきた。鉱山地帯へ向かう労働者。金属製品の買い付けに向かう商人。聖都へと巡礼に向かう北星教徒。そしてそんな旅人たちにとっての中継地点。冬季の聖都以北は深い雪に覆われることもあって、その名にある通り、冷たい雪の旅路には必須の宿町である。

 王国縦断鉄道が整備されて以降、長距離の都市間移動は容易になったが、その線路も大都市間を結ぶ一本があるのみ。都市から離れた場所に住む者にとって、駅へ向かう道のりも一つの旅路だ。複数の街道が交わる雪宿の町は依然として旅人の羽休めに重宝されている。


 フロドが雪宿の町に足を踏み入れた時、町は雪に覆われていた。連なる宿の屋根の上、人通りの少ない路地、日の光の下で新雪が眩しい。民家や宿の軒先をみると、蝋燭が星座の形に配置されているところがいくらかあった。星蒔きの準備は万端というわけだ。中には既に始めている家もあるだろう。


「催しは夜だったね」

「はい」

「ありがとう」


 事前の調べにより、リナとゼルが昨晩に町へ入っていることは分かっている。二人は無用な長居をする質ではないから今日にでも仕事にかかるだろう。そして、夜になってから森に入るのは危ないということを考えれば、既に魔物退治へ向かっている可能性もある。

 フロドは再び付き人に話しかける。


「せっかくの機会だ。時間まで町を回っても良いだろうか」

「構いませんが、あまり遠くへは行かないようにお願いします。この前のようなことがありますと……」


 心配されるのも仕方が無い。北星祭ではとんでもない目に遭ったわけだから。しかし、今回は敵に狙われるような物は持ってきていない。護衛には申し訳ないが、こっそりと抜け出すつもりであった。あとでいくらでも怒られる覚悟はしている。


「大丈夫。心配しないでくれ」


 いくらかの申し訳なさを抱きつつも、フロドの決心は固かった。こうでもしなければ実戦経験など永遠に積ませてもらえないだろう。学院の壁に閉ざされたままでは、追いつくべき人は遠ざかってゆくばかりだ。


          *


「――というワケでね。僕も混ぜてもらおうかなと」


 リナの視線が痛い。しかし、この態度もまた意識が対等に近づいたと思って肯定的に受け取るべきだろう。ゼルの方はというと、形容しがたい悲壮な表情をしていた。心なしか顔色も悪い。


「ゼルがそんな顔をする必要は無い」

「いや、いやいやいや! フロドさんの身に何かあったら俺たちもどうなるか……!」

「僕が勝手に来ただけだよ。何かあったら責任を持って説明しよう」


 ゼルは大きなため息でもって答えた。



 二人との合流は思ったよりも簡単だった。

 今回の魔物退治に際して、学院が二人の泊まる宿を押さえていることは分かっていた。フロドが聞けばそれがどこかは当然答えてもらえる。あとは宿の主人に二人がどこへ向かったか聞いて追跡してきたのだ。先に森の深くまで二人が入っていないかが心配であったが、幸運にも入り口で追いつくことが出来た。

 町の外れ、冬の森へ入る街道の前で、背後からフロドに話しかけられた二人の顔は今年一番の驚愕に満ちていて、しばらく忘れようもないだろう。


「フロドさんの執念は伝わってきましたけど、ホントに危ないんですよ」

「覚悟の上だよ」

「私たちは昨晩から泊まっていますけど、フロドさんは今朝着いたところですよね。疲れてるんじゃないですか?」

「馬車でたっぷり眠ってきた。問題ない」

「うーん……」


 リナがしばらく考えた後、ゼルにも「どうする?」と意見を求めた。


「どうするって言われても。止めようがないだろ……」

「さすが、ゼルはよく分かっている」


 そうだ。今のフロドは臆病だった以前とは違う。見栄だけ張っていても、一歩も進めやしない。とにかく必要なのは経験だ。突き放されようとも付いていくつもりだった。


「わかりました。でも絶対に離れないでくださいね」

「ああ! もちろんだとも」

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